創業90年余、家庭用ジャムで国内トップの約30%のシェアを持つアヲハタ。人気の背景には、こだわりの原料調達力と素材の味を最大限に活かす加工技術があります。
そのアヲハタでマーケティングと研究開発をリードするのが、同社で女性初の取締役を務める藤原かおりさんです。藤原さんは、ジャムブランドの強化とともに、新商品の投入で新たな市場を開拓し、ジャムの枠を超えたブランドの拡大に取り組んでいます。
どんな戦略を描いているのでしょうか。今回はアヲハタ取締役の藤原かおりさんに話を聞きました。
(取材・構成:Marketing Native編集部・早川 巧、文:和泉 ゆかり、撮影・永山 昌克)
目次
前職で「フルグラ」の売り上げを5年で10倍に
――藤原さんは新卒で旭硝子に入り、マッキャンエリクソン、電通、ダノンウォーターズオブジャパンを経て、カルビーへ。同社で「フルグラ」の成功をリードし、2017年には執行役員に就任。その後、2020年3月にキユーピーへ転職し、女性初・最年少の上席執行役員に就任され、2024年2月からアヲハタで女性初の取締役としてご活躍されています。
過去のインタビューでは「旭硝子で鍛えていただいてから、ずっとマーケティングを愛しています」と発言されていますね。
旭硝子での経験が、マーケティングの道で生きていこうと決めた原点になっています。当時はエレクトロニクス部門で新規事業開発に携わり、調査やインタビューを重ねて市場分析をしながら、どこにビジネスチャンスがあるかを掘り起こしていくプロセスを大変興味深く感じていました。また、優秀な先輩方と働けたことも興味関心を深める要因だったと思います。
その後、ダノンに入ってから「食の分野をもっと極めたい」と思うようになりました。
私の経験上、日本の食品会社では一般的に、商品開発がマーケティング業務の中心に位置づけられ、広告宣伝部が別部署として存在する傾向があると感じます。一方、ダノンのような外資系企業では、ブランドマネージャーがマーケティングの中核を担っており、4P(Product、Place、Price、Promotion)すべてを統合的にマネジメントしています。外資は専門性を高める研修も整備されていて、私もダノンという外資系企業で働くことで、食のマーケティングに関する専門性を身につけることができました。その結果として、「食の分野をもっと極めたい」と思うようになったのです。
――藤原さんにとって、これまでの最大の実績は、カルビー時代にフルグラを5年間で売り上げ30億円から300億円に伸ばす成功を収めたことでしょうか。どのような戦略だったのか、マーケティングの観点を中心に教えてください。
最初に取り組んだのは「売り上げを100億円まで拡大する」という目標の達成でした。まず行ったのが、ターゲットの明確化です。働く女性にターゲットを絞り、「忙しい女性の朝食」として商品を根づかせることを目指してマーケティングを展開しました。特に子育て中の方は朝、とても忙しいと思います。
加えて行ったのが、従来とは異なる食べ方の提案です。当時「シリアルは牛乳をかけて食べるもの」という認識が一般的でしたが、食卓の実態を分析してみると、大人になると牛乳を飲む機会は減る一方で、ヨーグルトは多くの方がよく食べていることがわかりました。そこで、シリアルをヨーグルトと一緒に食べることを提案しました。
このようにターゲットを絞り、ニーズに合わせたマーケティングを行ったことが成功につながったと考えています。
――ターゲットを絞らずに老若男女すべての人たちに購入してもらうほうが良いのではないかと考えがちですが、やはりターゲットを絞り込むほうが効果的でしょうか。
最初はターゲットを絞り込み、十分に浸透したと判断できれば、次は別の層を狙うというように順を追って展開していくのが基本です。最初から幅広く訴求してしまうと、何を目的としている商品なのか世の中に伝わりにくくなってしまいます。
――主にターゲットを絞ったりヨーグルトとの食べ方を提案したりしたことが奏功し、売り上げ100億円を達成したとのことですが、その後300億円まで拡大するために、どのようなことに取り組みましたか。
