値上げラッシュが止まらず、庶民の生活を直撃しています。自社のプロダクトも値上げした、もしくはこれから値上げを検討しているという人も少なくないでしょう。
そこで、エルモさんの連載「逆境をチャンスに変えたビジネスを分析」の第3回は、今こそ正面から向き合いたいマーケティングミックス4Pの1つ、「Price」を取り上げます。
値上げ、あるいは値下げが経営にもたらすインパクトや、それぞれのメリット・デメリットについて、この機会にいま一度、整理しておきましょう。
目次
今回のテーマでは、マーケティングミックス4P(Product、Price、Place、Promotion)に含まれるものの、あまり語られない「プライシング(価格戦略)」について取り上げていきます。
プライシングは、業界や企業によって個別性が非常に高く、これ!といった最適解が存在しているわけではありません。
しかし、私の連載テーマとさせていただいている「逆境をチャンスに変えるビジネス」に限っていえば、プライシングのあるべき方向性は定まっているように思います。
価格をコントロールできる人は組織においても一握りでしょう。しかし、価格がもたらすビジネスへのインパクトは全マーケターが知っておいたほうが良いと思いますので、ぜひお付き合いください。
ビジネスの利益ドライバーは3つしかない
あらゆるビジネスは利益を創出するために活動していますが、利益のドライバーは3つしかありません。
利益を生み出す方程式は、以下3つの要素で構成されています。
利益=販売量×価格-コスト
これらの構成要素のうち、よく話題になるのが「販売量」と「コスト」です。
価格はマーケティングの4Pに含まれているものの、実際にプライシングは経営判断であり、マーケターでもほとんどの人が関与できていないのが実情ではないでしょうか。
その結果、多くのマーケターは
販売量UP
・シェアをどう増やすか?
コストDOWN
・1人当たりの獲得単価(CPAやCPO)をどう減らすか?
・商品原価をどう減らすか?
・その他運用コストをどう減らすか?
のどちらかに目を向け、日々マーケティングに取り組まれているはずです。
値上げ・値下げがもたらす利益インパクト
値上げ(または値下げ)がもたらす利益インパクトははかり知れません。
読者の皆さんが想像する以上に大きいものだと思いますので、ここでひとつの思考実験をしてみます。
1個あたり60円のコストがかかる売価100円のコーラがあるとします。
ここで、この売価100円のコーラを「20円の値上げ」「20円の値下げ」を行った場合に、これまでの利益を得るために必要な販売量がどれくらいか考えてみます。
利益は、下の図でいう黄色の面積です。
- 売価80円(20%の値下げ)
→必要販売量20万個 - 売価120円(20%の値上げ)
→必要販売量6.7万個
「値上げをすると売上(販売量)が落ちる」とよく言われますが、仮に現状売価の20%値上げをすると販売量は約6.7万個に落ちるまでは許容できるということです。(あくまで同水準の利益を得ると考えるとです)
10万個の販売量をもつコーラが6.7万個まで販売シェアを落としても、同水準の利益を確保できることに衝撃を受けた人も多いのではないでしょうか。
逆に、20%値下げすると、これまでから販売量を200%にする必要があります。日々集客、販売シェア拡大に勤しんでいるマーケターからすると、販売量倍増がいかに困難かご理解いただけるのではないでしょうか。
もっとシンプルに、単純に値上げした場合のことを考えてみます。
価格を20%上げ、これまで同様の販売量を維持できた場合、売上は20%UPに対して、利益は50%UPとなるのです。しかしながら、販売量(シェア)を20%上げても利益は同様に20%しか上がりません。
このように、価格と販売量の利益創出の差を踏まえると、価格はビジネスの利益を構造から変えるファクターであり、販売量が限界に達している多くのビジネスにとって最後に残された利益成長ドライバーだと私は考えています。
多くのブランドは高付加価値戦略に舵を切ったほうが良い
価格戦略は大きく、「低価格戦略」と「高付加価値戦略」の2つに分かれます。
一般論として、低価格戦略で成功する企業は、各カテゴリーに1、2社しか存在しません(「ニトリ」や「しまむら」など)。低価格戦略は薄利多売のビジネスモデルとなるため、仕入れ価格やコストを抑えることが利益を生み出す最重要ファクターであり、小資本ブランドでは太刀打ちできない可能性が高いです。
一方で、高価格・高付加価値戦略をとるブランドには、どんな後発にもまだまだ成功の余地が残されていると私は考えています。
なぜなら、低価格戦略が進む先は「低価格」という訴求軸だけ。一方、高価格・高付加価値戦略は差異化によりブランド力をつけるため、独自性や提供価値が枝分かれしていき、顧客への価値提供方法は無限にあるからです。
ただし高価格・高付加価値戦略は、低価格戦略でヒットしたブランドほど大規模には成長しづらく、市場シェアと利益の作りやすさはトレードオフの関係にあるのも事実です。たとえば自動車業界において、1台あたりの利益はポルシェが群を抜いて高いですが、トヨタ自動車が圧倒的シェアを獲得しているといった具合です。
