インタビュー
2020.06.30

「網を投げるマーケティングから、旗を立てるマーケティングへ」――元電通総研・研究主席、四元正弘が予測する「コロナ後の世界」

Marketing Studies #03

社会情報大学院大学教授

四元正弘

「リアルとオンラインが混在する新しい生活様式」「デジタルトランスフォーメーションの進展」など、コロナ禍をきっかけにこれからの時代を予測するさまざまなレポートが発表されています。また、同テーマに関するイベントや記事も多数見られ、いずれも大きな注目を集めました。

背景には戦後最大級の変化が確実視されることを踏まえ、「会社や自分は、生き残っていけるだろうか」という漠然とした不安があることは間違いありません。

ではマーケターは、来るべき次の時代をどのように捉え、そこに備えるべきでしょうか。

今回は、マーケティングや消費者行動に詳しい社会情報大学院大学教授で元電通総研・研究主席の四元正弘さんに、これから予測されるマーケティングの変化について話を聞きました。

(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧)

 

 

目次

マスマーケティングから「旗を立てるマーケティング」へ

――コロナショックを受けて、今後のビジネスや生活様式の変化に関するさまざまな予測が国内外から提示されましたが、それも一旦落ち着いた状況です。オフラインとオンライン、デジタルトランスフォーメーションへの取り組みなど大体似たような話が多いと思いましたが、四元さんはどのようにお考えですか。

私はそうした予測に加えて、マスマーケティングから「Peer  to Peer (P2P)マーケティング」「ピアーズマーケティング」への流れがさらに加速すると考えています。

Peersは発音を聞くと、「ピアース」と聞こえるのですが、ここでは一般的な表記に従い、「ピアーズ」としておきます。

――Peersは「仲間」という意味ですよね。

仲間でもいいですが、どちらかと言えば「同類」のほうが近いでしょう。ピアーズマーケティングの代表例としてはメルカリが挙げられます。企業が消費者に物を販売するのではなく、あるブランドや商品を好きな人が、同様にそのブランドや商品に興味を持っている人に有償で譲渡するビジネスモデルです。ほかにも近隣に居住する人同士が有償・無償で不用品やサービスを譲り合うジモティーなどもピアーズマーケティングと言えます。

メディアも同様です。例えば特定のYouTuberに興味を持った人がチャンネル登録して視聴し、コメントを寄せる行為も「Peer to Peer」と言え、テレビ局や出版社などのマスメディアが作品を一方通行で送り出すスタイルとは異なります。

マスマーケティングからピアーズマーケティングへの流れは以前からありましたが、コロナ禍で外出自粛になり、多くの人が自宅にこもってしまったことで、つながりを求めるピアーズ的な考え方が一段と強化されたと考えています。

――コミュニティやサロンのような活動がさらに盛んになるのでしょうか。その場合、ビジネスのスケールはどうですか。マスを対象にしていた経済活動と比較すると、規模が小さくて企業のビジネスとしては成立しにくいような気がしますが…。

それは考え方を変えればいいだけです。これまでのマス、大衆をターゲットとするビジネスは大きな網を投げるマーケティングでした。勝負する市場を選定するために、セグメンテーションやターゲティングなどの調査・分析を行い、獲物がいそうなところにできるだけ大きな網を投げて一気にすくい取るイメージです。

一方、ピアーズマーケティングは「旗を立てるマーケティング」と言えます。立てる旗が魅力的で高ければ高いほど、趣旨に賛同する多くの人たちを引き寄せることが可能になります。これは最近出てきた考え方ではありません。例えばAppleはスティーブ・ジョブズ自身が欲しい物を追求した結果、多くのユーザーを魅了し、獲得しました。まさに「旗を立てるマーケティング」の典型例です。

広く網を投げるマスマーケティングの衰退を受け、これからビジネスの主流になっていくのは「高く旗を立てるマーケティング」であると私は考えています。

イラスト:Marketing Native編集長・佐藤 綾美

ピアーズマーケティングのターゲットは「自分」

――どんな旗でも立てれば良いわけではなく、需要がないと立てても無駄になりますよね?その場合、ターゲティングなどはどう考えればいいのでしょうか。

そこも考え方が大きく変わって、ターゲットは自分です。網を投げるマーケティングは、ターゲットが自分ではなく、他人でした。何を考えているかよくわからないから、属性や行動パターン、趣味嗜好などを調査する必要があります。