200億円くらいまでは、ターゲット層の方々にしっかりと商品を認知・購入してもらうべく、働く女性がよく目にするであろう媒体を中心に、多くのメディアに取り上げられるようPRを戦略的に展開しました。また、狙っていたわけではありませんが、インバウンド需要が大幅に拡大したことが、300億円達成の要因のひとつになりました。
「ジャムといえば…」ではなく、「フルーツといえばアヲハタ」に
――アヲハタの取締役に就任して約1年5カ月(2025年7月の記事公開時点)。この間に見えてきたアヲハタの強みを教えてください。
まず挙げられるのが、原料調達力です。多くのメーカーでは、サプライヤーが持参したカタログの中から商品を選定するケースが一般的ですが、アヲハタでは基本的に、自分たちで実際に国内外を問わず、足を運んで選定しています。国・畑・品種、それぞれ何が最適か、その商品にベストな原料を的確に選んで調達できるのは、長年自分の目で確かめて選定してきた経験があるからです。
また、加工技術にも自信があります。アヲハタはフルーツ缶詰から事業をスタートした会社です。そのため、フルーツ加工技術に関しては技術の幅が広く、さらに調理食品も手掛けているので、豊富なノウハウが蓄積されています。
このように多様な技術とノウハウが蓄積されているため、新商品に関する要望を出すと、期待以上のものがすぐに開発されてきます。マーケターとしてはとても恵まれている環境です。
――冷凍フルーツ事業が伸びていると伺いました。
ありがとうございます。認知度を正確に調査できていませんが、実際はまだまだ知られていないのが現状だと思います。店舗での配荷もこれから本格的に進めていきます。2店舗あったら1店舗には必ず置いてあるくらいの状態に広げていきたいです。
目指すのは「ジャムといえばアヲハタ」を超えて、「フルーツといえばアヲハタ」と皆さまに思っていただくことです。現状はまだジャムを連想される方が多いため、ジャム以外の商品ももっと展開して、パーセプションを変えていくことに力を入れていきます。
――アヲハタのマーケティングの特徴について教えてください。現状については「ジャムといえばアヲハタ」という認知があり、特に強い競合もほとんど見当たらない中で、認知度やシェアの争いをそれほど意識しなくて良い状況だと思いますが、どのようなマーケティングを展開しているのでしょうか。
ジャム製品はどれも同じように見えるかもしれませんが、例えば「アヲハタ 55」と「まるごと果実」では特徴が異なります。それぞれの商品の特徴をお客さまにきちんと理解してもらい、指名買いしていただくことを目指しています。
――「アヲハタ 55」と「まるごと果実」には、それほど大きな違いがあるのですか。よく食べますが、気づきませんでした。どのような違いがあるのでしょうか。
確かに日頃召し上がっていただいているのに、違いをよくご存じない方も多いので、それぞれの特徴の周知に今取り組んでいるところです。
実はこの2種類には、手に届きやすい価格帯の「アヲハタ 55」と、高価格帯・高付加価値品の「まるごと果実」という位置づけがあります。「まるごと果実」は砂糖を使わずに果汁で甘みを付けているため、より果物のフレッシュな食感と、ごろっとした果肉感を味わっていただけます。ただ、家族全員で「まるごと果実」をたっぷり使い続けるとなると、家計への負担が少し気になるかもしれません。一方、今年発売55周年を迎えた「アヲハタ 55」も味・品質ともに申し分なく、しかも一般的な家族全員で召し上がっていただける価格帯になっており、毎朝パンに塗って食べるなら「アヲハタ 55」のほうが相性ぴったりです。こうした日常的に気兼ねなく使えるプライスラインの商品はとても大事で、シェアが高いのも「アヲハタ 55」のほうです。
具体的な施策に関しては、テレビコマーシャルだけではリーチできない層も多いため、デジタルマーケティングにも力を入れています。例えばアヲハタのこだわりとして、香り戻し技術(※)という特別な技術を使って、蓋を開けた瞬間に香り立つような工夫を施しているのですが、こうした商品の良さをお客さまに知っていただくためのコンテンツ作りに注力しています。
※製造工程中で蒸発するフルーツの「さわやか・フルーティ」な香りをジャムの中に戻すことで、生の果実に近いフルーツ本来の香りに近づける技術。
ジャム以外も好調、パン関連商品全体で事業拡大
――藤原さんは研究開発本部とマーケティング本部を担当されているとのこと。どのような期待役割を担い、日頃どんなお仕事をしているのでしょうか。
