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スターバックス・ネスレ「デジタルで最高の顧客体験を実現する、組織の在り方とマネジメント」

最終更新日:2025.06.19

ブランドでの一貫した顧客体験の実現に向け、デジタル戦略を強化するスターバックス コーヒー ジャパン(以下本文、スターバックス)とネスレ日本(以下本文、ネスレ)。両社では、デジタル戦略を推進する専門の組織が設置され、部門横断での連携が進められています。

ブランドの“らしさ”を守りながら、デジタルでも一貫した顧客体験を届けるには、どのような組織体制や人材、そしてリーダーシップが必要なのでしょうか。

「Marketing Native Fes 2025 Spring」では、両社のデジタル組織をリードする、スターバックス コーヒー ジャパン Chief Digital Transformation Technology Officerの濱野努さんと、ネスレ日本 常務執行役員の島川基さんが登壇。モデレーターのIBAカンパニー 代表取締役社長の射場瞬さんが、組織設計やリーダーの在り方を中心に、両社のリアルをひもときました。

(文:和泉 ゆかり、撮影:永山 昌克)

目次

デジタルを活用した“より良い顧客体験”とは

特別セッション2のテーマは「デジタル戦略を成功に導く組織マネジメント」。スターバックスとネスレでは、店舗やオンラインで一貫したブランド体験を届けることで顧客体験を豊かにするべく、デジタル戦略に注力しています。組織について議論を始める前に、まずは濱野さんと島川さんが考える、デジタルを活用した“より良い顧客体験”の定義が共有されました。

イベントでの様子。左から射場瞬さん、濱野努さん、島川基さん

スターバックスではOur Missionを軸に、人々の生活に潤いと活力を与えるため、個々の店舗で、唯一無二の体験をお客さまに提供することを目指しています。デジタルにおいても大切にしているのは、唯一無二性、つまり「スターバックスらしさ」の提供です。

「機能的価値も大切ですが、情緒的な価値をいかにお届けするかを意識しつつ、デジタルサービスを構築しています」(濱野さん)

スターバックスのour mission画像提供:スターバックス

一方のネスレは、パーパスを「食の持つ力で、現在そしてこれからの世代のすべての人々の生活の質を高めていきます」と定めており、デジタルを導入する際は、顧客体験設計を重視しています。

「大切にしているのは一連の体験です。製品の認知から購買、カフェでの飲用体験、そしてロイヤルティを持って再購入するという流れ全体を、顧客体験として再定義することの重要性を感じています」(島川さん)

そのため、現在ネスレのデジタル&Eコマース部門(デジタルチーム)が目指しているのは「“つながる”ブランド体験を通じて、チャネルレス市場でのリーダーシップを勝ち取る」こと。セールス部門、マーケティング部門、デジタル部門など、各部門が個別のKPIを追求していた状態から、全社で「いかにつながったブランド体験を提供できるか」を追求するモデルへシフトしているといいます。

ネスレのOur Ambition画像提供:ネスレ

デジタル戦略に注力するスターバックス・ネスレの組織体制

二人の話を聞いた射場さんは「米国においても、DX成功のためには、ビジネスやマーケティングを考える部門とIT/デジタル部門が適切に連携できているか、総合的に考えられて推進されているかが重要といわれています。実際に組織をリードしていらっしゃる濱野さんと島川さんは、現在どのような組織体制で、どんな取り組みをされているのでしょうか」と問いかけました。

濱野さんはスターバックスの組織体制や自身の関わりについて、次のように紹介しました。

スターバックス コーヒー ジャパン 濱野努さん

「現在私はデジタル戦略、トランスフォーメーション推進、そしてスターバックステクノロジーの三部門を管轄しています。規模としては、デジタル戦略が約60人、トランスフォーメーション推進が約15人、スターバックステクノロジーが約70人です。その中でもデジタル戦略は、もともとCMOの配下にあり、マーケティング組織として位置付けられていました。

現在のデジタル戦略の役割は、デジタルを活用してスターバックスの新しいビジネスやサービスを創出することと、そのサービスを活用してセールスに貢献することです。加えて、実際にモバイルアプリやサービスを開発するスターバックステクノロジーとの橋渡しもしています。つまりビジネスとテクノロジーをつなぐ役割を担っているのです」(濱野さん)

スターバックス 濱野努さんが管轄している組織画像提供:スターバックス

続いて島川さんは、ネスレの組織体制について「スターバックスと共通する部分がある」としつつ、次のように説明しました。

「私が現在直轄しているデジタルチームは、スターバックスさんのデジタル戦略に近い機能を持っており、ビジネスとITのケイパビリティのギャップを埋める役割を担っています。

