Preferred NetworksでCMO(最高マーケティング責任者)を務める富永朋信さんは、これまで約30年のキャリアをマーケティング一筋に歩み、西友やドミノ・ピザ ジャパンなど計4社でCMOとして活躍しています。
そのため、「日本を代表するマーケター」の一人と評されることもあり、目標としているマーケターの方も多いのではないでしょうか。
優れたCMOになるために必要なことは何か。今回は富永朋信さんにお話を伺いました。
(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、撮影:永山 昌克)
目次
「WebTV」の経験から学んだ、メンタルモデル共有の重要性
――富永さんはマーケティング一筋のキャリアに加えて、西友から現在のPreferred Networksなど直近4社でCMOを歴任。若手マーケターが目指す理想のキャリアの1つではないかと思います。特に印象深い経験は何ですか。
30代前半の日本コカ・コーラ勤務時代に、伊藤忠商事やNTTドコモと共同開発した「Cmode」の立ち上げです。Cmodeはi-modeでコカ・コーラを買える携帯電話連動の自動販売機システムで、コンビニやスーパーマーケットの台頭で、ドル箱だった自販機の売り上げに陰りが見え始めたのを機に、「自販機での購買経験の刷新」を目指し、開発が始まりました。
大手企業3社の意向を調整しながら、それまで存在しなかったシステムを作り上げるのは非常に難易度が高く、勉強になりましたし、「この先、どんな難局に直面しても乗り越えられる」という自信も付きました。また、ニュースで盛んに取り上げられてミーハーな気持ちが刺激され、少し舞い上がるような気分の良さも体験できました。心血を注いで考え抜いた仮説を世に問い、大きな成功を勝ち得たのは、一番の転機だったと思います。
――うまくいかなかった経験で、学びになったこともあれば教えてください。
2社目に勤めたウェブ・ティービー・ネットワークス時代の1999年頃の経験が今も活きています。
私はそこで、「WebTV」という専用端末を日本で普及させる仕事をしていました。WebTVはアナログの電話回線とテレビを接続するだけで、PCがなくてもインターネットができる、当時としては画期的なプロダクトです。マイクロソフトの強力な営業力で全国の家電店に配荷を作り、テレビCMも大々的に流しました。また、値つけもPCよりはるかに安く、ランニングコストも毎月2000円。「これは売れるだろう」と思っていたのですが、売れませんでした。
――なぜですか。
理由はいくつもあると思います。その中で一番大きかったと感じるのは、「インターネットとは何か」というメンタルモデル(無自覚の中に持つイメージや思考の前提)の理解・共有が当時の日本にあまりなかったことです。だから「WebTVが良い」と伝えるためには、まず「インターネットとは何か」「インターネットで何ができるのか」「インターネットを使うと、なぜ良いのか」をコミュニケーションして概念を社会と共有し、その上で「インターネットを使うならWebTVがお得で便利」という二重の認知形成が必要だったのです。それをせず、インターネットのメンタルモデルが作られていない中で、勝負をかけたのが敗因だったと思います。それどころか、商品名がWebTVなので、テレビだと見なされました。「テレビなのに追加コストで毎月2000円かかるなんて、なかなか理解できないだろうな」と今となってはわかります。
その後、テレビCMを流してマスチェーンで売り上げを上げるマーケティングではなく、ダイレクトセリングに戦略を変えることになり、USENと販売委託契約を結びました。USENの個人宅向け営業は強力で、当時、月々6000円の契約を毎月約2万件も獲得していたのです。USEN社内にもインターネット事業立ち上げの強い機運があったのに加え、音楽だけで6000円のところを、音楽にWebTVを付けても6000円なのだから、今度こそうまくいくと思いました。ところがこれも毎月約2万件のうち、WebTV は2000件くらいしか契約していただけなかったのです。
――難しいですね。