研究開発については、メンバーに新しいチャレンジを促し、その成果を世に送り出すためのマネジメントが求められています。
一方、マーケティング分野で期待されているのは、長年の経験を活かしたアヲハタブランドの強化です。アヲハタは、キユーピーグループが長年大切に育ててきた、思い入れの深いブランドです。創業当時から果物の品質にこだわり、缶詰を3つのランクに分類する中で、ほんの一握りのきれいな果物のみにアヲハタブランドを付けていました。つまり、グループ内でも付加価値の高いブランドとして位置づけられているのがアヲハタなのです。
私自身、ブランドに込められた思いを大切に継承しながら、より光り輝かせることができるよう向き合っています。
――アヲハタブランドの強化として、今はどのようなアプローチを展開していますか。
まずジャム事業においては、既存の「アヲハタ 55」と「まるごと果実」に加えて、より手軽に使用できる商品の開発に注力しています。例えば「アヲハタSpoon Free」は瓶とは異なり、はちみつのようなプラスチック製のボトルに入っていて、片手でさっと使えるタイプです。
また、ジャム自体の市場も人口減などの影響で少しずつ縮小していくおそれもあります。そのため、ジャムに次ぐ売り上げの柱を立てていくことも重要です。
例えば、パンに塗って焼くだけで、手軽にバリエーション豊富なトーストを楽しめる「ヴェルデ トーストスプレッド」シリーズは、順調に売り上げを拡大しています。フルーツとの関連はありませんが、パンと一緒に楽しむという点で、ジャム製品と同じ売り場に展開しています。これまではマーケティング投資の大部分をジャム製品に集中していましたが、今後は「ヴェルデ トーストスプレッド」シリーズなどジャム以外にもリソースを配分し、パン関連商品全体での事業拡大を図る方針です。
――藤原さんは10年後のアヲハタをどんな会社にしていこうとお考えですか。
各家庭の食卓において、ジャム、スプレッド、冷凍フルーツなど、何らかのアヲハタ商品が並んでいるようにしたいです。ジャム商品は40代~70代など少し上の年代の方から、冷凍フルーツ商品は10代後半~30代の比較的若い年代の方々から主に支持されています。一方、「ヴェルデ トーストスプレッド」シリーズは子育て世代に多く購入いただいています。
このように商品カテゴリーごとに異なる顧客層が形成されていることを活かしつつ、各層のニーズに応じた商品展開とマーケティング戦略を行っていきます。
――商品ごとに顧客層が異なると、認知施策にも工夫が必要だと思います。テレビCMをとにかく流せばいいというものでもないでしょうし。
そうですね。ジャムの場合、主な購買層がテレビを比較的視聴するので、CMを打つのは効果的です。一方、若い世代にはテレビをあまり視聴しない人が増えているため、PRイベントなどを開催し、メディア取材やSNS投稿を促しています。また、X、Instagram、YouTubeショートなど若い世代が利用するSNSの特徴を踏まえた施策を展開しているほか、インフルエンサー施策にも力を入れるなど、デジタルとPRを組み合わせた取り組みを行っています。
――Z世代など若い世代の価値観に対応するために、マーケティングや商品開発で意識していることはありますか。
冷凍フルーツ商品は今も食べていただけているので、現状の流れをさらに推進していきます。ジャムについては、まだ構想段階ですが、若い世代にもっとジャム製品を手に取っていただけるよう、「マイジャム」づくりなど、一緒に何かを取り組むところから始めたいと考えています。新しい取り組みを始めるときは調査から入るのが一般的ですが、若い世代をより深く理解するためには、従来の調査では不十分と感じています。Z世代の社員に一度企画を任せてみるなど、これまでとは異なるアプローチで取り組みます。
やりきる意志の強さとスピード
――個人的なマーケティング論を教えてください。「マーケティングとは何か」と聞かれたら、どう答えますか。
「ダイヤモンドの原石を見つけて光り輝かせること」です。どれだけ磨いても光らないものはあります。過去にもそのような経験を重ねてきました。重要なのは、その繰り返しの中から価値あるものを見極めることだと思います。
――鉱脈を見つけ、花開かせることが大事だと。
