カミソリやハサミ、包丁など約1万点の商品を展開するグローバル刃物メーカー、貝印。
2020年には、処理されていない腋毛を見せるCGの女性に、「ムダかどうかは、自分で決める。」というコピーが付けられた「#剃るに自由を」という企業広告が話題を呼びました。
貝印でCMOとCCO(チーフ・クリエイティブ・オフィサー)を務めるのが、鈴木曜さんです。鈴木さんは「マーケティングとクリエイティブの二足の草鞋ではなく、一足に融合すること」が、自らのキャリアを形づくるキーワードだと語ります。
今回は貝印の未来づくりをリードする鈴木曜さんに話を聞きました。
(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、撮影:矢島 宏樹)
目次
マーケティングとクリエイティブの融合
――いかにも「クリエイティブの人」という感じのオシャレな出で立ちで、期待値が上がります(笑)。最初はキャリアについて教えてください。まず富士重工業(現SUBARU=スバル)に入社し、マーケティング推進部でマーケティングの基礎を身につけられたそうですね。その後、次第にクリエイティブの方向に関心を深め、スウェーデン発のクリエイティブエージェンシー「グレートワークス」でCEOに就任。現在は、同社の取締役CCOを務めながら貝印にジョインし、上席執行役員 兼 CMO/CCOとしてご活躍中。
「グッドデザイン賞」をはじめ、国内外で多数の賞を受賞されていると伺いましたが、もともとクリエイティブに強い関心があったのでしょうか。
キャリアの出発点は、モータースポーツの分野でした。1990年代後半から2000年代前半のリーマンショックの頃までは、自動車メーカーの中にモータースポーツに多額の投資をしていた企業がいくつかあり、富士重工業にもモータースポーツ関連の業務が存在していました。
実際のチーム運営は子会社の担当でしたが、私は親会社の立場からモータースポーツチームを統括し、マーケターとして活動をプロデュースする役割を担っていました。運転手ではないものの、さまざまなレース会場を巡る中で、「勝つまで帰れない」という時代の空気感もあり、非常に面白く、刺激的な毎日だったことを覚えています。
そんな日々を経て、次第にイベント全体のほか、デジタル領域全般のマーケティングや統合プロモーションのような大規模な案件に幅広く携われるようになり、多様な知見とスキルが身に付いていったのだと思います。
――マーケティングとクリエイティブの融合を意識し始めたのはどんなきっかけですか。
当時のスバルのマーケティング部門には広告だけでなく、商品企画のチームと、コミュニケーション担当のチームがありました。私自身がモータースポーツの領域を超えて、コミュニケーション企画にも幅広く携わり始めた頃には、「自分の目指す姿はマーケティングとクリエイティブの融合だ」「二足のわらじではなく、一足に融合して両軸を捉えるほうが良い成果につながりやすい」と意識するようになりました。商品とクリエイション、そしてコミュニケーションの両軸を別々ではなく、融合させて考えてこそ、納得のいくアウトプットが生まれると、今も思います。その後、クリエイティブの方向へ本格的に進むようになったのは、キャリアの中で「マーケティングとクリエイティブの融合こそ自分の目指す道」と考えるようになったからです。
――なるほど、その一環としてグレートワークスに移られるわけですね。
はい。当時広告領域で国内外の賞をいくつか受賞していたことから、クリエイティブ・ディレクターとしてお声がけをいただきました。
いつの時代もマーケティングとデザインは別物として捉えられがちでしたが、私自身は「本質的にはマーケティングもデザインも、それほど違いはない」と感じていました。価値の創造やコミュニケーションはマーケティングの一部であり、「それをどう融合させてデザインするか」が重要なのだと考えていたのです。
そうした背景もあり、当時次々と登場していたデジタルクリエイティブ・エージェンシーに関心を抱くようになりました。また、個人的に北欧のテキスタイルや家具のデザインに普遍的な美しさや魅力を感じていたこともあります。今だから言えますが、当時いくつかの会社からお誘いをいただいていた中で、最終的にスウェーデンの会社であるグレートワークスを選ぶことにしました。
CMO/CCOとして、多くの時間を投資していること
