すでに社名が一般名詞になりつつあるタイミー。スキマ時間に働けるアルバイト「スキマバイト」の代表的なサービスとして急成長し、2024年7月26日には創業7年で東証グロース市場に上場。その後も登録ワーカー数が累計900万人(2024年9月時点)を突破するなど、順調に成長し続けています。大手企業の参入も相次ぐ中、「スキマバイト」という新たな市場を切り拓き、その発展を牽引してきたタイミーは、どのような軌跡をたどってきたのでしょうか。
2024年10月に開催した「Marketing Native Fes 2024 Autumn」では、同社でマーケティングを担当する執行役員 CMOの中川祥一さんと、ブランディングを担うBX部長の木村真依さんをお招きし、『「タイミー」の急成長を支えたマーケティングとブランディング』をテーマにトークセッションを展開。タイミーがいかにして独自の地位を確立したのか、モデレーターのグロースX 取締役 COO 山口義宏さんが深掘りしました。
(文:和泉 ゆかり、構成:Marketing Native編集長・佐藤 綾美、撮影:永山 昌克)
目次
「スキマバイト」でNo.1を目指すために行ったマーケティング
スキマバイトサービス「タイミー」は、「働きたい時間」と「働いてほしい時間」をマッチングすることで、時間や場所に制約されない自由な働き方を提供しています。働き手であるワーカーの累計は2021年末時点の228万人から、2024年2月には700万人を記録。2024年9月には900万人を突破しました。
「タイミー」のワーカーは、面接不要でマッチング後すぐに働け、報酬も即日受け取れます。また、1〜2日前という直前でも仕事を決められるため、スキマ時間を柔軟に活用できる新しい形の働き方を実現しています。
資料提供:タイミー
このような革新的な特徴を持つサービスとして、「タイミー」は「スキマバイト」という新しいカテゴリを確立し、市場を牽引してきました。中川さん曰く、「スキマバイト」という新たなカテゴリを創出できた背景には、次のような戦略があったそうです。
「登録ワーカー数がまだ35万人程度だった2019年11月の段階で、大胆にもテレビCMを展開したことが大きな影響を与えたと思います。当時、従来のバイト求人サービスは競合が多く、『タイミー』と類似しているサービスも15から20ほど存在していました。そこで、サービスの特徴の1つである『スキマ時間を埋められる点』から『スキマバイト』という新しいカテゴリを自ら定義し、そのカテゴリにおけるNo.1のポジションを確立することを目指してテレビCMを出稿したのです。
既存カテゴリでの差別化が困難な中、あえて新カテゴリを創出し、確固たる地位を築くことで成長への足がかりをつくれたと思います」(中川さん)
「スキマバイト」というカテゴリを創出した後、「タイミー」がマーケットに認知されるにはさまざまな課題がありました。例えば、「タイミー」はオンラインサービスであるものの、ワーカーと募集する事業者側の物理的な距離がマッチングに影響します。両者が同じ商圏にいなければ、マッチングは成立しないためです。特に仕事も働き手も少ない初期段階は、商圏の中のワーカーと事業者の密度を濃くすることに苦労し、市区町村単位で注力エリアを決めてマーケティングを行っていたといいます。
働き手を集めるために行ったマーケティングの具体例として、ある都市での取り組みが挙げられました。物流倉庫で100人規模のワーカーが必要になり、デジタルマーケティングだけではなく、バスのラッピングや駅の看板広告なども展開したところ、事業者側の関心も集めることができた事例です。純粋に効率を考えれば選択しないような地域密着型の施策を実施することで、タイミーがワーカーの集客に注力している姿勢が事業者に伝わり、「それならもっと出稿しますよ」と、求人数の増加にもつながったといいます。
資料提供:タイミー
「スキマバイトはタイミー」を確立するために行ったブランディング
カテゴリを創出し、認知を広めるためには、マーケティングだけでなくブランディングも欠かせません。「スキマバイト」というカテゴリでのNo.1ポジションを確立するために行ったブランディング施策の1つが、独自のデータを活用したPRです。
例えば2022年には物価高騰という社会課題に着目し、「タイミー」に登録している働き手12,690人を対象に値上げラッシュとスキマバイトに関する調査を実施。スキマバイトと社会課題を紐づけることで、メディアをはじめとする多くの人の興味関心を引き、タイミーの認知向上とブランド確立を図りました。
