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インタビュー

エアークローゼット代表・天沼聰インタビュー。コンサル出身経営者が描く、徹底した「ビジョン基点」の事業構築

最終更新日:2025.06.26

キーパーソン深掘り!#07

エアークローゼット 代表取締役社長 兼 CEO

天沼 聰

50万着・300ブランド以上のアイテムの中から、プロのスタイリストが一人ひとりに合わせたコーディネートを選び、自宅に届けてくれるファッション・サブスクリプションサービスのairCloset(以下「エアークローゼット」)。

30代後半〜50代前半の女性を中心に支持を集め、会員数はすでに130万人を突破しています。

創業メンバーは、代表取締役社長 兼 CEOの天沼聰さんをはじめとする、当時ファッション業界未経験の3人。3人はゼロの状態からどのように発想を広げ、数々の壁を乗り越えてきたのでしょうか。

みる兄さんの「キーパーソン深掘り!」。第7弾の今回は、エアークローゼット代表の天沼聰さんに話を聞きました。

(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、撮影:矢島 宏樹)

目次

「顧客の時間価値を高める」という独創的なビジョン

みる兄さん まず、エアークローゼットを2014年に立ち上げたきっかけから伺えますか。

天沼 私はそれまでアビームコンサルティングさんでIT・戦略コンサルタント、楽天さんでWebのグローバルマネージャーをしていたのですが、あるときコンサル時代の後輩2人に「起業したい」と声をかけたのがきっかけです。

天沼聰さん

その際、会社を創業するにあたり、大事なことを2つ決めようと言いました。1つは会社が何を目的として存在するのかというビジョンと、ビジョンをどう実現するかというビジネスモデル。もう1つは、ビジョンを実現するのにどんな組織であるべきかということです。

ビジョンについては、人のライフスタイルの豊かさにつながるものをやりたいということになりました。議論するうちに、「人生を豊かにするためにすべての人が平等に持っているけど、使い方や感じ方によって不平等になるのが時間の価値だ」「同じ1分、同じ1時間でも“億劫”“面倒”という気持ちになる時間と、ワクワクする時間なら後者のほうが時間の価値が高い」「人生の限られた時間の中で、ワクワクする時間の量が多いほうが人生が豊かになる」と考え、時間の価値を高める会社を作ろうと決めたのが起業の原点になります。

その上で、「お客様の感動が第一」「スピード感を持ち、動く」などと定めた「9Hearts」という9つの行動指針をまとめました。

次に「誰の、どんな時間の価値を高めるか」について議論していたときに、「ライフスタイルを豊かにすることが目的なのであれば、BtoCの領域がいい」「ライフスタイルという衣食住の中でも、ファッションが一番ワクワク体験を作れそうだ」と感じ、ファッションで起業することにしました。

ファッション領域で時間の価値を高めることについて話し合っていたところ、時間の価値を感じやすいのは女性のほうだという意見でまとまりました。一般的には女性のほうが朝の準備に時間がかかりやすいだろうという判断です。また、ライフステージが切り替わるタイミングで、ファッションへのこだわりを半ば諦めてしまう人もいると思います。例えば、仕事が忙しくなったらゆっくりファッション誌を見る時間も、ウインドーショッピングに行く時間も少なくなりがちです。結婚したら自分の時間の使い方も変えざるを得ません。マタニティ期がある方は歩く速度すら変わります。子育てが始まって子供にかける時間が増える一方、自分がファッションにかけられる時間が減っていく人が多いでしょう。

そうなると総じて起きがちなのが、マンネリ化して同じようなデザインのファッションにまとまってしまうことです。その現象を我慢するのではなく、時間の価値を高めることで対処できないかと考えたときに、気づいたのが、今の生活リズムを変えなくても新しいファッションにたくさん出合えるようなサービスを作ろうということでした。物探しをする時間もなければ、新しいブランドを知る時間もないし、トレンドを勉強する時間もない。なるべく今の時間軸を変えないように配慮しつつ、自分に似合う新しいアイテムに出合えるサービスにできたら素敵だなと思ったのです。

みる兄さん

9割の人に「うまくいかない」と言われながらも、前へ

みる兄さん なるほど。サービスを立ち上げる前にリサーチやヒアリングは行いましたか。

天沼 リサーチはほとんどしていません。ヒアリングについては、ファッション業界の知り合いが1人もいなかったので、業界の人の意見を聞いて勉強しようと思い、知人らの伝手でいろいろな方をご紹介いただきました。100人くらいにご意見を頂いたのですが、見事に90人くらいの方から「うまくいかないから、やめておけ」と言われました。

