facebook twitter hatena pocket 会員登録 会員登録(無料)
インタビュー

JTB CMO風口悦子が語る、グローバル企業へのブランディングと、旅行業から交流創造事業への成長の取り組み

最終更新日:2024.04.30

The Marketing Native #63

JTB 執行役員 CMO

風口 悦子

日本人の多くが一度は利用しているであろうJTB。1912年(明治45年)の誕生以来、学校行事や社員旅行、家族や友人同士の旅行など、数えきれないほどの旅を演出してきました。

最近では2023年、コロナ禍で旅行業が大きな被害を受けたのを踏まえ、「日本交通公社」からJTBに名を変えた1988年以来となる35年ぶりのリブランディングを実施。タイミングを合わせる形で、日本IBMでCMOを務めていた風口悦子さんがJTBにジョインし、CMOに就任しました。

外資系のテクノロジーカンパニーで培ったマーケティングの知見を、風口さんはJTBでどのように活かそうと考えているのでしょうか。今回はJTB CMOの風口悦子さんに話を聞きました。

(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、撮影:永山 昌克)

目次

日本IBMのCMOからJTBのCMOへ

――日本IBMのCMOからJTBのCMOへの転職。華麗なキャリアを歩んでいるマーケターのひとりとして、以前から注目していました。まず経歴から教えてください。

新卒で日本IBMに入社し、25年間の勤務を経て、昨年(2023年)9月にJTBに転職しました。IBMでの始まりはエンジニア配属です。大学が文系だったので少し驚きましたが、会社からは「研修制度が充実していて、必要なスキルセットはイチから身に付く。何も心配する必要はない」と言われていました。実際にその通りで、異例なのですが、入社2年目から年間の半分以上を1人で海外出張して、製造業のお客さまがグローバル展開でシステムを納入する際の契約を詰める業務に携わることができました。

エンジニアとして5年過ごした後、営業職に異動になりました。IBMがUNIXサーバというWebサーバの領域に後発で進出する際に、技術面の理解ができる営業でないと競合と比較しながらお客さまを説得するのが難しいということで、技術職から営業職へ大勢異動した際のチームの1人でした。結果、「技術面がわかる営業」をポジショニングにできた点はプラスだったと思います。

――エンジニアと営業を経て、マーケティング職へ。志望ですか、それとも人事異動に従って…という感じですか。

基本的には流れですね。ただ、マーケティング志望であることは日頃から上司や先輩、同僚らに伝えていたので、周りの人たちが気にかけてくれていたのだと思います。振り返っても、エンジニアと営業の経験はマーケティングの仕事をする上で非常に役に立っていますので、良い形でキャリアを積んでこられました。

――日本IBMのCMOとはどんな役割ですか。

業務としては、グローバルのIBMが戦略に基づいて立てたブランディングやマーケティングを、日本のお客さま、市場に対してローカライズして提供していく際の統括を担当していました。日本の市場の要件をグローバルにインプットすることも重要な役割の一つです。日本IBMのマーケティングCMOとして、国内では日本の社長に報告する形で、グローバルのCMOが直接のレポートラインです。

日本の企業文化に浸透させたいグローバル企業の仕組み、知見

――わかりました。IBMでの25年の経験を経て、JTBに入社されたと。大企業のCMOから大企業のCMO、しかも25年働いた上での初転職とあって、かなり大きな意思決定だったと思います。決断の背景など教えていただけますか。

もともと前向きな性格なので、「大変さ」などはあまり意識しませんでした。むしろお話を頂いて、聞けば聞くほど挑戦したいという気持ちでワクワクしました。

決断した背景は主に3つあります。1つはそれまで身に付けた知見やスキル、経験を活かせそうだと感じたことです。私のバックグラウンドにタグをつけると「IT」「BtoB」「マーケティング」「外資系企業」の4つだと思います。一方、私の認知していたJTBは「BtoC」と「ツーリズム」(旅行業)に強い。この2つは私の4つのタグとは異なるので、私が貢献できるのか、JTBという会社を変えられるのか、最初は少し悩むところもありました。

しかしお話を伺うと、BtoBの領域がJTBの中でそれなりの割合を占めているとわかり、それまでグローバル企業でBtoBマーケティングをリードしてきた経験を役立てられると感じました。