デジタルツールの発達により、SNSひとつをとっても、プラットフォームによって要件が異なったり、KPIの考え方も違っていたりするため、ビジネス側がすべてのノウハウを把握することは難しいのが現状です。そのため、ビジネス側が『こんなものを作りたい』と考えても、開発側への明確な指示に落とし込むことが難しくなっています。

この間を埋めるために、デジタルチームは各事業やブランド全体に対してコンサルテーションを行い、それぞれのニーズを吸い上げたうえで最適なソリューションを見つけて回答しています」(島川さん)

ビジネス×デジタル人材の重要性(画像提供:ネスレ)画像提供:ネスレ

つまりネスレのデジタルチームは、ビジネスの「結果責任」に応える「実行責任」を担っているといえるでしょう。さらに島川さんは、「組織全体のデジタルリテラシーを高めることも、デジタルチームに課せられた使命だと考えている」といいます。

ここまでで、スターバックスとネスレでは、ビジネスとITを融合し、デジタルを活用して顧客体験を作り上げていることがわかりました。では、具体的にどのような人材を組織で採用しているのでしょうか。

ネスレの場合、デジタルチームは多くが外部から採用されたメンバーで構成されているといいます。

「社内の人材のみの組織では話を早く進められるメリットがありますが、暗黙の了解に基づいた進め方が常態化することで属人化し、第三者からは手順や判断基準などが理解されにくい状況に陥る可能性があると考えています」(島川さん)

ネスレ日本 島川基さん

一方、スターバックスの組織の作り方について、濱野さんは「こうしたイベントの場で組織の話をすることはあまりない」としながら、次のように紹介しました。

「組織のメンバーに求める能力は、まず事業への貢献方法を明確化し、適切なKPIを設定して推進する力です。また、サービスのビジネス要件を設計し、それをシステム要件に適切に落とし込める実務経験も重要です。さらに、システムへの理解があり、実際にサービスを実現するうえで必要な機能や性能を設計でき、またその運用方法や対策なども含めて考えられるなど、総合的なケイパビリティを持った人材で形成されています」(濱野さん)

スターバックスのデジタル戦略のメンバーもほぼ中途採用で構成されています。基本的には他社でプロダクトマネージャーやプログラムマネージャーとしてデジタルサービスを開発した経験のある人材を採用しているそうです。

デジタル組織のリーダーに欠かせない3つの力

続いて射場さんは「ITとビジネスの橋渡しをする役割を担ううえでは、異なる専門領域に対する深い理解が必要であり、大変だと思います」としたうえで、組織のリーダーである濱野さんと島川さんに、組織運営のプロセスや、組織の進化の過程を質問しました。

IBAカンパニー 射場瞬さん

「私はビジネス側の人間としてジョインしました。当時のチームはIT機能を持っていたこともあり、エンジニアのような専門性を持つメンバーが多数いたため、とにかく全メンバーとの1on1を繰り返したほか、Pythonなどの知見のないテクノロジーに関しては実際に手を動かして学びました。P/Lのようなビジネスの勘所は得意としていたので、苦手領域のギャップを埋めるための行動をとったわけです」(島川さん)

その後、島川さんはビジネスとITの橋渡しを担うデジタルチームを作り、「顧客体験の創出を担うのはデジタルチームである」と対外的に示したといいます。最初に部署の役割を定義することが重要で、「デジタルチームが間にいたおかげで、成果が出た」という成功事例が1つでもできれば、組織の歯車はうまく回り始めるのだそうです。さらに島川さんは、デジタル組織におけるリーダーの役割を次の3つに分けて紹介しました。

1.描く力
理想の顧客体験を明確にし、部門を横断したゴールを描く

2.築く力
目指すべき働き方を定義し、組織のサイロを取り払う

3.育む力
互いをリスペクトする文化を醸成し、健全なコンフリクトを推奨する

「異なる役割を持つ組織同士では、どうしてもコンフリクト(対立)が発生します。そうした場面でリーダーに求められるのは、組織の心理的安全性を担保したうえで、対立している部署と一緒になって解決策を見つけ出す力です」(島川さん)

もともとは完全にビジネスサイドだった島川さんに対して、スターバックス入社前からテクノロジーとマーケティングの両方の領域について一定の理解があったのが濱野さんです。

「私がスターバックスに入社した当時、デジタル部門は20人程度の組織で、Webサイトの運営やSNSを活用したマーケティングなどが主な役割でした。それから、ロイヤルティプログラムである『スターバックス®リワード』や『モバイルオーダー&ぺイ』『スターバックスeギフト』などの開発により、ビジネスを成長させてきました。

現在は60人以上の組織へと拡大していますが、これはビジネス自体が急成長していることが背景にあります。『スターバックス®リワード』の会員数は1,700万人近くまで拡大し、『会員基盤を活用してビジネスにどう貢献していくか』という課題に取り組んでいます。