自分としてはすごくいいアイデアだと思っているので、「なぜだろう」とショックを受けました。ただ、そのヒアリングは「やる・やらない」の可否を決めるために行ったのではなく、「やる」と決めた上でどういうご意見があるのかを聞くのが目的だったので、逆に「なぜそんなに否定的なのか」と思い、きちんとお話を聞くことにしました。例えば、「ブランドさんがお洋服を卸さないよ」とおっしゃっている方には、「なぜですか?」と。その「なぜか?」を深掘って聞いていくと、裏側の理屈が見えてきます。

その上で、「小売が成立しなくなりかねないので卸さない」というご意見には、「我々は小売の邪魔をしているのではない。お洋服との出合いが作られていくと、そのブランドのファンも増えるし、小売にもプラスの影響が起きると思う」と、1つずつ受け止めて回答していきました。そのスタイルを繰り返す過程で、我々のビジネスモデルが強固に構築されていったと思います。

みる兄さん ありがとうございます。会社が立ち上がって11年、サービス開始10年ということですが、「仮説が当たった」と感じたティッピングポイントのようなきっかけはありますか。

天沼 正直、まだありません。今はまだ、前期40億円を少し上回るくらいの売り上げ規模ですし、「ファッション・アパレル業界全体の10%から15%くらいがキュレーションやレンタルによるファッションとの出合いで成立するようになる」という我々の目標を考えると、スタートラインに立っていないという認識です。

ただ、一定のファンの方は付いてくださっています。その方々の継続率など具体的な数字を見ても、エアークローゼットが生活の一部になっている方がそれなりの数いらっしゃることは確かなので、その方々を大切にしつつ、しっかりと広げていきます。

もちろん、自分たちのサービスが「全くズレているわけではない」と感じたことはあります。2段階あるのですが、最初はサービス開始前に、ティザーサイトを作って「こういうサービスを春にローンチする」という記事にしていただいたところ、約3カ月で約2万5000人が事前予約登録してくれたことです。広告費はかけられないから0円。それなのに、ある種クチコミだけでそれだけの人数を獲得できるということは、わかりにくいサービスではなく、興味関心をある程度、広げられていると感じました。

みる兄さん 記事とリリースの範囲で、自分たちの仮説にそれだけの事前反応があるということは、一定のマーケットが存在すると感じられますね。

天沼 そうです。もう1つは、2018年にデロイトトーマツ主催「2018年日本テクノロジー Fast 50」で、テクノロジー・メディア・テレコミュニケーション業界の急成長企業ランキングにおいて、直近3年間の売上高成長率6,048.33%を記録し、50位中1位を受賞したことです。そのときも、さまざまな業界がある中でもシュリンクが伝えられるファッション・アパレル業界で1位を取れたのは、サービスに対して一定のニーズがなければできないことだと思い、しっかりと拡大していこうという気持ちになりました。

得意だからではなく、「使命だから」やる

みる兄さん これまでもサービス拡張のためにテレビCMをはじめ、いろんなプラットフォームごとの広告施策に取り組んできたと思いますが、サービスと相性が良さそうなプロモーションについては何か仮説を持たれたり、うまくいっていると感じたりしていることはありますか。

天沼 マーケティングは試行錯誤しながら取り組んでいます。サービス開始当初は広告宣伝費をかけるのではなく、PRだったのですが、我々のオペレーションが間に合わず、入会も1年待ちという状態になり、入会制限をしていました。最長で1年半待ちだったと思います。それが2年くらい経ったタイミングで、ようやくオペレーションが追いついてきて、入会待ちも解ける状態になり、マーケティングに取り組もうとなりました。だから創業して2年はPRだけ、それ以降は基本的にWebマーケティングです。ほかにあるとしたら、お友達紹介やクチコミですね。

これはなぜかというと、ベースの考え方として、我々の事業が3つのキャパシティで成り立っているからです。1つめは在庫。お洋服の数によって我々が品質を保てるお客さまの数が決まりますので、お洋服の数もキャパシティになります。

2つめは物流。お客さまから何千着と返ってきて、それを全点検品して、クリーニングするというデイリーのオペレーションのキャパシティ。

3つめはスタイリング。我々のコーディネートはセットではなく、全て1点1点をスタイリストがお選びさせていただいている完全パーソナライズのサービスです。そのため、パーソナルスタイリングのオペレーションを回すというキャパシティもあります。

お洋服の数と物流オペレーションとスタイリングのオペレーションというキャパシティがあり、その3つのバランスがお客さまに十分なサービスを提供できる最大数なので、全部バランスよく上げていくのが事業の大前提です。そうなるとテレビCMはそぐわないモデルになります。

