事業会社のマーケティング部門に所属する匿名マーケター・みる兄さんが話題のプロダクトを考察する連載の第5回は、ビーズソファやクッションなどのリラックスアイテムで知られるYogiboを考察します。アメリカで誕生したYogiboが日本国内で着実に認知を拡大し、売上を伸ばしていったのはなぜなのか、「認知」「配荷」「プレファレンス」の観点で解説していきます。
目次
今回のテーマは、Yogiboの日本国内の取り組みを森岡毅氏の著書『確率思考の戦略論』を参考図書として用い、そのマーケティング戦略とブランディングをひもといていきたいと思います。
2022年1月に入り、Yogiboと国内代理店契約を結ぶウェブシャークが米国Yogiboを買収してニュースになりました。SNSでも話題になっていたのでご存じの方も多いと思います。日本の販売代理店がブランド本体を買収する事例は、事業会社でサービス開発やマーケティングを担っている者として非常に強い関心を持ちました。
僕もYogiboユーザーなので、商品は以前から知っていましたが、Yogiboのマーケティング/ブランディング戦略の歩みを追っていくと新たな発見がありました。
Yogiboの成功要因
Yogiboは2004年にアメリカで生まれたブランドです(創業は2009年)。Yogiboの創業者兼CEOである エイアル・レヴィ(Eyal Levy) が妻のために自分でビーズソファを作ったのが起源です。
◆2004年 ──
私の妻が妊娠しました。彼女は“うつ伏せ”で寝るのが好きなのですが、妊娠したことで“うつ伏せ ”になれず気持ちよく眠れなくなってしまいました。
そんなとき、伸縮性のあるビーズソファのことを知りました。「これは、妻の悩みを解決できる」と考えて私は妻のために、すぐこのアイデアを実行しました。
こうして最初の大きいビーズソファは作られました。
出典:Yogibo「Yogibo誕生ストーリー“5th Anniversary”」
日本での正式な販売は2014年11月。アフィリエイトASP電脳卸などのデジタルサービスを展開していた、ウェブシャークが日本国内の正規代理店としてスタートしました。きっかけは、ウェブシャークの木村誠司社長が、個人でアメリカから「Yogibo」を輸入してユーザーとなったことです。当時は、商品が3万円、送料に7万円もかかる状況でした。木村社長は日本の販売代理店を探しましたが、見当たらなかったため、Yogiboアメリカ本社の社長あてにメールを送り、上海で直接面会して日本国内の販売代理店契約を締結したそうです。
Yogiboは日本での正式な販売から約8年で売上高が168億円を超えるブランドとなりました。特にここ最近では、総合格闘技「RIZIN」、世界最高峰の自動車レース「SUPER GT」など各種イベントへのスポンサーシップ活動、NiziUを起用してのTVCM、社会課題解決を目指す広告「TANZAQ」プロジェクト、兵庫県加東市のふるさと納税への採用など、さまざまな話題を生み出しています。
画像出典:Yogibo『年間冠スポンサー決定 開幕戦「RIZIN.27」は3/21(日)』
画像出典:Yogibo プレスリリース『Yogiboが国内最高峰の自動車レース SUPER GTに「GT300」で参戦』
画像出典:Yogibo『持続的な社会課題解決を目指す広告「TANZAQ」プロジェクトを始動』
Yogiboの販売チャネルは自社EC、楽天、Amazonのほかにも、着実に直営店を増やしています(現在のEC化率は約4割)。Yogiboの店舗は体験型の店舗形態が特徴です。
画像:筆者撮影
ギフトに人気という「Yogibo Mate」は、それぞれの動物に「ジム通いの“テディ”(T-レックス)」「勇敢な“ダニエル”(ドラゴン)」などの名前が付いています(画像:筆者撮影)。
また、期間限定のPOPUPとして展開している店舗も多いようです。2017年にYogibo正規取扱店の募集を開始し、ビックカメラなどでもYogiboコーナーを作り販売をしていましたが、現在は直営店のYogibo Storeが店舗数の大半を占めています。