USENの強力な営業力の背景には、洗練された営業プロセス、営業ルーティーンがあったと思います。そこにインターネットという新しい要素を入れることで、それまでの流れるような営業プロセスが阻害されたら、売れていた物も売れなくなってしまうかもしれません。今振り返ると、我々はUSENの営業のことを理解できていませんでした。もっと丁寧に営業のご担当や消費者とコミュニケーションを取るべきでした。当時は「値段は変わらないし、WebTVを付けたほうが得なのだから、売れるに決まっている」としか考えられませんでした。そのときの経験から「メンタルモデルを社会や消費者と共有できていない商品を売るのは、とてつもなく難しい」と学び、それが今も物事を考える前提として活きています。
キャリア30年でも飽きない、マーケティングの面白さ
――ありがとうございます。ちなみに富永さんは、マーケティングのどんなところを面白いと感じたから、続けているのでしょうか。
人が好きだからです。正確に言うと、仮説に基づいて「認知変容」「態度変容」「行動変容」を起こすこと、つまり仕掛けやアクションによって、人の気持ちが少し動いたり、態度や行動が変わったりする仕組みやメカニズムが好きなのです。それを仕事にするならマーケティングが一番だろうと思って続けています。マーケティングが大好きですね。
最初は「AIDMA」から入って、消費者行動論、行動経済学、心理学、社会学と学びながら、認知や意思決定に関する理解が深まるほど、「マーケティングの中心にあるのは、人間に対する理解だ」と考えるようになりました。商品やブランドの良さをどのようにお伝えすれば、お客さまに「試してみよう」と思っていただけるのか。例えば、私がCMOを務めたドミノ・ピザなら、ピザーラやピザハットと比べるのではなく、「コンビニと比べてみてください」と異なる領域での比較対象をご提案することで、ドミノ・ピザの優位性を訴求したこともあります。そのように消費者の心の動きを想像しながらコミュニケーションを設計、ご提案し、その通りに評価を頂けたときは本当に楽しいと感じます。
――わかりました。次に、少しご自身では言いにくいかもしれませんが、他の人と比較したとき、マーケターとして自分はどんなところが優れていたと感じますか。
大きく2つあります。1つめは運が良かったこと。そう感じる例はいくつかありますが、世界で一番良いブランドと信じて、ずっと入社したかった日本コカ・コーラで働けたのも運が良かったですし、さらにそこから流通のマーケターになれたのも運が大きかったと思います。
日本コカ・コーラ時代、自販機の仕事が楽しくて、昼夜を忘れて取り組んでいたのですが、あるときふと、「コカ・コーラは自販機でもコンビニでも、スーパーでも購入できる。その3つのチャネルで購入したときのコカ・コーラの価値は同じだろうか?」と疑問を感じました。例えば、スーパーなら「低価格」、コンビニなら「他に面白そうな商品や新商品がすぐ見つかったり、今は少なくなりましたが、当時はいろんな雑誌を購入できたりするワクワク感」があり、自販機は「誰とも話さずにすぐ買える」「よく冷えたプロダクト」のような価値がありました。つまり、同じ百数十円とボトルの交換なのに、消費者が得られる価値はそれぞれ違っていて、かつその違いはチャネル固有の価値であり、コカ・コーラ側からはアプローチできないと思ったのです。
それに気づいたとき、「コカ・コーラのブランドマネージャーになっても、自分たちのプロダクトの購買経験価値も設計できないのではないか」と感じました。つまり、ブランド側ではなく消費者、人間中心の見方でブランドを評価したときに、大事なところでコントロールできないことがあると感じたのが新鮮な驚きであり、ショックだったのです。
そこで、今後のキャリアを悩んだ末、「流通に行きたい」と思うようになりました。実際には流通のマーケティングでできる範囲はそれほど広くなかったのですが、当時は流通のチーフマーケターになれば「自社限定ながら、品揃えも選べて、プライシングもできるだろう」と考えました。その後、西友でCMOの職に就くことができたのは、間違いなく運の良さも大きかったと思います
2つめは人間への興味を持ち、深掘りし続けたことです。別に対象は人間でなくてもいいのですが、自分の興味関心の軸をしっかりと持って突き詰め、仕事と関連づけるのが大事だと思います。
――運と人間に対する興味の深掘り。この2つに注力したのが良かったということですね。
運は注力できませんが(笑)、自分がたまたまうまくいったドライバーとして運がありますし、実際に注力したこととしては、人間に対する興味関心があると思います。
優れたCMOに求められる2つの条件
――では次に、富永さんが考える良いマーケター、良いCMOの条件を教えてください。
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