facebook twitter hatena pocket 会員登録 会員登録(無料)
注目トピック

CMO2人が語り合う「AI×BtoBマーケティングの効果的な活用法と企業の責任、マーケターの考え方」【山口有希子×阿部剛士】

最終更新日:2024.10.17

急速に進化するAI。今後の成長や競争力の確保、イノベーションの創出などにAIが重要なカギを握るとして、各企業でAIの導入と活用が進んでいます。

では、実際に日本を代表する大手企業はAIについてどんな取り組みを行っているのでしょうか。また、マーケターはこれからAIとどのように向き合っていけば良いのでしょうか。

今回は横河電機CMOの阿部剛士さんとパナソニック コネクトCMOの山口有希子さんに「AIとBtoBマーケティング」の観点を基に、企業とマーケター個人が今すべきことと、これから行うべきこと、その背景にある考え方について語っていただきました。

(文:和泉ゆかり、構成:Marketing Native編集部・早川 巧)

※本記事は、Marketing Native Fes 2024 Summer特別セッション2の内容について、登壇者の方々の許可を得たうえで読みやすく編集したものです。

目次

阿部氏と山口氏が語る「AI論」

編集部 最初に自己紹介からお願いします。

阿部 私は半導体の世界で31年間、経験を積んだ後、8年前に横河電機に入社しました。現在はマーケティング本部でCMOとして、通常のマーケティング業務をはじめ、R&Dや特許など、幅広い分野を管轄しています。

山口 私は外資系IT企業でマーケティングに従事した後、6年半前にパナソニックに入社、現在はBtoBソリューションビジネスを担うパナソニック コネクトでマーケティングを統括しています。加えて人事部門やIT部門と連携しながら、企業のカルチャー改革など幅広い業務に携わっています。

編集部 まず前提として、AIの存在をどのように捉えているか、「AI論」をお聞かせください。

山口 テクノロジーには二面性があり、使い方次第で良くも悪くもなり得ると認識しています。個人としては、AIのような新しいテクノロジーは可能性を広げてくれると信じていまして、期待でワクワクしています。

阿部 私はもうAIを電気・水道・ガスのようなインフラと同じように捉えています。もう1つ考えているのはギリシャ神話のケンタウロスです。上半身が人間で、下半身がAI。戦国武将の武田信玄が語った騎馬隊の「人馬一体」のように、人間はAIと一体となる必要があり、そのためにはAIを乗りこなさなければいけません。AIを恐れるのではなく、使いこなすことが大切です。

また、AIは広く一般に利用される公共財として、万人に公平に使える存在になるべきだと考えます。

山口 高い専門性を持つ一部の人たちだけでなく、あまねくさまざまな方が普通に自然言語として使える時代が到来したのは、私も非常に興味深く、面白く感じています。

企業と顧客の双方がAIを活用する時代のマーケティング戦略

編集部 AIはマーケティング戦略にどのような変化をもたらすと考えますか。

阿部 マーケティングにおけるAIの活用は、現在では効率化の観点から主に戦術面(HOW)に重点が置かれています。戦略面でのAI活用はまだ限定的ですが、今後は進展していくと予想され、新しい価値を創造する領域でもAIが貢献していくでしょう。マーケティングのPDCAが自律的に回り始めると、人間が貢献できる部分が少なくなっていくと思われ、そのとき「人間は何をすべきか?」という議論が出てくるかもしれません。

山口 英国オックスフォード大学のニック・ボストロム教授は、AIには3つの発展段階があるとしています。第1段階は「オラクル型」で、主に質問に対して回答を提供します。次の「ジーニー型」では、さまざまなツールが相互に連携し、より高度な作業を実行できるようになると予想されます。

さらにその先には「ソブリン型」と呼ばれる段階が想定されています。この段階では、目的を設定するだけで自動的にPDCAサイクルが回り、AIが自律的に動作するようになります。

現時点では多くの企業が第1段階にありますが、AIの進化は非常に速いので、将来的な変化を意識しながら日々取り組んでいく姿勢が求められます。

阿部 あすの朝、目が覚めたら全てが変わっているかもしれない。それくらいのスピード感で第3段階まで到達するのではないでしょうか。そう思っておいたほうが良いでしょう。

