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急成長を遂げるウェルネスブランド「TENTIAL」はスタートアップの名著『ブリッツスケーリング』を体現していた。

最終更新日:2023.01.27

匿名マーケター・みる兄さんの連載第10回は、読者の方からリクエストをいただいたウェルネスブランド「TENTIAL」を取り上げます。

TENTIALは2019年の立ち上げ以来、ビジネスアスリートをターゲットにした「BAKUNE」などのリカバリーウェア、インソール、サンダルといった製品を展開し、年平均440%の成長を遂げています。TENTIALがなぜ驚異の成長を達成できるのか、みる兄さんに考察いただきました。

目次

 

メディア運営、ブランド(プロダクト)それぞれがビジネスとして成立するカテゴリーであり、メディアであればトラフィックを集めて、広告収入を増やす。ブランドであれば、売れる商品を作り、さまざまな販売接点で売上を上げる。メディアもブランドもビジネスモデル単体で売上を拡大している企業がいくつもあり、それぞれの難しさがあります。

今回はメディア事業からD2Cへとビジネスモデルを圧倒的なスピード感で変革してきたTENTIALのこれまでの歩みについて調べ、その強みについてひもといていきたいと思います。

「TENTIAL」の歩み

メディア事業「SPOSHIRU」からスタート

TENTIAL(創業当時は株式会社Aspole)は2018年2月、スポーツメディア事業「SPOSHIRU」から始動しました。

「SPOSHIRU」はスタートから約1年半後の2019年10月には月間100万PVを集めるまでに成長し、メディア経由での流通額も伸長しています。

画像出典:スポーツプラットフォーム『SPOSHIRU』が⽉間100万PVを突破!スポーツ⽤品の流通額はサービス開始より1年半で10億円超

代表取締役CEOの中西裕太郎氏は将来の自社ブランド立ち上げを見越し、スポーツ・ウェルネス分野でのメディア事業を立ち上げています。

「SPOSHIRU」はメディア単体でもマネタイズはできていましたが、代表の中西氏いわく、当初から「メディアは社会の商流を分析するツール」としての位置づけだったそうです。

「TENTIAL」自社ブランド製品の展開

自社ブランドの展開は、2019年8月に発売した、靴に入れるだけで体のコンディションを整えるインソール「TENTIAL ZERO」が始まりです。この製品開発には当初の戦略通り、メディア事業でのトラフィック分析のデータが生きています。また、第一弾のプロダクトを開発するにあたって、LINEを活用した「足の相談所」サービスを展開し、事前に登録者をつのるマーケットリサーチを行い、足の悩みに着目した製品を開発しています。

「TENTIAL」の製品投入は以下の通りです。

2019年に1アイテム、2020年に5アイテム、2021年は9アイテム、2022年は20アイテムもの商品を展開しています。筆者もプロダクトマーケティングに携わっていたことがありますが、1つの商品を世に出すためには、企画立ち上げ、デザイン、原価計算、価格設定、需要予測、販促ツールやECサイトのページ、リリースの作成など、かなりの業務ボリュームがあります。これを限られた社員数(2022年で約60人のうち、3割はエンジニア)で実行していることに驚きを隠せませんでした。

おそらく、「SPOSHIRU」の記事を基に「トラフィックが伸びているが、解決するプロダクトが世の中にない分野」を見つけ、そのデータから見えるインサイトに着目し、尋常ではないスピード感(記事コンテンツを1本作るかの如く)で商品を企画、開発しているのだと思います。

また、「TENTIAL」が製品の製造先を探す工程もスピード感があります。中西氏のインタビューによると、第一弾のインソールの製造元・BMZ社はビザスク(スポットコンサルティングサービス)を活用し、知り合ったビジネスパーソンを通じて接点を得たそうです。

また、興味深いのが「TENTIAL」の顧客層です。

画像出典:ウェルネスブランド「TENTIAL」が3周年。3年間の軌跡をデータで振り返るインフォグラフィックを公開

世の中には、創業者や企画者自身の原体験を基に事業を立ち上げ、その想いを乗せて、商品やサービスを世に展開していくパターンも多く、その場合は、創業者や企画者自身が典型的な顧客となるので、同質的な顧客層が主たる構成となっていきます。しかし、「TENTIAL」の主たる顧客層は図のように50代と40代。中西氏自身が元アスリートで、「TENTIAL」のプロダクト開発の思想に多大な寄与があるとしても、メディア運営から得られた市場のニーズをデータからひもとき、その仮説を基に展開し、顧客から支持されてきたのがわかります。創業者や企画者自身の原体験ではなく、データを基にした仮説からプロダクトマーケティングによりヒット商品が生まれる場合は、客観性が高くまた仕組み化されているため、再現性がとても高いと感じます。

店舗出店、広報、スポンサーシップ活動による顧客接点の強化

「TENTIAL」はリアルでの顧客接点開拓も進めています。2022年4月には、はるやま商事が運営する「DRUG WEAR八重洲地下街店」内に「TENTIAL Store」を出店、同5月には直営店「TENTIAL Official Store」を新丸ビル内にオープンさせています。また、ビックカメラ、東急ハンズ、ロフトなどでの取り扱いも(ラインナップは絞りつつ)始めています。