一方、旗を立てるマーケティングでは、自分が一番面白いと思うことを実行し、旗を立てて情報発信するのがポイントです。魅力的な旗を高く立てれば、同様に面白がってくれる人たちを旗の下に世界中から引き寄せることができます。

その際、ビジネスの在り方としては、まだ誰も立てていないところに最初に旗を立てることが大切です。

――二番煎じの旗を立ててもうまくいかないという意味ですか。

すでに高い旗が立っているのに、真似をして似たような旗を立ててもうまくはいかないでしょう。そこが後発でもある程度棲み分けができるマスマーケティングとの違いです。

旗を立てるマーケティングは棲み分けが難しく、先に高い旗を立てられて多くのユーザーを取り込まれてしまうと、後追いで二番煎じの旗を立てても、人はなかなか集まってくれません。参加者の少ないコミュニティに人はあまり魅力を感じないからです。

コミュニティはなるべく大きなほうが良く、たくさん人がいるところほどプラスのフィードバックが働いてさらに人が集まり、より強固なコミュニティが形成されます。これは「ネットワーク外部性」と呼ばれる現象です。その結果、新規参入が難しくなり、寡占、独占、一強状態を生み出します。

身近な例を挙げると、ネットショッピングで選ばれやすいのは、商品点数の多いAmazon、ポイントが貯まりやすい楽天市場、あるいは購入したい商品に関する専門性が売りのネットショップなど、特定の領域で一番高い旗を立てているサイトではないでしょうか。二番手、三番手のサイトはなかなか訪問されません。得意な領域を追求し、一番高い旗を立てることが重要な戦略になるということです。

高い旗を立てるために必要なマーケティングとクリエイティブの一体化

――コミュニティというと個人が率いているイメージがあったのですが、企業としても世界中から多くの人を引き寄せられるような高い旗を掲げ、コミュニティを形成する必要があるということですね。

そもそも企業といっても個人の集まりです。これまでは平均点以上の優秀な人材を多数揃えることが、安定的な生産体制を構築する20世紀型組織の資産でした。今後は飛び抜けたアイデアを出せる天才型の人材を抱えている企業が、高い旗を立て、世界へ向けて情報発信する方向にビジネスモデルの比重が変わっていくと思います。その旗を面白いと感じる人たちによって高いエンゲージメントが形成されれば、ネットワーク外部性が働くので、ビジネスは巨大化し、十分なボリュームが出てくるでしょう。

したがってマーケターの役割は、天才型の人物がアウトプットを出しやすい体制づくりのサポートをするとともに、旗の立て方、つまりより多くの人を引き付けるために必要なクリエイティブ作りがさらに重要性を増すと思います。

――最近話題になった電気通信事業会社の天才プログラマーによるテレワークシステムの記事を思い出しました。

そうですね。さらに、情報発信に関して付け加えると、大手広告代理店でも、これまでは市場分析のマーケティングとメッセージを作るクリエイティブのセクションは分かれているのが一般的でしたが、これからはクリエイティブとマーケティングの一体化が進むと予想しています。その上で、最初からマーケティングやクリエイティブがクライアントの中に入っていって、三者一体で高い旗を立て、世界へ向けて発信していく形になるのではないでしょうか。クライアントに依頼されてからクリエイティブがコピーを作るというこれまでのやり方では、もう通用しなくなると思います。

コロナ禍で進む格差拡大がもたらす感情的な負の側面

――「ピアーズ」的な考え方が広く一般に浸透することで、デメリットはないのでしょうか。個人的にはコミュニティになじめない人が、ますます孤独感を深め、生きづらくなるのではないかと心配です。

もしかしたら親が自分の子供を見ながら「この子には友達がいないのかしら」と不安になることがあるかもしれません。しかし、リアルでは友達がいないように見えても、例えばネット上で同じゲームを好きな人同士がコミュニケーションを取るように、つながりの機会はむしろ増えると思います。