編集部 具体的にどんな変化が業務に予想されますか。

山口 1つは、パーソナライズ化の加速です。AIにより膨大なデータを処理し、個々の顧客に合わせた詳細な分析を可能にすることで、高度なパーソナライゼーションが実現し、マーケティングはより精密で効果的なものになっていくと考えられます。

阿部 AIが貢献するマーケティング領域の1つは、分析可能な状態になっていない「非構造化データ」の活用です。多くの企業では、保有するデータのほとんどが非構造化データであると言われます。マーケティングの観点からは、この大量の非構造化データを適切に構造化し、質の高い、分析可能なデータに変換することが重要です。

これまでデータのクレンジングや整理は人力で行わざるを得ず、膨大な労力を要する作業でした。しかしAIの進化により、この過程が大幅に効率化されるでしょう。その結果、AIを活用することで、従来よりも多くのデータを迅速かつ効果的に処理し、有用な情報として活用できるようになると思います。もちろんマーケティングの戦略立案や戦術実行に影響を与えるでしょう。

加えて、私が注目しているのはAIの普及により、顧客自身も自分たちの購買行動や意思決定プロセスをより深く理解できるようになるということです。顧客はAIを通して、これまで気づかなかった自身の行動パターンや傾向を認識できるようになります。これは単なる振り返り(リフレクション)にとどまらず、新たな視点での捉え直し(リフレーミング)につながる可能性があります。つまり、企業側が顧客を理解し態度変容を促すのにAIを活用するのと同様、顧客側も自身の行動をAIで客観的に分析し、購買行動を変える可能性があるということです。企業側も顧客側も双方がAIを活用したとき、購買行動やカスタマージャーニーにどんな変化があるのか。その展開次第でマーケティング戦略に大きな影響があると予想され、興味深く考えています。従来の手段は通用しなくなるかもしれませんね。

マーケティングチームに求められるスキルセットの変化

編集部 マーケティングチームのスキルセットにはどのような変化が求められると考えますか。

阿部 AIを適切に「育てる能力」と「使いこなす能力」が求められると思います。AIは初期段階では未熟ですが、機械学習やディープラーニングを通して成長していきます。この過程で質の高いデータを適切に与えることがAIの健全な発展には不可欠です。先ほど武田信玄・騎馬隊の人馬一体の例を挙げましたが、アメリカ人ならカウボーイです。できるカウボーイは、駄馬や暴れ馬になってアンコントロールにならないよう、まず良い馬を育てなければなりません。AIも似ていて、質の高いデータを餌代わりに与えて育てていくわけです。逆に偏ったデータや質の悪いデータを与えてしまうと、AIの性能や判断に悪影響を及ぼすおそれがあります。

山口 「育てる能力」と「使いこなす能力」に加えて、マーケティングチームには「問いを立てる能力」も求められると思います。AI活用の先にある目的や方向性を定めることは人間の役割です。「問いを立てる能力」には、社会に対する理解や人間性、哲学的思考といった総合的な要素が必要になります。

阿部 山口さんのお話を私なりに解釈すると、「問いを立てる」ことは「問題開発型アプローチ」と言い換えられると思います。

多くの人は、与えられた問題に対して解決策を見いだす「問題解決型アプローチ」に長けている一方、問題を本質から問い直し、新たな視点で「本当の問題とは何か?」を捉え直す「問題開発型アプローチ」は弱い傾向にあると感じます。AIの進化に伴い、マーケターには問題開発型アプローチを取り入れ、本質的な問題を追求する姿勢がより一層求められるようになるでしょう。

その理由の1つとして、AIの判断に対する説明責任をマーケターも求められるようになると予想されることがあります。AIは基本的にブラックボックスの性質を持っており、その判断に至ったロジックを完全に説明することは難しいものです。単に「AIがそう判断したから」というだけでは顧客は納得しません。企業としての説明責任が求められます。

山口 インフラや医療など国の重要基盤や人の命を左右するものは特に。「AIとAIが連携して導き出された答えです」では済まないですからね。その点でも質の高いデータを与えてAIを育てていく重要性を感じます。

阿部 実はすでにAIが導き出した判断を説明するExplainable AI(XAI:説明可能なAI)と呼ばれる技術も登場しています。このような技術を用いて説明責任を果たしていくことが必要になってくるでしょう。とはいえ、そのXAIを今度は誰が説明するのかという問題はありますが(笑)