さらに、「TENTIAL」の成長を下支えしている、広報・ブランディングも興味深い取り組みです。「TENTIAL」の製品投入一覧でまとめたように、1カ月に数本もリリースを出すこと自体がそもそも大変ですが、ここ1~2年はブランド価値を高めつつ、拡販につながるメディア露出が増えていると感じます。例えば、2022年8月にはTBSテレビ「櫻井・有吉THE夜会」、日本テレビ「行列のできる相談所」とマスでの露出があり、それにより「BAKUNE」の指名検索数が増えています。

データ出典:Googleトレンド

また、アスリート支援として、「筑波大学蹴球部」や「京都大学アメリカンフットボール部」などへのスポンサー活動を実施しています。

画像出典:TENTIALが筑波大学蹴球部とのスポンサー契約を締結

画像出典:TENTIALが京都大学アメリカンフットボール部とスポンサー契約を締結

通常のスポンサー活動では、該当するスポーツクラブや選手の活躍でロゴが露出されることによるブランド認知を主目的とするケースが多く見られますが、「TENTIAL」では、プロダクトを用いたデータ収集など製品開発視点でのスポンサーシップ活動をしており、当初運営していたメディア「SPOSHIRU」と同様に、良い製品開発につなげるための活動として取り組みを推進しています。

「TENTIAL」のビジネスモデル考察

「TENTIAL」の創業からの歩み、そして事業ドメインの選定、プロダクトの展開を見て、なんとなくウェルネス分野の「Anker」みたいな企業だなと感じていたところ、2021年9月にAnker代表取締役CEOの猿渡歩氏が社外取締役に就任していて驚きました。

僕が「TENTIAL」と「Anker」に共通した部分を感じたのが、サブカテゴリーでありながら機能で勝ち切ることができる分野でまずは攻めるところ(「TENTIAL」のインソールはシューズのサブカテゴリー。「Anker」の充電器はスマートフォンのサブカテゴリー)、そして、周辺機器を横展開していくスピード感。モールや自社ECを活用し、特定カテゴリーの市場シェアを獲得しつつ、フィジカルアベイラビリティを増やすべく、POP-UPストアや直営店舗出店により顧客とのリアルな接点を増やし、ブランド化していっているところです。

なお、「Anker」はこの10年で圧倒的なスピード感で成長し、2013年から2021年で売上高が約9億円から約300億円へと3,333%の成長を遂げてます。一方、「TENTIAL」も2019年のブランド立ち上げから3年で年平均成長率440%と驚きのスピードで成長しています(2022年時点)。

「Anker」はワイヤレスイヤフォンやプロジェクター、ロボット掃除機などモバイルバッテリーからプロダクトの幅を展開して事業を成長させています。「TENTIAL」もインソールから始まり、ウェルネス分野の中でリカバリーウェア、マットレスなどプロダクトの幅を広げています。

「TENTIAL」のビジネスモデルの変革のスピード感、そして事業の成長率(自社ブランドの開始から3年間で年平均成長率が440%)を目の当たりにし、頭に浮かんだのが“ブリッツスケーリング”です。“ブリッツスケーリング”とは、PayPalの創業に関わり、LinkedInの共同創業者だったリード・ホフマンが書籍『ブリッツスケーリング』内で提唱したコンセプトで、企業が驚くべき速さで成長するためのフレームワークや特定の手法を指します。

ブリッツスケーリングではスピードを最優先し、効率を犠牲にする。しかもその犠牲が有効なものであったかどうか、結果を確認する暇も惜しむ。
伝統的な企業の成長戦略は、飛行機を確実に組み立ててから飛ばすようなものだ。これは安全ではあるが、一定高度まで上昇する時間を遅らせてしまう。ブリッツスケーリングは胴体に翼を取り付けている最中に操縦席に乗り込んでエンジンを始動する(多くの場合はアフターバーナーも点火してしまう)。

出典:『ブリッツスケーリング 苦難を乗り越え、圧倒的な成果を出す武器を共有しよう』(日経BP、リード・ホフマン、クリス・イェ著、滑川海彦、高橋信夫訳)

書籍の中では、“ブリッツスケーリング”を実現するためのコアテクニックにも触れています。「ビジネスモデルのイノベーション」「戦略のイノベーション」「経営のイノベーション」の3つです。

1.ビジネスモデルのイノベーション

ブリッツスケーリングの3つのコアテクニックのうち、最初で最も基本的なものは指数関数的に成長できる画期的なビジネスモデルを設計することだ。ネット時代の起業家というのは、こうしたビジネスモデルの革新者のことだ。

出典:『ブリッツスケーリング 苦難を乗り越え、圧倒的な成果を出す武器を共有しよう』(日経BP、リード・ホフマン、クリス・イェ著、滑川海彦、高橋信夫訳)

優れたビジネスモデルに共通する特性も挙げられています。優れたビジネスモデルでは成長要因が最大化されている一方で、成長阻害要因が最小限に抑えられていると言います。各要因をまとめると次の通りです。

