メディア環境やコンテンツの多様化により、多くの人たちがそれまで自覚していなかった自分の好みや望みを意識するようになった結果、これまでニッチと呼ばれていた生活者セグメントの勢いが増しています。広く浅くアプローチするだけでは商品やサービスの価値が伝わりにくくなっているなか、ニッチなセグメントに対して深くアプローチするにはどうすればよいのでしょうか。
株式会社クラシコム ブランドソリューショングループ主催で2023年1月25日にオンラインで行われた「BRAND SOLUTION LIVE 2023」では、KEYNOTEのほかに3つのトークセッションが開催され、業界も企業規模も様々な総勢11名の登壇者が「いまブランドはニッチとどう向き合うべきか」について、それぞれの考えや実践をもとに語りました。
今回はセッションのなかから、各社の具体的な取り組みや思考形態など印象に残った内容を中心にご紹介します。
(取材・文:ライター・和泉 ゆかり)
目次
共通点は特定の人に深く刺さるコンテンツを持っていること
KEYNOTE『「ニッチ」と「マス」2つの視点から考える、これからのブランドビジネスのあり方とは』では、ニッチからマスへと広がっていったブランドビジネスを展開してきた企業のキーパーソンが登壇。ニッチを「自分の好きなものに自覚的な人たちが集まっている市場」、マスを「自分の好きなものにそこまで自覚的ではない人たちの市場」とした場合に、ブランドはそれぞれの市場とどのように付き合い、持続的な成長のために変化とどう向き合うべきかが語られました。
▼登壇者(順不同)
株式会社ユナイテッドアローズ 執行役員 CDO マーケティング本部 本部長 藤原義昭さん
株式会社クラシコム 代表取締役社長 青木耕平さん
スケールが拡大しても、ブランドの一貫性を保てている理由
藤原義昭さん
ユナイテッドアローズが行っていることは今も昔も変わらないが、限られたエリアで展開していた「服好きな人間による服好きな人たちに向けたビジネス」が、デベロッパーの開発などを通して全国に広がり、結果的にマスになっていくことを経験してきた。
スケールが拡大しても、ユナイテッドアローズのブランドを一貫性のあるものにできているのは、カルチャーの影響が大きい。社員一人ひとりがブランドの理念を頭の隅に置きながら判断をしている。もともと服好きな人やカルチャーに合いそうな人を採用しており、仮に服にあまり興味のない人が入社しても、日々カルチャーに触れることで染まっていく。
また、役員クラスにいるクリエイティブオフィサーの存在も大きいだろう。「ユナイテッドアローズが大切にしてきたものから外れないか」をクリエイティブ面から考えて、経営判断を下せるからだ。とはいえ、1人による考えや想いだけでは、ビジネスとして成り立たないこともある。そのためマーケティング部門をはじめとしたビジネスサイドが一緒に議論を重ねながら、意思決定をしている。
現在は「ユナイテッドアローズ」「ビューティ&ユース ユナイテッドアローズ」「ユナイテッドアローズ グリーンレーベル リラクシング」など複数のブランドを展開しているが、これまで培ってきたユナイテッドアローズのブランドをいきなりリブランディングするようなことはしない。ブランドに対してロイヤルティを持つ顧客がたくさんいるからだ。新しいブランドを考えるときは、これまで培ってきたブランドアセットのなかからエッセンスを加えることが重要だと思う。
「ニッチ」か「マス」ではなく、奥行きがあるかどうか
青木耕平さん
「ニッチ」か「マス」かで大きく分けるよりも、その商品やコンテンツに奥行きがあるか、つまり特定の人たちの心に深く刺さるかで考えるほうがいいと思う。
ユナイテッドアローズとクラシコムは、どちらも特定の人たちの心に深く刺さる商品やコンテンツをもともと持っていた。だからこそ、ユナイテッドアローズの場合はデベロッパーの開発、クラシコムの場合はスマートフォンやSNSの登場というフロンティアが拡大した際に、流れに乗って成長していけたのだろう。
ゼロからビジネスを始める際は、「どれくらい売れるか」「スケーラブルか」を考えることに終始しがちだ。しかし、それでは誰かが強く求めているものは作れない。そうではなく、今目の前に見えているのは少数だとしても、特定の人たちに刺さる商品やコンテンツを作ることで、様々なオポテュニティ(機会)をものにしながら、結果的に大きくなっていくパターンが存在していることを伝えたい。
顧客志向で商品開発に臨むCalbee Future Labo の挑戦
TALK SESSION 1『ニッチの先に見据える大きなチャンス。「カルビー」が挑戦する新たな商品開発のかたち』では、カルビーで商品開発に携わる2人が登壇。大企業が多様化するニーズにどう応えていくべきかを探るべく、特定の生活者を起点にした商品開発に積極的にチャレンジする様子が紹介されました。
▼登壇者(順不同)
カルビー株式会社 新規事業本部新規事業部部長 兼 Calbee Future Labo部長 大塚竜太さん
カルビー株式会社 新規事業本部 Calbee Future Labo チームリーダー 樋口謹行さん
