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小さなブランドが勝つためのマーケティング戦術――カネ・知名度・マンパワー不足でも成功する8つの行動指針とは?
エルモ新連載「逆境をチャンスに変えたビジネスを分析」第1回

最終更新日:2022.05.10

エルモさんの新連載がスタートしました。昨年(2021年)末に公開した寄稿が大変多くの方に読まれ、反響が大きかったことを受けての連載化です。

連載のテーマは「逆境をチャンスに変えたビジネスを分析」。第1回はクラフトビールブランド「ブリュードッグ」を取り上げ、後発の小資本ブランドが、消費者から選ばれる存在になるために必要な8つの行動指針について解説します。

目次

 

今回のテーマは、「お金や人手などリソース面で劣る小さなブランドが、どのようにマーケットで選ばれる存在を確立していくべきか」について取り上げていきます。

本やネットで掲載されているマーケティング成功事例は、「そんな資金があればウチもやっている」「もともと認知があるブランドだからできることで、役に立てづらい」というケースも多いのが実情だったりします。

しかし、マーケティングの世界は無慈悲です。消費者は売り手(ブランド)側の事情など、一切気にしません。最近では、多くのカテゴリーでマスブランドがシェアを拡大し続けており、リソース面で劣る小さなブランドが競争を勝ち抜くのはさらに難しくなっているように感じます。

では、小資本ブランドは何を突破口にすればいいのでしょうか。

そのヒントが、イギリス・ロンドンを中心に活躍するコンサルタント、アダム・モーガン氏が1999年に残した書籍『小さなブランドがいかに有利に競争を進めるか?』(原題:Eating The Big Fish: How Challenger Brands can Compete Against Brand Leaders 未邦訳 )に隠されています。

モーガン氏は、制約のある状況こそ好機と捉え、小さなブランドを急成長させることを得意とするコンサルティング会社「eatbigfish」の創業者でもあります。そんな彼は、小資本ブランドだからこそできる、大資本ブランドと競争優位性を作る行動指針を8つ掲げています。それがこちら。

筆者作成
出典: Eating The Big Fish : How Challenger Brands Can Compete Against Brand Leader (Adam Morgan)

今回は、大資本ブランドがシェアを占めるビールカテゴリーで急成長を遂げたクラフトビールブランド「ブリュードッグ」(BrewDog)の事例をとりあげながら、小さなブランドがとるべき8つの行動指針について私も考えてみました。

クラフトビールブランド「ブリュードッグ」(BrewDog)

ブリュードッグは、2人の若きパンク起業家が2007年に立ち上げたクラフトビールブランド。ブランド立ち上げ当時、イギリスのビール市場には、大量に工業生産されたラガービールか、面白みに欠ける樽ビール、または世界的なビールブランドが流通の大半を占めていました。

ビール商材は、マーケティングの成果がリソース(とくに資金)に依存しやすい商品カテゴリーです。認知と配荷がないことにはお客様に手にとっていただけず、「ビールの売上は、CM投下量に比例する」と言われるほどです。

参考:「企業の広告効果に関する批判的検討」
https://www.fujitsu.com/downloads/JP/archive/imgjp/group/fri/report/economic-review/200201/03nagashima.pdf

そんなビール業界で、ブリュードッグは自己資金300万円の起業から、2015年には売上70億、さらに2020年には売上300億円を超える成長を成し遂げています。この急成長の裏には、やりすぎと揶揄される過激なマーケティング施策があります。

小さなブランドの突破口、優先すべきリソース先とは?

マーケティングとは売上・利益を効率よく積み上げていくことで、そのためには、限りあるリソースを最適な位置に分配していく戦略が欠かせません。

森岡毅氏は、自著『確率思考の戦略論』で、マーケティング戦略の配分先は「プリファレンス(好意度)」「認知」「配荷」の3つしかないと語っています。

しかし現実的には、「お金を投資した分だけ確実に売上を回収したい」という思いから、多くのブランドは「認知」「配荷」にリソースを投下します。これが、ビールがCM投下量に売上が比例すると言われるゆえんでもあります。

そんななか、資金面で圧倒的に劣るブリュードッグは、過激なマーケティング手法を駆使して「認知」「プリファレンス」を獲得。

とくにプリファレンスは、主観的な好意度であり、マーケティング施策の費用対効果が事前に分かりづらいものの、ポテンシャルは無限大。ブリュードッグは、一部消費者からのプリファレンスを高め、熱狂的なファン・支持者を集めることでブランドを急成長させています。