成長要因:

  1. 市場規模
  2. ディストリビューション(配送や流通のこと。「既存ネットワークの活用」と「バイラル性」の2つに分けられる)
  3. 粗利益率の高さ
  4. ネットワーク効果

成長阻害要因:

  1. プロダクトとマーケットの不適合
  2. 事業スケーリング

2.戦略のイノベーション

ブリッツスケーリングは、リスクと不確実性にさらされながら、独自の急成長の仕組みを支える戦略イノベーションそのものだ。

ブリッツスケーリングを実行すると決めたら、次に考えるべきことは「どうすればもっと速く動けるか」だ。これは単にもっとよく働くとか、同じリソースをもっとうまく使うとかいう話ではない。大切なのは、ほかの会社が普通はしないことをする、あるいはほかの会社がすることはしない、ということだ、なぜなら自分たちは不確実性の高いことや、効率の悪いことを進んで受け入れようとしているのだから。

出典:『ブリッツスケーリング 苦難を乗り越え、圧倒的な成果を出す武器を共有しよう』(日経BP、リード・ホフマン、クリス・イェ著、滑川海彦、高橋信夫訳)

3.経営のイノベーション

ブリッツスケーリングに必要な最後の要素は、経営のイノベーションだ。ブリッツスケーリング特有の急激な成長は、組織にもそのメンバーにも極度の負荷をかけるため、経営そのものも革新しなければならない。

出典:『ブリッツスケーリング 苦難を乗り越え、圧倒的な成果を出す武器を共有しよう』(日経BP、リード・ホフマン、クリス・イェ著、滑川海彦、高橋信夫訳)

「TENTIAL」は、創業当初はスポーツ・ウェルネスのメディア「SPOSHIRU」を運営(2018年)。その後、メディアの顧客データからインサイトを読みとり、そこから素早いスピードで自社ブランド「TENTIAL」を開発し、販売・展開(2019年)。そこからこの約4年で数多くのプロダクトを展開しています。この歩みを“ブリッツスケーリング ”で紹介されているビジネスモデルの主要な成長要因に照らし合わせると、 次のようにまとめられます。

1.市場規模

コロナ禍で着目された、ウェルネス市場がドメイン。コンサルティング会社のディー・フォー・ディー・アールによる推計では、2030年に約89.6兆円規模と予測されている。

最後に、日本での「ウェルネス市場」規模は、2030年に約89.6兆円、2040年に約86.4兆円となると推計した。(中略)なお、2030年から2040年までは、人口減少に伴う家計消費の減少などを反映して縮小傾向の予測となっている。

出典:日経クロストレンド『新たな有望消費市場の1つ、「ウェルネス市場」の2040年を見通す

2.ディストリビューション

自社商品を販売する際、Amazon、楽天などの既存ネットワークを活用して販売を進めている。

3.粗利益率

公開されていないが、リカバリーウェアなどの付加価値の高い商品を展開しているため、通常のスポーツ、アパレル系のメーカーよりも高いと予想される。購入者の多くがリピーターのため、LTVも高いと考えられる。

4.ネットワーク効果

スタートアップの成長に重要なのがネットワーク効果だ。「TENTIAL」はメディア事業やスポンサー活動を通じてデータを集め、そのデータを活用してプロダクトを開発している。プロダクトのユーザーが増えればさらに集まるデータが増え、そこから新たなプロダクトが生まれる。このスパイラルを圧倒的なスピードで展開することで規模の拡張を進めている。

このように、市場規模の見定め、ディストリビューションとの関わり方、粗利益率、ネットワーク効果の観点からしても、「TENTIAL」は今後も“ブリッツスケーリング”を成し遂げていくだろうと予想されます。

終わりに

筆者はこの考察を書きながら「TENTIAL」のプロダクトに興味を持ち、東京・丸の内の店舗に訪問してみました。

この記事を書くまで、“アーリーアダプターのビジネスパーソン、普段からランニングやヨガをしているようなアスリート”が顧客だろうと想定していました。しかし、丸の内の店舗にいたのは、「TENTIAL」が掲げていた顧客層と同様、健康への意識を持った40代~50代の一般的な生活者でした。

なお、BAKUNEのネックウォーマーとマスクを購入し、睡眠時やリモートワーク中に身に着けるモノへの投資に対する関心が生まれました。これは、リピートしてアイテムを増やしたくなる衝動にかられますね。今後の「TENTIAL」の展開は、ビジネスモデルの進化とともにプロダクトにも注目していきたいと思います。


参考:
TENTIAL「テンシャルの原点
WWD『日本のモノ作り × テクノロジーで大手に勝つ 次世代スポーツD2C「テンシャル」の挑戦
LINEで足の相談ができる「足の相談所」は、スポーツトレーナーが在籍する布接骨院と提携。更なるサービス向上を目指します。
DIAMOND SIGNAL「1.5万足販売のインソールと新作マスクで“次”のスポーツメーカー目指すTENTIAL
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記事執筆者

みる兄さん

匿名アカウントなマーケター。事業会社のマーケティング部門に所属している。
X:@milnii_san
note:https://note.com/milnii
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