2つめは本社からの指示を出す側と受ける側の両方の気持ちを理解できると考えたことです。IBMではグローバルのヘッドクォーターから日本IBMが受け取った指示や情報を、日本のCMOとして国内のマーケットに授与する立場で、ローカライズを中心にさまざまな施策を実行してきました。一方、JTBでは逆の立場で、日本の本社からグローバルに存在する支社やグループ会社への授与を考えるときに、統制と権限委譲のバランスにおいて、授与する側・される側の両方の気持ちが理解できるという点が私の強みになると考えました。

3つめはIBMで学んだことを日本の企業文化に広く浸透させていきたいと考えたからです。今、BtoBマーケティングのコミュニティにいくつか参加しているのですが、IBMでは当たり前だった環境や仕組み、ツール、キャリアなどの人事制度が、日本の企業では必ずしも当たり前ではないことに、ハッとする瞬間がここ数年、何度かありました。そこで、私が学んだことを日本の企業に広く伝えていくことで、生産性の向上だけでなく、本来の良さを最大化させるのに役立てられるのではないかと感じました。

――例えばどんなことですか。

BtoBの領域なら、組織やマーケティング投資の考え方、マーケティングオートメーションのようなツール選択とプロセス設計、営業との連携や、そこに関連した各KPI設定の仕方・動き方、あとはマーケターのキャリア設計などが挙げられます。キャリアについてIBMでは「デジタル専門」「キャンペーン専門」「市場調査専門」「パートナーアライアンス専門」というように、それぞれのジョブディスクリプションがきちんと定義されていて、自分がどこのキャリアに行くために何を学べばいいかが可視化されクリアになっています。そういうところは今の日本企業の課題だと、BtoBマーケティング担当者の方々とお話しして感じます。

――なるほど。ちなみにJTBのBtoBとはどんなことですか。

企業の持続的な成長に向け、従業員やお客さまとのエンゲージメントに対する課題解決を実現するサービスで、大型カンファレンス、組織内のインセンティブ・研修旅行、展示会をはじめとするビジネスイベントの体験創造や運営などが主流です。ほかにも人事の課題解決や生産性向上を目的としたHR支援、経理・財務業務のサポートなどを幅広く手掛けています。ツーリズムに加えて、それらの領域をスケールさせることが求められますので、マーケティングや広報、DXなどの観点で加速させていきたいと考えています。また自治体や学校も、BtoBビジネスの主要なお客さまです。企業と自治体、学校と自治体など、私たちの幅広いネットワークで、お客さまやビジネスパートナーとの共創にも注力していきます。

グローバルのブランディングと交流創造事業への注力

――風口さんはCMOとしてブランディングを担当しているとのこと。JTBのブランディングはどんなことですか。

JTBは私の入社前、コロナ禍においてビジネス的に大きなインパクトを受けました。その際、JTBがそれまで培ってきた自分たちの資産や強みを活かして、これからどんな事業を営み、どのように社会貢献していくかを再考し、いま一度構造改革をするような中長期計画が立てられました。リブランディングも昨年、35年ぶりに実施されています。

そのリブランディングのコアは、社員一人ひとりがJTBの接点・タッチポイントであるという自覚をあらためて認識してお客さまとつながっていくことがひとつ。もうひとつは、変化への対応です。コロナやテクノロジーの進化によって世の中が急速に変化する中、旅行の領域でも、お客さまが旅行をしたいと思うタイミングや行きたい場所、そうした情報の探し方、予約の方法など行動が大きく変わっています。そういう世の中やお客さまの変化にダイナミックに対応しようということです。

その考え方を引き継いで、私が主に手掛けている1つがグローバルに対するブランディングです。確かにBtoCの旅に関しては一定のブランディング、ブランドを国内で持っていると思いますが、例えば海外に出たときに、「JTB」という3文字で、私たちが日本最大の旅行会社であると想起されるかというと、まだ限定的だと感じます。

JTBのコーポレートサイト
https://www.jtbcorp.jp/jp/

――グローバルも狙っていくのですね。

はい。2つめは私たちの「交流創造事業」の解像度を高めて、もっと世の中から選ばれるような仕組み作りをすることです。JTBは今、祖業であるツーリズムに加えて、企業や行政、事業者と連携したビジネスの支援、また観光地の高付加価値化を実現するエリア開発や持続的なまちづくりを担う地域交流事業なども、交流創造事業の一環として注力しています。ただ、現状はツーリズムにブランドの認知がとどまっているので、ビジネスソリューションとエリアソリューションの2つの事業の解像度を上げ、皆さまにもっとご利用いただけるような仕組み作りをブランディングとして行っています。