ただ、近年はこのキャパシティを徐々に整えてきたことや、投資対効果を細かく管理できる体制が整ってきたことから、慎重にテレビCMにも取り組み始めています。無謀なチャレンジではなく、ファッションレンタルという新しい文化を広めていくための中長期的な視点で、段階的に進めているところです。

みる兄さん なるほど、そうなんですね。

天沼 3つのキャパシティを上げる準備には半年以上かかります。それくらいの準備期間と、お洋服の購入などにお金を投資し、満を持してテレビCMを打ったのに大した効果がなかったら、相当なダメージを被るので、なかなか手を出しにくいのが正直なところです。我々の成長を見ていただくと、安定成長しているのが見て取れると思いますが、イチかバチかの賭けをせず、満足度が高い状態をしっかりと保ちながら、誠実に事業を運営してきた結果だと考えています。

みる兄さん お話を伺っていると、大手は参入しづらいかもしれないですね。オペレーションコストと在庫のバランスに加え、スタイリングできる人の確保も必要になるとすると、スケールするサービスをいきなり作れることはおそらくないでしょうし、知見とノウハウが暗黙的に貯まっていないと、顧客の離脱率が上がってしまうと思います。

その上で、エアークローゼットさんの次の展開を予測したときに、高級バッグ系のレンタルサービスのように単価を上げていくと、どういう展開があるのかなと思うのですが、いかがでしょうか。パーソナライズのスタイリングというコンセプトにトレンドを組み合わせたビジネス展開などいろいろと考えられます。

天沼 循環型物流を持っているのでできますし、得意領域です。ただ、我々がやらなくてもいいとも思っています。我々はお客さまの時間価値を高めることをビジョンにしている会社であり、経済価値の高さを追求しているわけではありません。あくまで時間価値を高めることを真摯に優先していきたいので、“得意領域だから”“リソースを持っているから”やるのではなく、「我々がやるべきだからやる」ということからブレさせないほうがいいと考えています。そこは取捨選択がはっきりしています。

例えば、直近ではドレスのレンタルサービスをスタートをしました。これは日頃、普段着のレンタルをされている会員のお客さまに、ある日、最近なかったけど急に結婚式やパーティーに呼ばれたというシーンがあるとします。普通なら「着ていくドレスがない。普段着しかない」と焦ると思います。そんなとき、エアークローゼットなら、ドレスを選んで返せばいいだけ。結婚式やパーティーの日程直前までいろいろな店を探し回らなくて済むようにできるのだから、時間価値が高まります。その際、安心してサービスをご利用いただきたいので、ドレスのサービスなら「スペアドレス」のシステムを取り入れ、サイズが違ったときでも使ってもらえるよう2着を送っています。それは時間の無駄にならないようにという我々の考え方です。

こんな形で、時間価値を高めることを徹底的に追求しています。

みる兄さん なるほど、それはすごいですね。コンセプトがしっかりしているから「やる・やらない」の判断が明確になりますね。

天沼 そうですね。例えば、キッズについても、成長してお洋服がサイズアウトしていくので、レンタルが合っているように感じますが、キッズの時間価値か、ご両親の時間価値の向上につながるのであれば参入の意思はあります。ただ、今のところキッズのサイズアウトについては、経済価値のほうが合理性が高いと思っています。

インサイトを刺激する、みる兄さんの提案

みる兄さん 時間価値の高低で「やる・やらない」の判断をするのは、マーケティングとは少し違う話になりますが、ブランドの観点からは素晴らしいのひと言です。ブランドは「合理的か合理的でないか」「トレンドだから始めよう」という判断になると、崩壊が始まると個人的に考えています。おいしい話に飛びつくと、短期的にはおいしい思いをするかもしれませんが、既存顧客とブランドとの関係性にはノイズが入りがちです。だから、目先の利益創出という点も踏まえた場合、「やる・やらない」の判断軸は意外と難しいと感じます。

お話を聞いていて、エアークローゼットは「儲け第一主義ではなく、本当に時間価値の向上を追求している会社だ」と広報PRを通じてうまく伝えていけば、顧客も「無印良品」さんや「北欧、暮らしの道具店」さんのように、パートナーとしてサービスを捉えてくれるようになるかもしれないと感じました。顧客はその企業、ブランドのスタイルや在り方に共感して自分を重ね合わせ、いわば「これがないと生きていけない」のような感覚です。ブランドがサービス単体にとどまらず、価値や理念を含めて愛されるようになると、強いですよね。