Yogibo 店舗数の推移を表すグラフ:筆者作成
上記のグラフはウェブシャークのリリースから集計した店舗数の概算推移です(閉店数は除く)。現在は日本全国に86店舗(2021年12月時点)。2014年から毎年、着実に店舗数を増やしながらチャネル(配荷)を開拓しています。
また、YogiboのGoogle トレンド(指名検索数)データを見ると2020年に一気にYogiboの指名検索数が増えているのがわかります。
※指名検索の量が多い「ヨギボー」でデータを取っています。
Google トレンドのデータ(指名検索のボリューム)
多くのマーケターは、Yogibo のブレイクは2021年のNiziUによるTVCMがきっかけと思っているかもしれませんが、指名検索が大幅に増加したのは2020年の7月です。これは、日本人キャストで展開したTVCMの影響が大きく、一気に指名検索が増加しています。
画像出典:Yogibo プレスリリース『Yogibo初 日本人モデル起用のテレビCM「あなたはどう使う?Yogibo」篇 全国放映開始』
なお、Yogibo のTVCMは2020年が初ではなく、2017年が初めての放送だったようです。出稿量の判別はできませんが、2017年のTVCMはそれ以降のTVCMのテストマーケティングの意味合いもあったのかもしれません。
2017年に放送された日本初のTVCM。美術品の盗難事件を前に、刑事や警官、美術館の館長、犯人までもがYogiboに座り、動けなくなっている。画像出典:Yogibo プレスリリース『米国ビーズソファブランドYogibo上で繰り広げられる「美術品盗難事件」| Yogibo Japan が初のTVCM放送開始。』
そのうえでYogiboの認知度を確固たるものにしたのが、2021年よりスタートしたNiziUを起用したTVCMです。
画像出典:Yogibo プレスリリース『Yogibo 新CMキャラクターにNiziU 起用 NiziU史上初、メンバー9人の部屋着姿が貴重な “オンとオフ”をテーマとしたTVCM「わたしが 、ゆるんでいく」編 7月1日(木)より放映開始』
また、YogiboはTVCM以外に日本展開の初期からTVの情報番組やバラエティへも定期的に露出しています。調べた限りでは、番組スポンサーではなさそうなので、PRチームが非常に優秀なのかもしれません。
バイキング生放送終わって
撮影しております(=゚ω゚)ノ今日、紹介したヨギボー
軽くて持ち運びにも便利☺️#バイキング #ヨギボー pic.twitter.com/qvMPB6KGKr— 山本彩 (@SayakaNeon) April 17, 2015
TVCMで指名検索数が一気に伸びた2020年以前と比較してみると、店舗数の推移とGoogle トレンドの推移が近いことがわかります。
店舗数の拡大に合わせて、認知を高める広告戦略を組んでいたのか、それとも店舗が展開されることで商圏の認知が高まっていたのか、その両面かもしれませんが、Yogiboのマーケティングは、森岡毅氏の著書『確率思考の戦略論』に記載されていた経営資源の配分の理論に近い戦略を組んでいます。
戦略、つまり経営資源の配分先は、結局のところPreference(好意度)、Awareness(認知)、Distribution(配荷)の3つに集約されるのです。その中でも無限の可能性を持っているのはプレファレンスのみですから、戦略の究極的な焦点は消費者プレファレンスを高めることです。
私の経験上、問題のあるビジネスのたいていはプレファレンス以前に、「認知」と「配荷」にわかりやすい大きな問題があります。認知と配荷は、それぞれの割合によってブランドの可能性を一気に制限してきますので、これを広げることは効果抜群です。
出典:『確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力』(角川書店、森岡毅・今西聖貴著)