企業はAIの倫理ルールを定め、責任者を置いて情報公開を

阿部 AIが導き出した結果に対する説明責任は、倫理(ethics)の問題に関わってくると思います。バイアスのかかった意思決定は、本来の目的から逸脱した判断につながる可能性があります。

山口 AIの活用において、目的は正当でも、使用方法が適切でない場合、意図せずして負の影響を与えてしまう可能性があります。問題はマーケター自身が己の行動がもたらす影響を十分に認識していないか、あるいは認識していてもそれを止めないケースがあることです。

例えば、マーケティングキャンペーンでリードを獲得する際、AIが最も効率的な方法を選択すると、怒りや不安といった人々の反応を引き起こしやすいコンテンツに偏る傾向が出てくるかもしれません。「アテンション・エコノミー」と呼ばれる現象で、クリック数や反応の高さを重視するあまり、望ましくない方向に進む可能性があります。このような傾向は社会的に問題になることも多く、企業のブランド価値を損なう可能性もあります。

その場合、キャンペーンのPDCAサイクルだけに特化して考えるのではなく、より俯瞰した広い視点で企業・ブランド全体の価値や社会的影響を考慮することが求められます。

また、人間の行動は自制できたとしても、AIの行動は人間の制御を超えてしまう可能性があります。そのため、AIにも自社の経営視点、パーパス、理念、哲学などを反映した倫理ルールを組み込み、過度な効率化や望ましくない方向への偏りを防ぐことが重要です。そうすればAIが「私たちの会社でそのようなことをしてはいけません」と指摘してくれるようになるでしょう。

このように、正しい判断であるかどうかの確認プロセスや、想定外の動作に対するセーフティ機構などの整備を進めることで、AIは自律的に判断し、行動できるようになります。その結果、最小限の人の介入で自律的にAIが業務をこなすオートノマスエンタープライズ(自律型の企業)の実現に近づくと思います。

阿部 企業はAIの倫理方針を明確に定め、公開する必要があると考えます。また、先ほどお伝えした通り、AIの判断プロセスや結果に対する説明責任が今後さらに求められるようになると予想されるので、AIが生成した結果を含めた情報の透明性を担保することが求められるでしょう。

AI規制に関しては、ハードロー(法的拘束力のある規制)とソフトロー(自主規制)の議論があります。EUを筆頭とするOECDの加盟国がハードローを採用する中、日本はソフトローを選択しています。一見ソフトローのほうが緩いように思えますが、企業が自ら厳しいルールを定めなければならないため、実際にはハードルが高い可能性があります。

そのため、企業内でAIに関連する活動を統括するポジションを設ける必要性も出てくるのではないかと思います。例えば「CAIオフィサー」として、自社のAIの活動が倫理的に問題ないのかどうか、人間側の責任者を置いてCxOの枠組みで行うという考えが1つの案としてあります。

暗黙知から形式知へ AIの活用事例

編集部 現段階のAIの活用事例をお聞かせください。

阿部 横河電機では、AIは業務効率の向上だけでなく、顧客対応の迅速化や高度化による質の向上にも大きく寄与しています。

例えばWebから得られる多数のリード情報を、AIを用いて自動的に既存の顧客データベースとマッチングさせることで、効率化を図っています。

また、AIを活用することで、顧客のニーズに合わせた製品やサービスの提案を概ね24時間以内に行うことが可能になりました。これは顧客満足度の向上に大きく貢献しています。例えば横河電機には何百種類というハードウェア、ソフトウェアの商材がありますが、お客さまから課題を頂いたときに、そのうちの何を使えば課題解決に役立つのかを考え、提案するのは結構時間がかかるものです。それが今ではAIで即座に回答がわかるようになりました。むしろAIのほうが良い提案であることが多いので、そのまま営業担当者の「虎の巻」として使えます。

その「虎の巻」は新人営業の教育や支援にも活用しています。製品知識が十分でない社員でも、「虎の巻」があれば適切な商材の選定や提案ができますので、このAIの活用法は実行して良かったと思います。

山口 パナソニック コネクトのマーケティングチームでは主にオペレーション面、例えばキャンペーンのストーリー作成などのクリエイティブ領域で活用しています。AIをターゲットユーザーに見立て、コミュニケーションを取りながらストーリーを作成したり、プログラミングを行ったりしています。