タイミー「“2022年の値上げラッシュ”と“スキマバイト”に関する調査結果を公開〜相次ぐ値上げを機に、スキマバイトが専業主婦・主夫等の潜在労働力を喚起している実態が判明〜」
また、2023年にはスキマ広告を展開。街中の物理的なスキマを広告媒体として活用し、スキマの価値や可能性を訴求しました。この広告は、集客効率は必ずしも高くなかったものの、「スキマバイト」という言葉を人々の中で想起させるのに十分な成果を上げたそうです。
写真提供:タイミー
マーケティングとブランディングの組織を分ける理由
ここまでの話を聞いた山口さんは、タイミーがマーケティングとブランディングを組織として分けている理由と、両者の連携方法について質問しました。
タイミーでは、マーケティングとブランディングを、異なる役割を持つ並列の組織として位置づけているそうです。意思決定者を明確に分け、それぞれの役割に応じたKPIを追う体制を取っています。
「タイミー」はワーカーの報酬金額の30%が手数料として入るトランザクション・モデルを採用しているため、マーケティングではワーカーと事業者のマッチング数が重要なKGIとして掲げられています。KPIに関しては事業者の募集人数に対するワーカーのマッチング数(稼働回数)を設定しており、1カ月単位の短期的な成果が求められるほか、投資対効果への意識も欠かせません。
一方、ブランディングは中長期でブランドのイメージを醸成する役割のほか、企業の価値や信頼を守る機能も持っています。マーケティング活動では、時に効果を追求するあまりブランドから外れた表現を使いたくなることがありますが、ブランディング部門がブランドとしてのNGラインを設け、道を外れないようガードレールのような役割を果たしているとのことです。
例えば、先述のスキマ広告のような広告は、投資対効果(ROI)を追うマーケティング部門では実現が難しく、ブランディング部門が担ったとのこと。このように、タイミーでは異なる目的と判断基準を持つマーケティングとブランディングを組織的に分離することで、それぞれの役割に応じた適切な意思決定を可能にしています。中川さんは「マーケティングは明日の売り上げをつくるP/Lの側面が強く、ブランディングはB/Sの側面が強い」と語りました。
「ブランディングが担うのは、企業や商品に対する認知と好意的な印象を醸成する役割です。『ブランドを知らない層』『知っている層』『好意を持っている層』がいるとしたら、後者になるにつれて行動変容や態度変容につながる確率は上がっていきます。仮にマーケティングにおいて広告を展開する際、好意的な感情を持つ母集団が大きければ、獲得コストを抑えながら新規獲得数を増やすことができるでしょう。つまり、ブランディングはマーケティング活動を支える基盤となっているのだと思います」(山口さん)
また、タイミーのマーケティング部門が見ている指標やKPIの複雑さについても触れられました。
タイミーには、主に2つのステークホルダーがいます。1つはワーカー、もう1つは仕事を提供する事業者です。そしてそれぞれは「新規獲得」と「継続利用」の2つに分かれており、マーケティング部門では「ワーカー×新規獲得」「ワーカー×継続利用」「事業者×新規獲得」「事業者×継続利用」という合計4つの層を見ています。さらにワーカー側の属性、事業者側の業種や職種、地域といった要素が加わり、それぞれの組み合わせによっても傾向は異なることから、細かな分析が必要です。「WHOとWHATの組み合わせが無限にあるのでは…」と驚く山口さんに対し、中川さんは大変さを認めつつ「傾向がわかると面白いんです」と返しました。
「年代によっても異なる行動パターンが見られるので興味深いです。20代のユーザーは好奇心が旺盛で、さまざまな職場を積極的に体験する傾向があるとわかりました。30〜40代になると、特定の仕事に絞って継続的に働く傾向が、プレシニア層以上になると、仕事を通じた新しい人とのつながりを重視し、再び多様な職場で働く傾向が見られます」(中川さん)
ブランディングの成果も数値とロジックでしっかりと管理
続いての話題は、ブランディングの成果の管理方法についてです。「イメージ向上に貢献している」「ブランドを守っている」といった抽象的な価値を伝えるだけでは、経営陣に対する説明責任を果たすことはできないため、タイミーでは、LTV(※)の向上につながるブランドイメージを研究しているといいます。