天沼 そこは課題感と認識しつつも、難しさを感じています。確かに会社として我々は、ビジョンに基づく社内の意思決定をはじめ、「お客さまの感動が第一」という行動指針を徹底して、社内の文化作りを展開しています。ですから、常にどこまで行っても、我々の会社としてのあるべき姿、価値観、事業展開の姿勢はお客さまにオープンに開示していきたいと考えています。

一方で、そこが悩みポイントでもあります。というのも、「時間価値を高める」というエアークローゼットの想いや理念を伝えて共感していただいても、サービスをご利用いただくお客さまに利益が生じるわけではありません。共感していただけるのはうれしいですが、共感するために何かを我慢するようなことは、むしろしてほしくないと考えています。

エアークローゼットのビジョンや想いをお客さまが知らなかったとしても、「サービスが素晴らしい」と感じてもらえる状態にするのが、私たちの使命であり、事業体として作っていくべきところです。もちろんビジネスですから、しっかりと利益を出して、その利益をさらにお客さまの未来へ還元していくことを常に行う必要もあります。

消費行動は、生活の中の利便性、価格、面倒くささなどと対比したときに、提供している商品やサービスの価値・便益が勝ったときに起きるというのが本質的な流れだと思うので、そこを勘違いしないようにしたいと思います。

みる兄さん 私、「北欧、暮らしの道具店」が好きで、天沼さんがおっしゃるように「我々はこういうカルチャーです」とPRするのではなく、世界観に触れることによって感じてもらうために、プロダクトやWebサイトからコンテンツに派生して、ドラマや映画の製作にまで手を広げています。言語化しづらいカルチャーや思想を伝えるのに、とても良い方法だと思うのですが、エアークローゼットでも、女性がエアークローゼットを使うことで時間効率が上がって、QOLが自然に良くなったというところをテキストのクチコミではなく、映像で見たいなと思います。

最近ショートドラマをよく目にしますが、そういう切り口で、エアークローゼットを使っていることをPRするのではなく、忙しい人たちの時間効率が自然に上がっていくという。ある日突然、久しぶりに親戚の結婚式に招待された女性が、40代になって結婚式に呼ばれるのは久しぶりで着る物がない、どうしようとアタフタしながら買い物に行くけど、ピンと来るものが見つからず、次の週末もまた買い物へ――のような“あるある”な光景を、ちょっとほっこりさせつつ、女性が満足できるような素敵な感じの映像としてまとめられると、その日常感に共感する人だけでなく、気づいていない人のインサイトをくすぐるのに面白いと思いますし、すごく見たいですね。

ギフト、福利厚生…メンズ領域への構想

みる兄さん あと、男性から奥さん、女性へのプレゼントとしても活用したいと思いました。

天沼 実は以前、ギフト機能を作ったのですが、あまり活用されませんでした。サービス開始2年目くらいの話なので、タイミングとして早すぎたのかもしれません。今はサービスを閉じていますが、ギフトは一定の需要があるかもしれないですね。

みる兄さん おそらくギフト機能のサービスだけローンチするというよりは、先ほど申し上げたようなコンテンツに男性が絡んでいて、“ちょっと素敵ですね”という感じを作りだしたいですね。そうすれば、お花を買ってくるより、エアークローゼット3カ月分のようなパッケージで1回贈ってみたら、意外とすごく女性に喜ばれた――みたいな光景を、私も妻と子どもがいる状況で思い浮かべられるので、すごくいいなと思います。

あとは企業の福利厚生への採用ですね。企業への営業もおそらくチャレンジされていると思いますが…。

天沼 そこは「メンズ」を作ってからと考えています。福利厚生はぜひ取り組みたいですね。

編集部 先ほどのみる兄さんのコンテンツ作成に関する提案に対して、天沼さんのコメントをお願いします。

天沼 マーケティングのメッセージも大切に考えています。ありがとうございます。

以前、YouTuberさんに「エアークローゼットを利用して、生活が大きく変わりました」のような企画をやっていただいたとき、反応はすごく良かったです。ただ、その後コンバージョンにつながらないケースが多く見られました。共感していただけるし、数十万再生はするけど、コンバージョンには達しない。共感を作るマーケティングと最終コンバージョンのところに一定の壁があると我々も感じました。