――なるほど。JTBのブランディング、マーケティングの課題点も、その辺になりそうですか。

課題点となると少し認識が違って、IBMと似たところがありますが、全てのお客さまに全てを提供しようという幅広さが気になります。もちろんお客さまの期待値もありますし、JTBだからこそできることかもしれませんが、選択と集中も大切。戦略的に投資をしてマーケティングしていくところを見極めるべく、社内の皆さんと議論しています。

――わかりました。いずれも知らない話だったので、興味深く感じます。あらためて、IBMのCMOからJTBのCMOになり、ブランディングを進める中で、両者の違いを感じるのはどういうところですか。

売りものが違うので、ビジネスモデルが違います。そこがまず、マーケティング施策を考える上で大きな違いになると思います。

――無形商材、有形商材という意味ですか。

それも1つです。IBMはハードウェアのような有形商材もあり、かつ基本的には自社で開発したテクノロジーを自社で保有しお客さまに提案していきます。一方、JTBは無形商材で、私たち自身は直接自社で保有していない商材をお客さまに組み合わせて提案し、最高の体験や感動になるようサポートします。ご提案、ご提供する社員とその提供プロセス、そこでの体験がJTBの提供するサービスの重要な要素となります。また、JTBが提供するサービスに加えて、お客さまが自分の考えで、サービスをどのように組み合わせて設計するかで体験の質や形が変わるという点が大きく異なります。

マーケターに求められるテクノロジーの進化へのキャッチアップ

――ありがとうございます。次にもう少し風口さんのパーソナルなところを聞きたいのですが、ご自身で振り返って、「私はこういう能力が他の人より優れていた」「他の人と比べて、こんなところを頑張った」と思い当たるところはありますか。

人の話を聞くのが好きです。ほかには、交渉事や検討事をするときに、どうしたら相手の方がハッピーになれるかを考えながらコミュニケーションをする機会が多かった気がします。

――「私が、私が」タイプではないのですね。

他の人に聞いたら、「そういうところあるよ」と言われるかもしれませんが(笑)、人の多い下町の賑やかなところで育ってきたので、人との接点が大好きです。だからコミュニケーションは、私の強みのひとつになっています。

――皆さんと仲良くやれるタイプなのですね。だから大手から大手に移ってもやっていけるだろうと。

コミュニケーションに加えて、周りも驚くくらい前向きなところがあります。もし行き詰まることがあっても、「できない」ではなく「どうしたらできるか」と考える習慣をIBM時代の先輩に教わって、早期に身に付けられたことも大きいと思います。

――マーケティングの醍醐味や魅力は何だとお考えですか。

ちょっとした工夫で大きな成果を出せることです。技術も営業も経験した上で申し上げると、BtoBの領域は人と人との接点・コミュニケーションが重要で、営業が築いた強固なリレーションにはかなわないと思います。ただし、営業担当者の数が決まっている以上、自ずと限界もあります。そこでもっとスケールさせるために必要なのが、マーケティングのような売れる仕組み作りです。言葉、色、タイミングなど、少しやり方を変えるだけでも施策が成功したり失敗したりして、しかもその幅が広いと思いませんか?そこはマーケティングをしていてすごく面白いので、自分が立てた仮説がはまって、大きく跳ねて成功したときはやはり気分がいいですね。

その成功体験を営業の皆さんにも知ってもらうために、これから一緒に連携していきたいと思います。

――わかりました。次に、漠然とした質問ですが、「これからのマーケターに求められること」についてのお考えを教えてください。

2つあります。1つは好奇心を持つこと。新しいことを受け入れられる自分であり続けなければいけないと思います。世の中は変わっていきますので、自分をアップデートできないと、マーケターとして新しいことを考えたり、想像を超えるクリエイティブな発想をしたりするのは困難です。お客さま、そして自分自身についても、行動や感情の変化がなぜ起こったのかをどこまでも深掘りする好奇心を持つこと、問う力を鍛えることも大きな強みになると思います。

もう1つはテクノロジーの進化をキャッチアップすることです。バックグラウンドがテクノロジーカンパニーだったせいもありますが、日々進化して今日できなかったことが明日できるようになっているかもしれない現代では、好奇心の延長線上としてテクノロジーに対する興味をマーケターは強く持つべきだと考えます。AIをはじめとする新しいテクノロジーで前提条件が変わっていることもたくさんあります。そこを他人事と思ってはいけないですね。