※タイミーにとってのLTVとは、ワーカー側は継続的にサービスを利用し、事業者側は継続的に求人を出すことを指す。
具体的には、半年から1年で次のようなプロセスを実施し、定量・定性の両面からブランドイメージとLTVの関係性を研究しています。LTVの向上につながると考えられるブランドイメージを見つけたら、それを暫定イメージとしてブランディングを推進していくそうです。
- 保有するビッグデータから高い稼働実績を持つワーカーや、大きな行動変容を見せたワーカーを特定する。
- 特定した人たちに対してグループインタビューなどの定性調査を実施し、持っているブランドイメージを深掘りする。
- 発見された仮説を定量調査で検証し、POC(実証実験)を通じて有効性を確認する。
中でも「2」のステップについて、中川さんは「顧客解像度を上げることは特に注力している」と語ります。タイミーのプラットフォーム上でインタビューの求人を出し、ワーカーから直接話を聞く機会を作っているそうです。より確かなインサイトを得られるよう、投資していることがわかります。
また、ブランディングを目的としたPR活動においても、「ワーカーの登録数は平常時の何倍か」「LTVの向上につながるクライアントを創出できたのか」「ワーカーのアプリダウンロード数や実際の稼働回数はどう変化したか」など、具体的なKPIを設定し、各施策の効果を測定しているといいます。
ここまで成長してきた中で、大切にしてきたこと
今日までのタイミーの成長は、いくつもの要因が重なって成し遂げられたものです。トークセッションの最後に、登壇者から特に大切にしてきた点が語られました。
まず、顧客解像度を上げて、マーケットにフィットするコミュニケーションを積み重ねていくこと。商品やサービスがマーケットに適合していく「プロダクトマーケットフィット」のように、コミュニケーションも市場との適合を段階的に進めていく必要があります。「タイミー」のワーカー層が広がる中で、インサイトも常に変化していくため、顧客解像度を高め、それに基づいたコミュニケーションを積み重ねるプロセスが重要です。
もう1つが、登る山を決め、その山を登るためにリソースを集中させること。「スキマバイト」というカテゴリでNo.1を目指すと決めた後、タイミーでは「スキマバイト=タイミー」という一貫したイメージを確立することにリソースを集中させ、それ以外の方向性は捨てる決断を意図的に行ったといいます。明確な取捨選択と集中的なリソース投下が、タイミーの成長につながっています。
本セッションはMarketing Native Fes 2024 Autumn最後のセッションでありながら、多くの参加者が集中して耳を傾け、タイミーの成長ストーリーに引き込まれていた様子。山口さんも「短い時間でありながら濃い内容を聞くことができ、マーケティングとブランディングの両部門の見事な連携が理解できた」と語り、登壇者の挨拶でセッションは締めくくられました。
Profile
中川 祥一(なかがわ・しょういち)
株式会社タイミー
執行役員 CMO。
一橋大学卒業後、2009年4月にアサツー ディ・ケイ入社(当時)。デジタル領域およびテレビCMを中心とするマス領域のプランナー/データアナリストとして多種多様なクライアントのマーケティング活動をサポート。JapanTaxi(当時)、メルカリ/メルペイでのマーケティング職を経て、2020年3月にタイミーへ参画。ユーザー(toC)・事業者(toB)双方のマーケティングを統括。
木村 真依(きむら・まい)
株式会社タイミー
BX部長。
新卒でマクロミルに入社した後、当時30名のクックパッドに入社。10年間、上場も経験し、月間6,600万人が利用するサービスへと事業成長に寄与。クックパッド、GU、タイミーで一貫してマーケティング、PR、ブランディングなど、事業グロースとブランドエクイティ向上をリード。2021年にタイミーに参画。
山口 義宏(やまぐち・よしひろ)
株式会社グロースX 取締役 COO。
ソニー子会社で戦略コンサルティング事業の事業部長、東証一部(当時)上場コンサルティング会社でブランドコンサルティングのデリバリー統括などを経て、2010年に企業のブランド・マーケティング領域特化の戦略コンサルティングファームとしてインサイトフォースを創業(現・取締役)。2022年6月よりマーケティング人材育成サービスを提供するグロースXの取締役COOに就任、インサイトフォース取締役と兼務で担う。最新の著書に『マーケティング思考 業績を伸ばし続けるチームが本当にやっていること』(翔泳社)がある。