ちなみに、高価格と低価格のプライシングをうまく使い分け、利益を最大化しているのがAppleのiPhoneです。
画像はイメージ。【参考】https://www.apple.com/jp/iphone/
Appleは、新商品が発売されるたびにアーリーアダプター、アーリーマジョリティー層に高価格のiPhoneを販売しています。一方で、ほんの2~3年前まで最新型であったiPhoneを、高価格帯ラインの半額以下で販売することで、販売量(シェア)の最大化も同時に実現しているわけです。
Appleの取り組みは実にシンプルですが、高価格・高付加価値戦略と低価格戦略を併用しているからこそ、これだけ多くの利益を獲得しているのだと私は思います。
プリファレンスを高め、パワープライサーになろう
ここまで、プライシングがもたらす利益インパクトを中心にお話ししてきました。
消費者は価格に対して敏感で値上げを嫌う傾向にありますが、今はこの数十年で最も「価格変更の許容度」が高まっているのも事実ではないでしょうか。
航空機の予約やテーマパークではダイナミックプライシングが導入され、AmazonやメルカリなどのC向けサービスで、時々刻々と商品価格が変わることに慣れ始めています。さらには、2022年初めから始まったインフレ圧力で、多くの商品で既に値上げも起きています。
安直に「値上げしても良い雰囲気が出ているから、この隙に値上げしておこう」と言いたいわけではありませんが、プライシング(価格戦略)を使いこなすことで利益を伸ばせることは間違いありません。
マーケティング会社「刀」のCEO森岡毅さんも「値下げはマーケターの敗北である」といろいろな場所で語られています。マーケターの仕事の理想は「価格を上げてもモノが売れる」状態を作り上げることで、そのために必要なことは「顧客から選ばれる確率(プリファレンス)を上げる」に向き合うことだと思います。
プライシングをうまく使いこなすCoCo壱
実際に、「プリファレンスの獲得」と「プライシング」を両輪で回し、利益を伸ばしているのがカレーライス専門店チェーンの「カレーハウスCoCo壱番屋」です。以下が、主力商品の価格推移です。
【引用】Funda Navi(https://navi.funda.jp/article/corporate-analysis-cocoichi)
CoCo壱では、集客(販売数UP)に力を入れつつ、毎年のように商品の値上げに踏み切り、右肩上がりの成長を実現しています。
単に値上げをしているのではなく、値上げが許される様々な顧客体験価値を提供しており、顧客から「選ばれる確率」を維持したまま、価格を上げ続けている好例だと思います。
詳しい施策はFunda Naviさんの「【CoCo壱の経営戦略】なぜ漫画が無料で読めるのか? カレー業界1人勝ちのココイチの戦略を読み解く」にまとめられております。
今回のテーマでは、値上げのインパクト、高価格・高付加価値戦略について取り上げてきましたが、結局は「値上げが許容されるだけのプリファレンスを顧客から獲得する」ことが必要です。そのため、プライシングをうまく使いこなすにはマーケティングの基本にして最重要項目である「プリファレンスの獲得」に立ち返らなければならないと感じています。
最後に
プライシングについては、あまり表で語られるべきものではないと思っています。プライシングによる利益追求は、お客様から1円でも多くのお金をいただく行為で、その瞬間に、売り手と買い手の間で利益相反が起きてしまうからです。
ただし長期的には、ブランドや事業の継続、新規ビジネスへの投資を循環させていく上で、利益以上に大切なものはなく、プライシングによる利益インパクトの差を今回取り上げさせていただきました。
『コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント』(第12版)では、「価格」について以下のように語られています。
また価格は、企業が自社の製品やブランドの価値をどこにポジショニングしようと意図しているかを市場に伝えるものでもある。うまく設計されて市場に出された製品はプレミアム価格で売れ、大きな利益をもたらす。
価格は、商品価値の対価であると同時に、商品価値を伝える強力なメッセージでもあります。
繰り返しになりますが、単に「値上げをすればいい」という話ではありません。しかし、価格を上げる勇気・覚悟を持つことは、自社ブランドの価値を高め、ビジネスの利益最大化に繋がる可能性を秘めていると思うのです。
今回の記事が、改めて自社商品の価格について、その妥当性や利益ポテンシャルを考える機会となれば幸いです。
参考図書:
『価格戦略論』(ヘルマン・サイモン、ロバート・J. ドーラン他:著、ダイヤモンド社)
『コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント』(第12版)(フィリップ・コトラー、ケビン・レーン・ケラー:著、丸善出版)
『確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力』(森岡毅、今西聖貴:著、KADOKAWA)