――貝印にはどのようなきっかけで入社したのですか。
当時、貝印の副社長だった現社長(遠藤浩彰 代表取締役社長 兼 COO)に、「貝印のブランドをもっと強くしたい」とお声がけをいただいたのがきっかけです。初めは広報宣伝部の部長として参画し、やがてデザイン部も担当するようになりました。この数年はブランドをより強化するために、ブランド企画の部署を立ち上げたり、商品企画との融合を図ったりしながら取り組みを進めています。
――貝印における鈴木さんの実績の中で、特に印象深いものは何でしょうか。
自分でゼロから組み立てて、一番苦労したことを考えると、AUGER(オーガー)というブランドですね。
貝印に参画した当時、カミソリと美粧、つまり毛抜きやオシャレハサミのようなビューティーツールは、それぞれ別のセグメントになっていました。しかし、さまざまな種類があるカミソリやビューティーツールを一手に取り扱うグローバルプレーヤーは、貝印のほかにほとんど存在しません。だからこれらを同じブランドとして展開すべきと考え、構想から約3年をかけてAUGERを作り上げました。その分、とても思い入れのあるブランドです。
デザインルールの策定から商品開発、プロモーションまで、すべてをチームの皆と一から作り上げられたのは、貝印というフィールドがあったからこそだと思います。もともとカミソリやハサミには奥深くて面白い商品が多いのですが、新たにブランドを立ち上げるのは、やはり大きな挑戦でした。
――売れ行きなど手応えはいかがですか。
ブランドを育てていくという観点から、あえて販路を限定していますが、狙いを定めたバラエティショップなどでは、売れ行きもかなり好調です。
――ありがとうございます。貝印ではCMOだけでなくCCOにも就任しています。日頃の業務内容を教えてください。
CCOは4月の人事で拝命しました。先ほども申し上げた通り、どんな商品を作り、どのようなコミュニケーションでお客さまに届けるかという点において、マーケティングとクリエイティブは本来、同じ領域にあるべきだと考えています。責任は重大ですが、両方を統括するポジションに就かせていただき、感謝しています。
具体的な業務としては、中長期のビジョン策定に多くの時間を使っています。マーケティング部門の本分は「未来をつくる仕事」だと捉えているからです。もちろん、直近の売り上げも大事ですが、目の前のことだけを考えて一日を過ごしていると、会社がどの方向に向かっているのか、5年後、10年後に会社がどうなっているかが時折、見えづらくなる気がします。そのような危機感も常に持ち合わせて業務に当たっています。
お客さまにも従業員にも、「より良い未来」を見ていただきたい。だからこそ、ワクワクするような中長期計画や、貝印しかたどり着けない景色を、皆で一緒に見に行こうと思って、成長戦略を描いています。
――未来のことをしっかりと考えるのは重要で、時に胸が躍りますよね。
例えば自動車の場合は開発期間が長くなりますが、貝印の商品は文化的な日用品であるため、5年先にどんなものを作りたいか、そのとき会社や自分たちはどうありたいのかを、日頃から考えておくことが重要です。
また、今後は自分たちの事業ドメインにとどまらず、新たな領域にも踏み出していきます。大胆な挑戦をするからには、私自身がトップランナーとしてリードする必要があると思います。貝印がどんな企業へ飛躍しようとしているのか。そのために、まず何をすべきか。そういう「未来の姿」を議論する会議によく参加しています。
――それは新しいプロダクトを出すことにとどまらず、という意味ですか。
そうですね。全く異なる領域についても考えています。私たちは刃物メーカーとして、刃物を取り巻く周辺領域でお客さまに寄り添うのが基本ではありますが、「刃物屋だからこれはできない」と諦めることもしたくありません。
貝印のマーケティングの3つの特徴
――楽しみですね。ありがとうございます。次に、貝印のマーケティングの特徴を教えてください。AUGERが代表例ですが、100年以上続く伝統的なブランドであることと、鈴木さんの挑戦的で革新的な発想が融合されているのがクリエイティブの特徴として1つあると思うのですが、マーケティングについてはどうですか。
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