一方で、時間の価値という私たちも伝えるのが難しいと思っているテーマだからこそ、先ほどおっしゃっていたような、「今週末と来週末に買い物に行かなければならなくなった」という状況。楽しんで買い物をしているのであれば、それは時間価値が高いのでいいと思います。しかし、「買い物に行かなきゃ」とご自身が焦っている状況なら、「レンタルならその時間価値を変えられるのではないですか」という提案が1つできます。もう1つは「レンタルで決まったから、次の週末は空いている」ことになります。週末の価値は目に見えないけど、すごく大きいと思っていて、その週末の時間の価値が2つ増えるというのは、私たちがやりたいと意識している領域です。例えば子育て中のお母さんなら、お洋服でオシャレを楽しみながら子育ての時間も増えますので、これまであまり存在しないサービスの考え方ではないかと思います。

みる兄さん クチコミや問い合わせを大事にされているから、そこから紡がれるドラマ、ストーリーはいろいろ出せる気がします。

天沼 確かに、ショートドラマがたくさんあったら面白いかもしれないですね。

認知の拡大も、お客さまにご登録いただくのも、マーケティングの要素も我々もチャレンジできる領域はまだまだ広いので、しっかりとやっていきたいと思います。

編集部 本日はありがとうございました。

みる兄さんの取材後記|「やらない」選択がブランドを磨く――エアークローゼットが実践するブランドロイヤルティの高め方

エアークローゼットは、自社ブランドの製品を展開していないにもかかわらず、他のどの企業よりも「ブランド」を大切にしている印象を強く受けた。

多くの企業が「ブランドをどう構築するか」「より魅力的に見せ、価値を高めるにはどうすればよいか」といった議論を重ねている。理論的には、ブランド資産を明確にし、ブランド認知の向上・ブランド連想の構築・ブランドロイヤルティの獲得というステップが王道とされる。しかし実務の現場では、それだけでは語りきれない「ブランドが磨かれる瞬間」がある。

それは、売上につながる施策であっても、自社の理念や方針と照らし合わせ、「やらない」と決断する瞬間である。エアークローゼットは、『“ワクワク”が空気のようにあたりまえになる世界へ』というビジョンを非常に重視している。

最近、ファッション系のサブスクリプション市場では、ハイブランドのバッグや高級時計を提供するサービスが話題を集めている。取材では、こうしたトレンドをどう見ているのかを尋ねたが、「ニーズはあるかもしれないが、エアークローゼットがやるべきかというと、優先度は低い」との回答が返ってきた。

同社が提供する価値である――「お客様に合ったパーソナルな体験」「人とモノの最適な出会い」「ひとりひとりの時間価値の最大化」(これらをエアークローゼットは機能的価値と定義)と照らし合わせれば、高級アイテムのレンタルは「憧れの体験」ではあっても、真にパーソナルな体験とは言いがたい。そこに軸がないまま参入すれば、一貫性のないサービスとなり、顧客への提供価値がブレてしまう可能性もある。

ブランド資産は、具体的な商品があればこそ可視化されやすい。しかし、エアークローゼットのように無形のサブスクリプションサービスを提供する企業においては、理念と提供価値を基点にした一つひとつの判断と施策が、結果として顧客からのブランドロイヤルティを育んでいるのだと感じた。

天沼社長は他の取材でも顧客の口コミの重要さを語っていた。顧客の口コミが生まれるきっかけは想定外の驚き=ワクワクを体験したときと、このブランドやサービスを使用していることが自身の価値観とリンクしているときであると思う。エアークローゼットの企業理念はまさにそれを体現している。良質な口コミはインセンティブ設計から発生するのではなく、体験であり企業理念への共感であると改めて感じた。

このようにエアークローゼットのマーケティング戦略は、理念とテクノロジーを融合させた、まさに現代のマーケティングの最前線を体現している。エアークローゼットのサービスを愛しているユーザーさんに実際に話を聞いてみたいと思うくらいにマーケターとしての興味関心が高まった。今後も同社の動向から目が離せない。

Profile
天沼 聰(あまぬま・さとし)
株式会社エアークローゼット 代表取締役社長 兼 CEO。
英ロンドン大学卒業後、2003年にアビームコンサルティング株式会社に入社し、IT・戦略系のコンサルタントとして約9年間従事。2011年より楽天株式会社 (現 楽天グループ株式会社)にて、UI/UXに特化したWebのグローバルマネージャーを務めた後、2014年に株式会社エアークローゼットを創業。

airCloset
https://www.air-closet.com/

天沼聰さん X
@satoshi_amanuma

みる兄さん
匿名アカウントなマーケター。
X:@milnii_san
note:https://note.com/milnii
みる兄さんの「話題のプロダクトについて考えてみた」シリーズ一覧

記事執筆者

早川巧

株式会社CINC社員編集者。新聞記者→雑誌編集者→Marketing Editor & Writer。物を書いて30年。
X:@hayakawaMN
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