一概に正解はないものの、投資金額と比例して獲得できる「配荷」ではなく、ファンを巻き込み「認知」「プリファレンス」を獲得していく戦い方が、リソースの限られる小資本ブランドの王道の戦い方だと私は認識しています。

そのうえで、アダム・モーガン氏が掲げる8つの行動指針を見ていきましょう。

出典: Eating The Big Fish : How Challenger Brands Can Compete Against Brand Leader (Adam Morgan)

1.「指針となるアイデンティティ」を打ち立てる

どんなブランドも「自分たちは何者なのか?この商品は何なのか?どんなベネフィットを顧客に提供するのか?」と、ブランドを象徴する分かりやすいアイデンティティを持たなければなりません。

情報の受け手となる消費者やフォロワーからすると、そのブランド価値を瞬時に判断できる旗が立っていないと、後ろに用意されている商品やコンテンツがどんなに有益でも見られることはありません。

ブリュードッグは、「世の人々をうまいビールで夢中にさせる」というアイデンティティを掲げ、ファンとなる消費者を魅了することに成功しました。

創業者ジェームズ・ワットは、自社の成長過程をまとめた書籍『ビジネス・フォー・パンクス』で、以下のように語っています。

使命を持つことで、自分のすることすベてを、より高い次元の文脈に位置付け、事業に参加している全員を共通の目標に向かわせることができる。

出典:『ビジネス・フォー・パンクス』(日経BP、ジェームズ・ワット著)

2.その分野でのリーダーだと考えてみる

どんなニッチな領域でも構わないので、特定領域でのリーダーとなること。究極的に言えば、人間関係は「リーダー」と「フォロワー」に分かれます。そしてブランドは必ずリーダーでなければなりません。

ブリュードッグは、創業当初から「クラフトビール界のリーダー」というポジションを一貫して取り続けています。もともとイギリスにクラフトビール市場がほとんど存在していなかったことを逆手にとったわけです。

日本国内の事例でいえば、メンズコスメやニッチなアパレル領域でリーダーを名乗ることで、その市場のリーダー的な存在として振る舞っているブランド(例えばBULK HOMMEやCOHINAなど)があります。

どんな小さなセグメントでもいいので、とにかくそのカテゴリー内でリーダーとして存在できないか、まずは考えてみること。リーダーは注目を浴びることができますし、市場が大きくなるにつれ、自然と良いポジションに上がっていくことにも繋がっていきます。

3.再評価のシンボルを作る

小さなブランドが新しく評価を受けるには、既成概念を打ち壊す「再評価されるシンボル」が必要となります。周囲からの反感を買う恐れはあるものの、現状と理想のギャップを打ち出すキャッチフレーズや理念があるとヒットしやすいです。

ブリュードッグは、「世の人々が飲むビールに味と風味、職人の技を取り戻すこと」を一つのシンボルに掲げました。商業優先の味気ない工業生産ビールを憎むべき敵とみなし、工業生産ビールのボトルをゴルフクラブで叩いて割ったり、工業生産ビールのボトルをボウリングのピン代わりの倒すべき存在として過激なキャンペーンを打ち出しています。


出典:「BrewDog Welcome Video」 https://www.youtube.com/watch?v=FFMOVOSvHq4

このように、一般的に流通している既成概念に代わる、再評価されるシンボルを打ち出すことが、そのブランドの唯一無二性を作り上げる一つの切り口となります。(ブリュードッグの場合は、かなり過激ではありますが…)

彼らはブランドの使命「世の人々が飲むビールに味と風味、職人の技を取り戻す」のもと、熱心にビール教室やテイスティング講座、クラフトビール醸造工程の発信を続けています。過激なキャンペーンを繰り広げているブリュードッグですが、ブランドアイデンティティを体現する活動も並行して続けていることも一つ忘れてはならないポイントだと思います。

4.見切る

発信するメッセージはとにかくシンプルにすること。とくに切り口や訴求軸を狭めれば狭めるほど強いメッセージになります。逆に、「私たちはあれもこれもできます」とコミュニケーションを複雑化させるのは悪手です。