ビジネスは限りある経営資源をまずは「認知」と「配荷」に取り組むべきと森岡氏も著書で言っています。
Yogiboのマーケティングは、出店して着実に「配荷」を増やし、時機を見てTVCMで「認知」を高めています。このマーケティング戦略は一見シンプルに見えますが、投資のタイミングが非常に重要になります。
マーケティング戦略の失敗例でよくあるのが、ブランドの導入期に「認知」を高めるプロモーションに予算の比重を置いてしまい、「配荷」が弱く、短期的に上がった「認知」から売上が生まれなかったケースです。また、店舗展開を急ぎすぎたあまり、「配荷」に対して「認知」が上がらずに投資回収ができず、撤退してしまうケースも見られます。
Yogiboを展開するウェブシャークが「認知」と「配荷」の投資タイミングを見極められたのは、もともとアフィリエイトASPを自社開発しており、ブランドの広告予算と獲得コストに対しての知見が高く、初期からデータを基にしたマーケティング戦略を組んでいたのではないかと予想します。また、Yogibo のEC化率は現在でも40%と一般的な小売りよりも高いことも大きいと考えられます。「認知」と「配荷」にかける投資の順番とタイミングこそがYogiboのマーケティングの強さとなっています。
ブランドがプレファレンス(好意度)を高めるには
森岡氏は『確率思考の戦略論』では「プレファレンス」=好意度の重要性についてたびたび触れています。
少し余談ですが、『確率思考の戦略論』ではいくつかの数式が出てきます。“負の二項分布”、“ガンマ・ポアソン・リーセンシー・モデル”は統計学やデータ分析になじみがない人からすると難解です。書籍のエッセンスを実際のビジネスに生かすには、まずはマーケティングにおける「変数」を意識するのが良いと思います。
年間購入者の全世帯に対する割合
=(認知率)×(配荷率)×(過去購入率)×(エボークト・セット率)×(年間購入率)
※エボークト・セット率…購入候補であるいくつかのブランドの組み合わせから選ばれる割合
出典:『確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力』(角川書店、森岡毅・今西聖貴著)
上記の式を基に自社の年間売上を上げるには、著書の中で出てくる、
- 自社ブランドへの“プレファレンス”を高める
- “認知”を高める
- “配荷”を高める
この3つの変数に着目すべきでしょう。
その中でも、プレファレンスを高める方法を考えていきます。
『確率思考の戦略論』の中で、プレファレンスを高めるには下記の3項目が重要と書かれています。
- ブランド・エクイティ
- 価格
- 製品パフォーマンス
作成:Marketing Native編集部
価格と製品は商品そのもの魅力です。ブランド・エクイティは、アーカーが提唱したモデルとケラーが提唱したモデルがあります。
今回は、ケラーが提唱したモデルでブランド・エクイティを考えていきます。
レベル1 :ブランドの認知(Brand Identity) ブランドの突出性(Salience)
レベル2 :ブランドの意味付け(Brand Meaning) 特徴の理解(Performance)、印象・イメージ(Imagery)
レベル3 :ブランドに対する反応(Brand Response) 理性評価(Judgements)、感性評価(Feelings)
レベル4 :ブランドとの関係性(Brand Relationships) 共感や同調(Resonance)
参考:『戦略的ブランド・マネジメント』(東急エージェンシー、ケビン・レーン・ケラー著)
上記のモデルを大まかに解説すると、ブランドの名前を知り、区別できる状態がレベル1。そのブランドの特徴を知った状態がレベル2。製品と体験で高い評価を持っている状態がレベル3。そのブランド自体に共感、同調しロイヤルティが生まれている状態がレベル4です。
顧客とブランド関係がブランド・エクイティのレベル4「共感や同調(レゾナンス)」になるにはどうすればよいのか?