モデレーター:株式会社クラシコム プランナー 中村静久朗さん
重要なのはアーリーアダプターを見つけること
大塚竜太さん
商品開発においては、ニッチというより、アーリーアダプターを見つけることが重要だと思う。アーリーアダプターなので最初は規模が小さいことから、結果的にニッチと呼ばれるのではないか。アーリーアダプターたちが抱える課題が深ければ深いほど、最終的に商品が広がっていくと考える。
ニッチ商品ではなくヒット商品と言われるものを作っていきたい。
ものづくりの原点である、生活者の課題を起点にした商品開発
樋口謹行さん
商品開発のため、カルビーは2016年にCalbee Future Laboを設立した。「かっぱえびせん」「ポテトチップス」「じゃがりこ」などのヒット商品に続く新商品を開発することをミッションとし、カルビーの既成概念に染まらず新しいことにチャレンジをできるよう、社内の研究開発部門とは異なるアプローチで商品開発を行っている。具体的には、本社から物理的に離れた広島(カルビーの創業地)に拠点を置き、様々なバックグラウンドを持つメンバーでチームを構成している。
Calbee Future Laboは、定量的なマーケティング調査ではなく、生活者の課題から商品開発をしている。ものづくりの原点回帰をしているともいえるだろう。また、「あなたのための商品です」と伝えられる商品のほうが、本当に必要としている方に届けやすいと思う。
技術もノウハウもない自分たちだけでイノベーションを起こすことは難しいため、生活者の課題を探るべく、消費者やメーカーの方々と一緒にディスカッションしながら商品開発を進めている。例えば生活者に1週間の生活ログを取ってもらい、それをもとにした対面インタビューを実施しており、インタビューの際は違和感に着目する。自分にとっては当たり前でも、他人から見るとそうではないことが多々ある。そこから生活者のインサイトを探り、商品開発へ繋げている。
このような取り組みの結果、「地域応援」をコンセプトに生まれた新感覚スナック「ふるシャカ」、のせて焼くだけのおかず「のせるん♪」、忙しくてランチ後の歯みがきができない方のための「ランチグミー」、睡眠サポート食品「にゅ~みん」をこれまで開発してきた。
目指しているのは、ニッチな商品ではなく、長く愛されるようなヒット商品を作ること。今行っている取り組みが正解とは思っていない。最適解を求めてよりよい方法を模索し続けていきたい。
コンテンツを入り口に顧客との関係性を育むメリット
TALK SESSION 2『「ハルメク」「北欧、暮らしの道具店」に聞く、徹底的な顧客起点から事業を伸ばすマーケティングとは』では、不特定多数ではなく、特定の顧客に深く響くマーケティングから事業を伸ばしていくために重要な考えや設計が語られました。モデレーターは株式会社Moonshot 代表取締役 CEOの菅原健一さんで、登壇者は雑誌「ハルメク」とECメディア「北欧、暮らしの道具店」のキーパーソンの2人です。
▼登壇者(順不同)
株式会社ハルメクホールディングス 取締役/株式会社ハルメク 雑誌「ハルメク」編集長 山岡朝子さん
株式会社クラシコム 取締役 佐藤友子さん
モデレーター:株式会社Moonshot 代表取締役 CEO 菅原健一さん
社内シンクタンクや座談会を活用した、徹底的な顧客理解で読者に寄り添う
山岡朝子さん
「ハルメク」は、編集部門や商品開発部門、イベント部門など、携わっている人間全員が「シニア女性を幸せにしたい、喜ばせたい」という気持ちを持っている。そのため顧客理解を徹底して行っている。
販売部数が低迷していた2014年~2017年頃は、読者のニーズよりも「自分たちが伝えたい内容」を届けていた。その後、誌面改革やマーケティングの見直しを行い、現在の定期購読者数は当時の3倍以上、50万人を達成している(2022年12月号時点)。販売部数が伸びたこの5年間で変えたことは、第一に徹底的な「読者目線」化。シニア女性が何に悩み、どんな情報を欲しているかを深くリサーチし、それにこたえるコンテンツは何なのか徹底的に考えるようになった。読者はがきの読み込み、社内シンクタンクの活用、4,000人の読者モニターを対象にした座談会などを通して、読者自身も気づいていないインサイトを抽出し、誌面に生かしている。
もう一つは、顧客の「ファン」化。コンテンツを入り口にして、ハルメクグループ内の物販、イベント、コミュニティなど様々なサービスを使っていただき、ハルメクという会社のファンになっていただく取り組みを推進してきた。「顧客理解に基づきシニア女性のお役に立つものを届ける」という点で、すべての事業は地続き。読者に「年をとるのも悪くない」と感じてもらえる「ハルメクならではの明るい解決策」を、あらゆる顧客接点において提示している。
価値や世界観を共有し、相性のよいユーザーと関係を育む
佐藤友子さん
ライフカルチャープラットフォーム「北欧、暮らしの道具店」のすべての入り口はコンテンツだ。私たちが大切にしたいと思っている価値や世界観をまずはコンテンツで共有することで、相性がよいと感じてくださるユーザーの方と繋がり、関係を育み、その上でDtoCなどのビジネスを展開している。
