うま味調味料「味の素」をはじめ、だしやスープの素、調味料類などで知られる味の素。同社で「Cook Do」「ほんだし」などを復活させ、「香味ペースト」「鍋キューブ」「Cook Do きょうの大皿」といったヒット商品を生み出してきたのが、味の素株式会社 執行役常務 食品事業本部副事業本部長兼マーケティングデザインセンター長の岡本達也さんです。
岡本さんは50歳で味の素冷凍食品に出向後も、「ザ★チャーハン」「ザ★シュウマイ」をはじめとする「ザ★」シリーズをヒットに導き、現在は再び味の素でグローバルのマーケティング戦略を統括、マーケティングの高度化や人材育成などに取り組んでいます。
数々の商品のヒットや再生を手掛けてきた岡本さんが、長年マーケティングに従事する中で大切にしてきた哲学とは――。今回は味の素の岡本達也さんに話を聞きました。
(取材・構成:Marketing Native編集長・佐藤 綾美、文:和泉 ゆかり、撮影:矢島 宏樹)
目次
思いがけずマーケティングの道へ
――岡本さんには、「Marketing Native」のイベントに2回ご登壇いただいており、さらに深くお話を伺いたいと思っていました。まずは岡本さんの現在までのキャリアを教えてください。
1987年に味の素に入社後、すぐに子会社である味の素ダノン(現在のダノンジャパンで、今はダノンの100%子会社)に出向しました。営業に従事して2年ほど経ったころ、異動を命じられたのが、企画開発本部です。
商品開発やマーケティングに関して何も知らない状態からのスタートで、先輩からまずはフィリップ・コトラーの『マーケティング原理』を読むように言われました。正直に申し上げると、内容の難しさから何度も挫折しそうになり、読むのに大変苦労した記憶があります。
部署は先輩と私の2人のみだったため、商品開発やマーケティングプランの策定、パッケージデザインのディレクション、印刷所とのやりとりなど、すべて自分で行わなければなりませんでした。そうして、手探りでマーケティングの基礎を身に付けていきました。
これが私とマーケティング、商品開発との出合いです。
――マーケティングは最初から志望されていたわけではないのですね。
実は、入社前は人事部を志望しており、マーケティングの「マ」の字も知らない状態でした。気がついたらマーケティングの道に入っていたというのが正直なところです。
味の素ダノンの企画開発本部で2年ほど経験を積んで味の素に戻り、グロサリー温度帯の全商品の営業、エリア戦略のマーケティングなどに携わった後、1996年より「クノール カップスープ」「味の素KKコンソメ」「Rumic(ルーミック)」「即席みそ汁の素」の4カテゴリーのプロダクトマネージャーを8年ほど担当しました。
苦境に立ち、数々の商品の復活、ヒットを担う
その後はマヨネーズのプロダクトマネージャーを経て、中華調味料部のグループ長になりました。扱っていたのは「Cook Do」や「丸鶏がらスープ」といった中華だし類、中華醤、オイスターソースなどです。事業部全体が赤字だったため「翌年には黒字にする」というミッションを託され、商品開発全体もマネジメントすることに。利益の出ない商品をすべて終売し、「Cook Do」にマーケティングや営業リソースを集中させた結果、4年後には売り上げを約1.5倍に伸ばして事業部も黒字化することができました。
続いて、加工食品部でマーケティング総括に携わった後、2009年に異動したのが調味料部です。ちょうど、うま味調味料「味の素」が発売100周年を迎える年で、新しい広告などを制作したところ、数十年ぶりに増収を達成。他にも「こぶうま」や「やさしお」などの商品を部下と共に開発しました。
うま味調味料「味の素」の次に任されたのは、利益が落ち込んでいた「ほんだし」の立て直しです。「ほんだし」の大変そうな状況は知っていましたが、まさか自分が担当することになるとは思っていませんでした。
競合商品との価格差を埋めるため、予算の調整やオペレーションの変更など、いろいろと試行錯誤しましたが、最終的には共に働いていた部下が見いだした『「ほんだし」活用術』というキャンペーンで復活させることに成功しました。
「ほんだし」は7割程度が味噌汁に使われます。しかし、ヘビーユーザーの方々は味噌汁以外の使い方も楽しんでいて、例えばおにぎりやトーストなど、面白いアイデアがたくさんありました。そうした声、現在で言うUGCを2009年~2010年頃に活用し、広告キャンペーンなどを打ち出したところ、「だし香る 豚バラと白菜の重ね鍋」というヒットメニューも生まれ、「ほんだし」の復活が実現したのです。
当時の『「ほんだし」活用術』のサイト(画像出典:味の素プレスリリース『−「かつお武士くん」新登場!−「ほんだし®」新TVCM 2009年10月2日(金)より全国で順次放送開始〜次世代ユーザーである若年主婦層向けに需要創造型取組を展開〜』
その後は家庭用事業部のマーケティング担当次長になり、新領域の商品開発の指揮を執りました。「クノール スープパスタ」(現「スープ DELI」)が2001年にヒットして以来、久しくヒット商品がない状況が続いていたため、メンバーに「新領域の新商品を作ろう」と一生懸命働きかけたところ、2011年に3つの商品コンセプトができあがりました。それが「香味ペースト」「鍋キューブ」「Cook Do きょうの大皿」です。通常は予算の関係で新商品は間隔を空けて発売するのですが、当時の事業部長である品田英明さん(元味の素AGF 代表取締役社長)の「事業を再生する最後のチャンスだから、一気に進めよう」という後押しで3つ同時に発売したところ、いずれもスマッシュヒットになりました。
――その後2014年に味の素冷凍食品へ出向されたのですね。
スマッシュヒットが出て順風満帆かと思っていましたが、50歳のときに味の素冷凍食品に出向が決まりました。
出向後は、2年目に「ザ★チャーハン」、3年目に「ザ★シュウマイ」を発売し、いずれも大きなヒットとなりました。味の素冷凍食品では失敗も含めて数々のチャレンジに取り組み、「味の素に戻りたくない」と思えるほど良い仕事ができたと思います。
2019年に味の素に戻った後は、新設された生活者解析事業創造部の初代部長として、EC、マーケティングの高度化、リサーチの3つを柱とする事業プランを策定しました。その後、家庭用事業部長を1年間務め、さらにグローバル展開を担う調味料事業部を2年間担当し、現在に至ります。
――お話を伺っていると、岡本さんは大変な状況を何とかする役割を任される機会が多かったことがわかります。
キャリアの途中からですね。「Cook Do」の売り上げを拡大し事業を黒字に戻した実績から、「そういうことが得意らしい」と思われるようになったのかもしれません。
「ザ★チャーハン」に見る、真のコンシューマーセントリック
――数多くの商品に携わってきた中で、代表的な実績を挙げるとしたら、どの商品でしょうか。
冷凍食品の「ザ★」シリーズが最も印象に残っています。バリューチェーン全体が一体になったときのパワーをあらためて実感した経験です。
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