そうですね。見極めた結果、区切りをつけることもあります。判断力が重要です。
――「見つける」「見極める」「磨く」「宣伝する」のうち、藤原さんが得意なことは何ですか。
広告代理店にいたからかもしれませんが、私は何かを一から作り上げるよりも、すでに出来上がっているものの中から光る可能性を見極め、手を加えて伸ばしていくことが得意です。もちろん、プロモーションだけでなく、商品開発の段階から入って、商品を再定義したり、リニューアルしたり、ラインアップの拡充を図ったりしながらさまざまな形で取り組んでいます。
――Marketing Native恒例の質問です。過去の経歴を拝見すると、相当仕事ができる方という印象を受けます。なぜ人より実績を上げられたのか、ご自身ではどう思いますか。仕事術、あるいは仕事をする上で意識していることがあれば教えてください。
私の場合は複数の会社を経験したことで、多様な手法やアプローチの引き出しを持てたことが大きいと思います。国内企業、外資系、事業会社、広告代理店と、チャレンジしたいことがあったら積極的に飛び込んでいって、さまざまな経験を積んできたからこそ、打ち手の選択肢を多く持てています。
もちろん、1つの会社で経験を積み上げることも優れたキャリア形成の仕方です。実際、そのようにしてキャリアを築かれてきた素晴らしい方々を大勢存じ上げています。
転職するにしても、1つの会社で勤め上げるにしても、やってみたい仕事があれば、部署異動も含めて手を挙げたり、外部の会社との協働に参加したり、自主的に勉強会を開いたり、セミナーや社会人大学院などに通って勉強しながらスキル向上を図ったりして、いろいろと動いてみるのが良いと思います。特に若い社員には、できるだけ多様な経験、知識を積んで、対応できる幅を広げてもらいたいです。
最近は生成AIを活用することで効率化できる仕事も多いので、残業せずに早く仕事を終えて、社外などで勉強する時間を持つようにしてほしいとメンバーにも伝えています。
――転職を通して多様な経験を積んできたマーケターは数多くいます。その中で藤原さんが大きな成果を出してこられたのはなぜでしょうか。「成果にこだわった」「人一倍勉強した」「人よりも負けず嫌いだった」など、何かありますか。
すべて当てはまります。やったことが無駄になるのは耐え難いので、取り組む際には「必ず成果を出す」と強い意志を持って臨んでいます。それが1つ。逆に成果が見込めないと判断したことには手を出しません。一度やると決めたことは、成果が出るまでとことんやりきる覚悟が必要ですし、いつもその想いで取り組んでいます。
もう1つ挙げると、スピードを大切にしています。時間をかけようと思えばいくらでもかけられますが、今見えているニーズを形にするのに時間がかかっていたら、そのニーズが消えたり、別の形に変化したりしてしまうかもしれません。
もちろん、スピード同様、質も重視していて、商品に対して妥協はしません。しかし、企画内容などは7割の完成度でも一旦アウトプットとして提示し、フィードバックを受けるように勧めています。
外資時代もカルビー時代も、スピードは非常に重視されていました。私がスピードに強くなければ、フルグラを5年間で売り上げ30億円から300億円に伸ばすことなど到底できなかったでしょう。
――最後に、アヲハタで達成したいことを教えてください。
アヲハタに入社し、実際に現場を体験する中で、フルーツの素晴らしさをあらためて実感しました。もともと消費者として果物は大好きでしたが、生の果物にはない魅力を持つフルーツ加工品の世界を知り、まだ多くの可能性があると確信しています。
現在の売上高は200億円余りですが、この規模で留まるものではなく、さらに伸びしろは大きいと考えています。そのためにもスピード重視で、どんどん新しいことにチャレンジしていきます。
――本日はありがとうございました。
Profile
藤原 かおり(ふじわら・かおり)
アヲハタ株式会社 取締役 研究開発本部およびマーケティング本部担当 兼 マーケティング本部長。
旭硝子、マッキャンエリクソン、電通、ダノンウォーターズオブジャパンを経て、2011年カルビーへ。「フルグラ」の売り上げを大きく伸ばし、2017年同社執行役員に就任。2020年3月にキユーピーへ転職、女性初・最年少の上席執行役員に。2024年2月より現職。