価値や世界観を共有するため、記事や音声コンテンツ、映画など、すべてのコンテンツにおいて、同じメッセージを伝えてきた。ただし、メッセージだけを強調しても本質的には何の意味もない。私たちも自分の在り方に迷っている1人であり、お客様と同じ輪の中にいる仲間なので、一緒に新たな可能性や選択肢を見つけていこうとする姿勢が大切だと思う。
圧倒的な事業成長の秘密は、徹底した顧客起点にあり
菅原健一さん
雑誌の販売部数の低迷が取り上げられるなか、「ハルメク」が圧倒的な部数を誇り、ニッチと言われても「北欧、暮らしの道具店」の売り上げが伸びているのは、両社の徹底した顧客起点の考え方にあると思う。
両社が他の多くのメーカーと大きく異なるのは、まず、企業としての約束を消費者に向けてしている点。多くの企業がエコやサステナブルなど、社会に向けて約束している一方、「ハルメク」は「50代からの心豊かな生き方・暮らし方を応援する」、「北欧、暮らしの道具店」は「フィットする暮らし、つくろう。」と、消費者に約束している。
そして、両社のすべての事業の入り口はコンテンツである。多くの企業では、商品を作らなければ売り上げが上がらないといった発想から、まず商品を考える。しかし、「ハルメク」と「北欧、暮らしの道具店」の場合、まずはコンテンツで関係性を作り、その関係性がある人たちの中からニーズを見つけて叶えている。そのため、結果としてエンゲージメントも良くなるのだろう。
「スマイルズ」「キリン」に学ぶn=1との向き合い方
TALK SESSION 3『ブランドは「n=1」とどう向き合い、価値につなげるか?「キリン」「スマイルズ」の実践から紐解く』では、n=1のアプローチからブランドの価値づくりを実行している企業の考え方や取り組みを紹介。コモディティ化した市場のなかで、 ブランドが生活者から選ばれるためにどのようなアプローチをとるべきかが話されました。
▼登壇者(順不同)
株式会社スマイルズ 取締役 CCO 兼 Smiles:PROJECT & COMPANY主宰 野崎亙さん
キリンホールディングス株式会社 コーポレートコミュニケーション部 平山高敏さん
モデレーター 株式会社クラシコム 取締役 高山達哉さん
n=1のアプローチこそが、ビジネスになる
野崎亙さん
スマイルズはスープ専門店「Soup Stock Tokyo」などの創業以降、自社事業のみならず企業のコンサルティング、プロデュースを行っており、すべての事業においてn=1のアプローチをしている。どこに本質的なコンプレイン(不満)があるのかを考え、それを解決するソリューションがビジネスになると考えるからだ。実際、規模を問わず、すべての企業がn=1から考え、そのなかからマスになっていくブランドが出ている。
n=1は顧客だけでなく、作り手を含めた様々なステークホルダーのなかにある。前提として置いているのは、作り手と受け手の2つの文脈を考えること。例えば「Soup Stock Tokyo」なら、作り手である私たちの文脈は「なぜお店を作ってスープを注いで提供するのか」で、受け手であるお客様の文脈は「なぜ今日お店に来てこのスープを食べたのだろうか」である。これらは双方向に影響し合い、作り手の背景に受け手が共感すれば、n=2、3とどんどん増えていく。
そもそもn=1はどうしたら見つけられるのかと聞かれることがある。n=1は新たに発見するものではなく、既にあるものだ。過去の経験のどこかにきっかけとなる事象が必ずあるので、スマイルズでイノベーションを起こしたり、新しいことを始めようとしたりするときは、メンバー全員が自分の人生を振り返るようにしている。気づいたものをザッピングし、俯瞰してみると、新しい答えが見つかっていく感覚に近い。
こうして集めたメンバー全員のn=1から何を選び取るかを考えるときは、再現性を重視している。どのような構造でそのn=1ができているかが見えると再現性があり、応用展開ができるだろう。
社内外、両方のn=1をバランスよく見る
平山高敏さん
社内と社外、両方のn=1をバランスよく見ていくことが求められると思う。お客様に商品への関心を持ってもらうことは当然重要だが、「広告では伝えきれていない商品の魅力を知ってほしい」といった社員の想いを発信することも大切だ。
例えばキリンホールディングスでは、これまでコーポレートサイトやSNSを使い、企業または商品起点で発信することが多かった。しかし、現在はKIRIN公式noteやオウンドメディア「KIRINto(キリント)」も運営し、社員の生の声などを伝えている。noteで実施した取り組み「#今日はキリンラガーを」では、お客様と社員がそれぞれ「キリンラガービール」から感じている価値を交換するようなコンテンツを展開した。すると、広告を一切打たなかったにもかかわらず、自然発生的にSNS上でキリンラガー愛が集まり、「#今日はキリンラガーを」はTwitter上で1600万強のリーチを獲得できた。
今後は、n=1がしっかり見えて、その先にいる人たちを想像できるようなものが、マスプロダクトからも出てくると面白いだろう。