ネガティブな側面としては、大きく2つの点を懸念しています。1つはマウンティングや、いじめの増加です。背景にはピアーズ社会における格差の表面化と拡大があります。

心理学に「絶対よりも相対」という考え方がありますが、その言葉通り、人は格差が大嫌いです。これまでは住まいや住む地域、持ち物、服装などを見て、何となく階層が判断できました。一方、社会のピアーズ化が進み、同類だと思っていたコミュニティの中に、実はいろいろな格差があるという現実が見えてくると、「裏切られた」という感情が湧きやすくなります。

また、同類だけでなく、旗を立てている人に対する幻滅から格差を感じるケースもあるでしょう。「尊敬していたのに、こんな人だったのか」「自分だけおいしい思いをして、私たちは利用されているだけなのか」などの嫉妬心を喚起され、旗を立てた人への反発を覚えたり、ショックを受けたりする人が出てくると考えています。

その結果、格差を不愉快に感じる人の中には、傷ついた自分のプライドを守るために、立場が下の存在を見つけだして、マウンティングをしたり、いじめたりする人が出てきます。人間の防衛本能の一種なので、ある程度発生するのは避けられないと予想しています。

――今まで以上に格差が拡大すると考える理由は何でしょうか。

コロナ禍が社会に大きな変化を与えるのは確実で、その変化にうまく対応できたり追い風にできたりした人や組織にはプラスの作用が働き、対応できなかった人や組織との差が広がるからです。これまで存在したいわば静的な格差に加えて、今回の動的な格差が重なることで、格差社会は一層深刻化するおそれがあります。

ピアーズ社会を生き抜くために必要なリテラシーの向上

――ネガティブな要素の2つ目は何でしょうか。

「やったもの勝ち」になって道徳的な判断基準のラインが低下するおそれがあることです。対象が不特定多数のマスの場合は、常識から逸脱するとすぐにクレームを受けるので、そこが良い意味で歯止めになっています。

これに対し、ピアーズの場合は同類の集まりなので、「わかる人だけわかればいい」というコミュニケーションの取り方でも、それほど問題化することはありません。例えば、YouTuberが自分のチャンネルで多少顰蹙(ひんしゅく)を買うような言動を取っても、基本的には「面白いと思う人だけ見てくれればいい」「不快なら見なければいい」という態度で大きな問題は生じていませんし、視聴者が自然と選別されて同類の集まりを形成していきます。

結果的にモラルの低下が進むと同時に排他性を強めながら、社会はさまざまなコミュニティが乱立するバラバラな状態になっていくと考えています。

また、マスとピアーズの両方で活躍している著名人の場合は、ピアーズの感覚のままマスメディアで発言したり、あるいはピアーズの中で話した内容がマスに筒抜けになったりすると、炎上しやすいので注意が必要です。

――炎上というと、誹謗中傷やインフォデミックなどが問題になっているSNSでしばしば見られます。一方で、SNSはピアーズマーケティングで有効な手段として活用できると考えられます。

SNSはピアーズマーケティングを加速する象徴的な手段になり得ると思います。ただし傷つくことや不愉快な思いを一切したくないならSNSから離れたほうがいいでしょう。それでも、プラスの側面が大きいので有効活用したいのであれば、SNSとの向き合い方についてリテラシーを高めて対処するしかないと思います。

格差に対する考え方も同様です。コミュニティの中で格差を感じながらも、「人は人、自分は自分」「誹謗中傷やいじめには加担しない」と冷静に判断できるかどうか。そこが問われることになるでしょう。

SNS自体を規制する考え方には賛成できません。

――本日はありがとうございました。

Profile
四元 正弘(よつもと・まさひろ)
社会情報大学院大学教授、大阪大学特任教授、四元マーケティングデザイン研究室代表。
東大工学部卒。サントリー生産技術研究所を経て電通総研に転職し研究主席などを務める。2013年電通を退職。19年から社会情報大学院大学 広報・情報研究科教授。専門は消費者行動、マーケティング・コミュニケーションなど。

 

 

 

早川巧

記事執筆者

早川巧

株式会社CINC社員編集者。新聞記者→雑誌編集者→Marketing Editor & Writerとして四半世紀以上のキャリアあり。
Twitter:@hayakawaMN
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