このように、単なるマーケティング活動だけを行う組織から、明確なKPIと売上目標を持ち、ビジネスに貢献する組織へとデジタル部門を変革させてきました」(濱野さん)

イベント当日の様子。左から射場瞬さん、濱野努さん、島川基さん。

また、濱野さんは「事業会社内のデジタル組織は、あいまいな位置づけにあることが多いと感じている」といいます。デジタルマーケティングを行っていても、それがビジネスにどう貢献しているのかを明確に示せなかったり、上層部から理解を得られなかったりするケースが少なくありません。だからこそ、デジタル組織もP/L責任を持ち、自分たちの活動がどのようにセールスに貢献しているのか具体的に示していくことが大切です。そうすれば、デジタルへの投資が促進されるほか、会社内での重要度も大きく変化するといいます。

「お二人のお話を伺って、スターバックスとネスレではデジタル組織自体が拡大し、その役割も変化してきたことがわかりました。また濱野さんがおっしゃったように、ビジネス側のKPIをサービス体験自体に持たせる重要性は米国でもいわれており、ビジネスと技術をしっかりと橋渡しして、技術がビジネスを進化させ、顧客体験の向上に寄与することが求められています」(射場さん)

自社の強みを活かしつつ、デジタル戦略の推進を

セッションの最後には、島川さんと濱野さんから顧客体験を向上させるためのDXのアドバイスが語られました。

「デジタル部門については、スピーディにデマンドが上がってくるため、アジリティ(Agility、機敏性)が求められます。アジリティとは、『聞く力』、そして『好奇心』の掛け合わせだと考えています。デジタル戦略を推進する立場にある方は、年齢やポジションを問わず、好奇心を持って学んでいくことが大切ではないでしょうか」(島川さん)

「スターバックスのビジネスは、店舗を基盤として、パートナー(従業員)がお客さまとつながっていく構造です。このパートナーとお客さまのつながりこそがスターバックス体験の源泉となる部分であり、それをさらに向上させていくことがデジタルの役目だと考えています。

そのため、デジタルを過度に推進することによって、店舗での体験や人と人とのつながりが損なわれないよう注意して取り組んでいます。さらに、サービスやテクノロジーを融合させることで顧客体験をより良くしていくような、難易度の高い課題に挑戦してこそ、唯一無二の体験を作り出せると考えています」(濱野さん)

Profile
濵野 努(はまの・つとむ)
スターバックス コーヒー ジャパン 株式会社
Chief Digital Transformation Technology Officer。
大学卒業後、情報誌出版会社を経て、1993年に大手ソフトウェア開発会社に入社。オンラインマーケティング、デジタルマーケティングを統括する部門の責任者になる。2014年より外資系生命保険会社でマーケティング・コミュニケーション部長に就任。2017年2月よりスターバックスコーヒージャパン デジタル戦略本部長、2023年10月よりChief Digital and Transformation Officer 兼 デジタル戦略本部長を経て、2024年11月より現職。

島川 基(しまかわ・もとい)
ネスレ日本株式会社 常務執行役員
デジタル&Eコマース本部長 兼 新規ビジネス開発部長。
ネスレ日本に入社後、セールスおよび企画部門を経て、飲料事業本部でブランドマーケティングを担当。2019 年までレギュラーソリュブルコーヒービジネス部の部長として、「ネスカフェ」やコーヒーマシンの基幹ビジネスを管理し、全体のマーケティング施策を実行。2020年からはネスレスイス本社でゾーン AOA アシスタント リージョナルマネジャーとして各市場の経営企画を支援し、2022 年に日本に戻り現職に就く。D2C 領域や E コマースを統括し、顧客視点のデジタルCX実現に向けたイニシアチブをリードしている。2024年より全社デジタルトランスフォーメーションのリードを兼務。

射場 瞬(いば・ひとみ)
株式会社IBAカンパニー 代表取締役社長。
マサチューセッツ州立大学でMA、ニューヨーク大学スターン経営大学院にてMBA取得。15年間、グローバル企業(Colgate、Palmolive、Kraft、American Express、Fila)の米国本社やアジアオフィスに勤務、新規事業、イノベーション、消費者マーケティングのプロジェクトをマネジメントする。その後、日本コカ・コーラ社副社長を経て、2010年IBAカンパニー設立。
現在、IBAカンパニー代表取締役として、米国のデジタル技術やビジネスモデル、顧客体験デザイン等の最新知見をベースに、企業の事業開発やデジタル活用のコンサルティングを行う。2022年よりDCM株式会社、2024年に株式会社Gunosy(グノシー)の社外取締役に就任。

 

記事執筆者

和泉ゆかり

いずみ・ゆかり
IT企業にてWebマーケティング・人事業務に従事した後、独立。現在はビジネスパーソン向けの媒体で、ライティング・編集を手がける。得意領域は、テクノロジーや広告、働き方など。
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