――旅行はどうですか。一時は「景色を見るくらいなら、わざわざ行かなくてもバーチャル旅行で十分」みたいな話もありました。AIのような新しいテクノロジーでリアルの旅行の前提条件が変わり、影響を受ける心配はないですか。

私自身が影響を受けるとはあまり考えていないので、今のところそういう心配はしていません。それぞれの街に行ったからこそ体験できることがあり、会える人もいて、天気、時間の使い方などを含めて、予定通りいくこともあれば、思わぬハプニングに見舞われることもあります。そんな臨場感を共有しながら思い出を作れるのがリアルな旅の魅力であり、テクノロジーで全部賄うことは難しいと思います。

一方で、テクノロジーのおかげで、誰もが遠くまで足を延ばせるようになったり、階段を何百段も上らないと行けない場所から望む景色が見えるようになったりと、それまで十分に楽しめなかった人たちも旅の体験ができるようになる活用方法が、これから発達してくるのではないでしょうか。

複数の居場所を持つ大切さ

――それは素晴らしいですね。次に、プライベートで日頃、勉強したり取り組んでいたりすることがあれば教えてください。

読書が好きなので、マーケティング関連だけでなく、いろんなジャンルの本を読みます。プライベートでは、日本の文化に興味があり、お祭りのお御輿を担ぐのが好きです。

――意外な印象ですね。

そうですか。結構本気で担ぎますよ(笑)。そんなふうに仕事と切り離して自分だけの時間を楽しむようにしたり、会社以外のコミュニティに所属していろんな人と会話したりする時間を大切にしています。

――休日に御輿を担いで疲れませんか。

全然です。むしろ活力になっています。皆さんにぜひ持っていただきたいと思うのは、自分が所属するチームを複数持つことです。生きていると、うまくいかないことや思い悩むことが出てきますが、仕事、家庭、友達、趣味など全部がダメになることはほとんどないと思います。頭を抱えてしまうようなことが起きたときに、いろんなチームに自分がいることで、異なる視点が生まれ、リフレッシュしやすくなると思います。

――若手のマーケターに対して何かアドバイスを頂けませんか。

自分ひとりで考えないことです。フィードバック、リバースメンタリング、リバースコーチングなど種類はいろいろありますが、周りからの意見を聞いて、外から見た自分を常に知っておくことが大切だと思います。その観点でも、まず自分のことを伝えないと相手から良い返信をもらえないので、コミュニケーション力を磨いておくことは重要です。

もう1つは情報収集。「アウトサイド・イン・アプローチ法」という言葉もありますが、企業に入ると、日々の忙しさの中で仕事だけに集中しがちです。そうではなく世の中で起きていること、世界で起きていることなど外部から情報を得て、自分のあるべき姿やなすべきことに関する視点を養うようにしないと、自分の見ている世界がなかなか広がっていきません。自分を広げる努力は、若い人だからこそ必要だと思います。

――最後に、転職したばかりで恐縮ですが、風口さんご自身はこれからのキャリアについてどのようにお考えですか。

私には娘が1人いるのですが、子どもたちが幸せに生きていける社会を作るための一員になりたいと思っています。JTBは「感動のそばに、いつも。」をブランドスローガンに掲げていて、いろいろな感動や共感を作るお手伝いをしたり、その機会や場を提供したりできる会社です。だから今は、私が本当にやりたかったことができる環境にいると感じます。

また、ダイバーシティ&インクルージョンへの興味もあります。多様性を理解して受け入れ、世界を、社会をフラットにしていくお手伝いをしたいと考えています。

――本日はありがとうございました。

Profile
風口 悦子(かざぐち・えつこ)
株式会社JTB 執行役員 ブランディング・マーケティング担当(CMO)。
新卒で日本IBMに入社。システムズ・エンジニア、営業などを経て、2010年よりマーケティング職に。BtoBマーケティングのエキスパートとして幅広い領域でプロダクト・マーケティング部長を歴任。2021年執行役員CMOに。2023年9月JTBに入社。同10月ブランディング・マーケティング担当執行役員CMOに就任し、ツーリズム事業に加えてBtoB領域のマーケティングやグローバルブランドの強化を推進。

JTBコーポレートサイト
https://www.jtbcorp.jp/jp/

記事執筆者

早川巧

株式会社CINC社員編集者。新聞記者→雑誌編集者→Marketing Editor & Writer。物を書いて30年。
X:@hayakawaMN
執筆記事一覧
週2メルマガ

最新情報がメールで届く

登録

登録