いくつもの機能メッセージを一つの広告に詰め込みたいと考えていたスティーブ・ジョブズに、当時のクリエイティブディレクター”リー・クロウ”が、5つの丸めたちり紙を同時に投げつけ、「何個もボールを受け取れないだろう?」とジョブズを諭した逸話はあまりにも有名です。

出典:『Think Simple アップルを生みだす熱狂的哲学』(NHK出版、 ケン・シーガル著)

5.能力以上の約束をする

商品は必ずしも「今できること」だけを提供価値にする必要はありません。顧客は、商品やブランドにある種の夢を見ており、大きな目標を掲げるほどリターンも大きくなる可能性があります。(もちろん嘘はいけません)

今は、インターネットのおかげで、ビジョンや夢を語り「あなたはこのブランド成長の伴走者、追体験者になりませんか?」などとユーザーをブランドの一部に巻き込むことが容易になりました。ブリュードッグでいうと、創業当初から「世界一のクラフトビールブランドになる」という夢(顧客との約束)を掲げ、パンク株と呼ばれる自社クラウドファンディングでユーザーのエンゲージを高めています。

最近の流行り言葉でいうと、ブランド成長の過程を顧客と共有する「プロセスエコノミー」的な発想に近いかもしれません。

「世界は、やがて、ローカル・ハイクオリティが死に絶え、グローバル・ハイクオリティでノーコミュニティ層と、ローカル・ロークオリティでコミュニティ層の組み合わせに分かれていくでしょう。」とチームラボの猪子寿之さんが語っています。

出典:「世界は、グローバル・ハイクオリティでノーコミュニティ層と、ローカル・ロークオリティでコミュニティ層に分断される──日本、アジア、そして21世紀」(GQ Japan)
https://www.gqjapan.jp/culture/column/20140805/trotting-arround-asia-134

リソース・開発力にかける小さなブランドは、グローバルハイクオリティなブランドと直接対決を避け、まずはファン層をローカルで獲得していく。ブリュードッグの打ち手も、「能力以上の約束」をもとに、顧客に夢を見させつつコミュニティ形成につなげた好例ではないでしょうか。

6.パブリシティと広告を利用して、人気の文化になる

認知向上にレバレッジがかかるのが、メディア露出です。お金を出せないプレイヤーこそ、オフライン・オンラインを問わず「いかにしてメディア露出の機会を得られるか?」を常に頭で考えておくべきです。

テレビの影響力は落ちたと言われることもありますが、実際にテレビ番組で商品が紹介されると、想像を遥かに超えたアクセス量、お問い合わせが舞い込んでくるのはよく聞く話。

その点、ブリュードッグは、メディアハックの天才です。新店舗出店に合わせて、イギリスの国会議事堂に自社ブランドの映像を勝手に写したり、アメリカ進出のタイミングにNYでヘリコプターを飛ばすなど、ハチャメチャなマーケティング施策でメディアから注目を浴び、創業当初から話題の中心になり続けています。


出典:「THE DOG OF WALL STREET: BREWDOG AIMS TO RAISE $10 MILLION WITH EQUITY FOR PUNKS USA」
https://presshub.brewdog.com/presshub/equity-for-punks-usa-uk

過激な打ち手や大掛かりなキャンペーンでテレビ出演を目指す必要はありません。小さなWebメディアやSNSアカウントで取り上げてもらえるだけでも、新しい認知を積み上げることができます。そのためには、この話題を取り上げたいと思えるベネフィットがメディア視点で必要になると思います。

7.消費者志向ではなく、アイデア志向になる

マーケティングは、お客様のニーズに応えることで売上がたつもの。基本的に、ブランドはつねに選ばれる側であり、消費者目線を持ってコミュニケーションをとっていく必要があります。

しかし一方で、自社のコアバリューを逸脱してまで、消費者ニーズに寄り添う打ち手は、結果的に悪手になる可能性が高い。一時的に消費者に選ばれることはあっても、消費者の頭のなかに、差別化されたブランドの印象が植えつけられることはありません。

圧倒的な機能を兼ね備えたブランドであれば顧客ニーズにぶつけていく戦略もありだと思います。しかし他社となかなか差別化が難しい状況であれば、自社ブランドの思想やアイデアに共感する人たちをお客様にしていくという発想が、中長期的にブランドを確立していくことに繋がると私は考えています。