また、全社的な取り組みとしては、品質管理データの活用が挙げられます。製造業における品質管理データは、数十年にわたって蓄積されているため、事例の検索やその精査・判断に膨大な時間がかかることがあります。そこで活用しているのがOpenAIの大規模言語モデルをベースに開発した自社向けAIアシスタントサービス「ConnectAI」です。社内にある品質管理規定や過去に発生した品質問題を「ConnectAI」で参照できるようにしています。一定の成果をあげたことから、今後も「ConnectAI」を活用し続けることで、経験者でも判断が難しいとされる設計段階や部品に起因する問題、製造方法や作業手順の問題に関する原因を特定しやすくして、より短い時間で精度の高いものづくりにつなげていきたいと考えています。高齢化に伴う人手不足問題にも対応できるでしょう。

阿部 横河電機も製造業として同じような状況にあり、数多くの価値ある無形資産が暗黙知として存在しています。一般的に個人に付随する知識は、その人がいなくなるとどうするのかという問題を引き起こし、企業にとってリスクとなっています。

日本は「皆まで言うな」「1を聞いて10を知れ」と言われるように、言葉に表さなくても互いの意図を察することが期待される「ハイコンテクストの文化」を持つ国として知られています。ベテランのキーパーソンだけが長年属人的に蓄積してきたような暗黙知のノウハウをAIに学習させ、形式知化する取り組みが今後ますます必要になってくると思います。

私たちはAIとどう向き合っていくべきか

編集部 AIとの向き合い方について、最後に読者にメッセージをお願いします。

山口 変化はチャンスです。AIがもたらす大きな変化は、マーケターにとってチャンスだと思います。不安はあるかもしれませんが、この変化をチャンスと受け止め、活用していくことがマーケターには求められます。変化を恐れ始めた瞬間に進化は止まってしまうので、他のマーケターの皆さんとも協力しながら、この大きな変化の波に乗り、共にポジティブな未来を切り拓いていきたいと思います。

阿部 AIの導入と適応は、マーケティング部門だけでなく、企業全体に関わる重要な課題です。この変化に対応するためには、CEOを含む経営陣が主導して、組織全体でAIの活用方針や倫理的な取り組みを検討し、実行に移していく必要があります。

特に重要なのは組織改革です。多くの企業は、高度経済成長期の大量生産・大量消費時代に最適化された組織構造を維持したままです。しかし、AIの時代には十分に対応できません。単なる一部門の変更ではなく、企業全体の構造や文化を見直し、AIとの共存に適した形に変革することが求められていると思います。

変化を恐れずに積極的に取り組むこと、そして組織全体でAIの導入と適応に取り組むことが、今後の企業の成功には不可欠だと思います。

Profile
阿部 剛士(あべ・つよし)
横河電機株式会社 執行役常務
マーケティング本部本部長 CMO 博士(技術経営)
アムニモ株式会社 取締役
シンクレスト株式会社 取締役(非常勤)
1985年インテルジャパン株式会社(現インテル株式会社)入社。エンジニアからキャリアをスタートさせ、広報室長、マーケティング本部長、取締役副社長兼技術開発・製造技術本部長などを歴任。2016年横河電機に入社、R&D、M&A、知財、新事業開拓、事業計画、標準化戦略、オープンイノベーション、工業デザインなどを傘下にマーケティング本部を統括し、現在に至る。

山口 有希子(やまぐち・ゆきこ)
パナソニック コネクト株式会社
取締役 執行役員 シニア・ヴァイス・プレジデント CMO
パナソニックのB2Bソリューションビジネスを担うパナソニック コネクト株式会社のマーケティングおよびデザイン部門の責任者として、国内外のマーケティング機能を強化しつつカルチャー改革に取り組んでいる。日本IBM、シスコシステムズ、ヤフージャパン(現LINEヤフー)など複数の国内、外資系企業にてマーケティング部門管理職を歴任。日本アドバタイザーズ協会 副委員長 デジタルメディア担当として、デジタル広告の健全化にも注力。

 

記事執筆者

和泉ゆかり

いずみ・ゆかり
IT企業にてWebマーケティング・人事業務に従事した後、独立。現在はビジネスパーソン向けの媒体で、ライティング・編集を手がける。得意領域は、テクノロジーや広告、働き方など。
執筆記事一覧
週2メルマガ

最新情報がメールで届く

登録

登録