8.つい最近までの過去を捨てる

最後に、そしてこれが最も重要なのですが、小さなブランド・プレイヤーは、つい最近の成功パターンに固執することなく、新しいことに挑戦し続けることです

とくに、プロモーション主体でエンゲージを獲得してきたブランドは、顧客の飽きが来る前に新しい話題を提供しなければなりません。大手のように、頑健なビジネスモデルの上に商売が成り立っているわけではないからこそ、常に新しいプロダクトやプロモーションでブランドのエンゲージを保つ必要があるわけです。

※冒頭で取り上げた「認知」と「プリファレンス」にリソースを投下する戦略のデメリットがあるとすれば、「配荷」に売上を依存していない分、顧客自らが商品に手を伸ばしたくなるだけの熱量を生み出させ続けなければならなくなることかもしれません。

ちなみにクラフトビール業界で確固たるポジションを獲得したブリュードッグですが、今や蒸留酒製造、ホテル経営、動画配信サービスなどにチャレンジしています。

出典:https://www.brewdog.com/usa/locations/hotels

苦境をチャンスに変えたリゾートホテル THIRD 石垣島

出典:THIRD 石垣島 公式サイトより
https://hotelthird.com/

この8つの行動指針のいくつかをクリアし、日本で成功していると感じる事例が、沖縄のリゾートホテル THIRD 石垣島です。

THIRD石垣島は、ホテルベンチャー起業家の佐々木優弥さんが立ち上げたひとつ目の自社ブランドホテル。資本やブランド力がモノをいうホテル業界ですが、創業1年目から各ホテル予約サイトで上位にランクインしている人気ぶりです。

その裏には、THIRD石垣島がホテルビジネスで実現したいミッションやコロナ禍での赤裸々なホテル・観光ビジネスについての情報発信、ファンと一緒に作り上げるサウナのクラウドファンディング実施など、リソース不足を逆手にとった施策がたくさん打たれています。

ブリュードッグやTHIRD 石垣島の事例をみていると、今はダイレクトに顧客と繋がることができる時代だからこそ、ソーシャルメディアなどを駆使して、顧客の「認知」と「プリファレンス」を獲得していくのが、やはりリソースに劣るブランドの王道の戦い方だと感じます。

まとめ

本日紹介した8つの行動指針をいくつか組み合わせ、市場での競争優位性を築き、小資本ブランドでも顧客に選ばれるポジショニングを確立するチャンスがあると感じていただければ嬉しいです。

結局のところ、リソースに欠ける小資本ブランドは、ある領域に全リソースを投入して一点突破していくのが吉だと、私の経験上感じます。

あなたに必要なのは、一点集中で磨き上げた、最初は一握りの人だけが熱狂するような商品を生み出すことだ。今や情報は自由に、即座に、世界中に届き、自分を支える熱心なファンとすぐにつながることができる。

出典:『ビジネス・フォー・パンクス』(日経BP、ジェームズ・ワット著)

また、今回のテーマは、ユーザーから好意を獲得し、何かしらのモノ・コトが選ばれる活動を広義のマーケティングと捉えると、SNS運営や個人発信活動にも活かせる話かと思います。

なにかと制約の多い小資本、個人ブランドではありますが、「寡をもって衆を制す」の思想のもと、小さなブランドだからこそできる打ち手を考え抜き、実践してみてはいかがでしょうか。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

参考:
『Eating the Big Fish: How Challenger Brands Can Compete Against Brand Leaders』(Wiley、Adam Morgan)
『確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力』(角川書店、森岡毅・今西聖貴著)
『ビジネス・フォー・バンクス』(日経BP、ジェームズ・ワット著)
『逆転の生み出し方』(文響社、アダム・モーガン/マーク・バーデン著)
『Think Simple アップルを生みだす熱狂的哲学』(NHK出版、ケン・シーガル著)

FINANCIAL TIMES「Punk rebellion: BrewDog’s crowdfunding investors start to lose faith」
https://www.ft.com/content/5ad0e222-a35b-4ae8-aa16-27f1feb964a5

Forbes JAPAN「躍進するクラフトビールブランド 過激なマーケティングと斬新な資金調達法」
https://forbesjapan.com/articles/detail/35220/3/1/1

 

記事執筆者

エルモ

マーケ思考のキュレーター。ビジネス・マーケティングをトピックに扱うニュースレターMarketing Media Labが人気。広告代理店にて、企業のマーケティング支援も行っている。
X:@elmo_marketing
ニュースレター:Marketing Media Lab
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