たとえば、ブランド自体の創業者のミッションやバリューを顧客に伝え、強い共感を生むことも有効です。Yogiboも創業者の強い使命感から生まれたブランドであることをブランドストーリーとして伝えています。
そんな中、森岡氏が書籍で触れた無限の可能性のある「プレファレンス」を高めるひとつの解として、Yogibo が実践しているのが、「応援している人(団体/カテゴリー)を応援するブランド」としてのスポンサーシップ活動です。
僕も普段、事業会社でブランドの戦略を担い、さまざまな施策を考えてきました。その中でも、「イベント/アーティスト/スポーツ/エンターテインメントへのスポンサーシップ」の価値については、あまり腹落ちしていませんでした。
「このイベント協賛費用で、何人の来場者でどのくらいの認知がとれるのか?」「その費用対効果なら、純粋に販売につながる広告を出したほうがよいな」――そんな会話をしていました。
しかし、今回記事を書くにあたってYogibo が「RIZIN」やWEリーグなど、早くからeスポーツのスポンサーをしているのを知り、自分の考え方に変化が生まれました。
ブランド・エクイティのレゾナンスとしてのスポンサーシップは単発ではあまり意味がありません。生活者はその時の一回を応援しているのではなく、対象のイベントや選手、アーティストを長期的に応援しています。生活者に「同じスタンスで長期的に応援してくれるブランド」として認識されるまで継続しなければ、プレファレンスは生まれないのです。
この気づきに至ったのは、ここ数年で僕が特定のプロスポーツクラブの熱狂的なサポーターになったからかもしれません。そのクラブの存続のためにはスポンサーのおかげであることを理解し、同じカテゴリーで購入する際は、自分が応援するクラブのスポンサー企業のブランドを選択するようになりました。
この消費者行動は、まさに『確率思考の戦略論』に記載されている、エボークト・セットに入る確率を高めることに寄与しています。
また、Yogiboのスポンサーシップは製品コンセプトにも非常にあっていました。格闘技/野外フェス/イベントなど人々に熱狂を生む場所でリラックスして視聴体験できる場=Yogibo 。この切り口をブランド・エクイティとして確立すると、Yogiboの競合カテゴリーが変わってきます。
製品機能と価格のみでは、ビーズクッションのカテゴリーで使用感やコストパフォーマンスで比較されるでしょう。そこから拡張して、通常のソファー/インテリアとしてのカテゴリーで比較されると、「日常でよりリラックス体験が得られるのはどちらか?」と市場が一気に広がります。さらに、エンターテインメントやエキサイティングな空間にもリラックスを提供する。これがブランドの価値となると、自分のためのインテリアではなく、誰かのためのギフトとしても価値が生まれてくるでしょう。
このような活動により、Yogibo はエボークト・セットを「ビーズクッション」から「リラックスを提供してくれるもの」に変えていっていると感じます。
―おわりに―
今回、直近でニュースになったYogiboをテーマに、何度も繰り返し読んでいる森岡毅氏著の『確率論の戦略』を照らし合わせて考察してみました。Yogiboの過去の歩みを調べながら、自分がブランドローンチ時に、配荷の棚を獲得しやすくするためにローンチイベントなど初動の認知形成用に予算を厚めにとったものの、結局初動の配荷がままならず投資のバランスが悪くなり、その後ブランドが苦しい状況になったのを思い出しました。
マーケティング従事者としては、『「配荷」と「認知」そして「プレファレンス」の3つをどのくらいの予算でどの時期に仕掛けていくか?』を計画し、実行することこそがマーケティングとブランディングの醍醐味なのではないでしょうか。Yogibo は「配荷」と「認知」のバランスとアクセルを入れるタイミングが絶妙だったと思います。
そして、Yogibo のように尖った製品を携え、プレファレンスに寄与するさまざまなスポンサーシップ活動を実施している世界的なブランドがあります。
それがレッドブルです。
レッドブルの着想は日本の栄養ドリンクです。製品機能や成分推しではなく、「人々とアイディアに翼を」をヴィジョンとして、その価値を拡張することで世界的なブランドとなりました。
レッドブルは単なる飲料ではなくエキサイティングな体験であり、スリルや冒険である
出典:『レッドブルはなぜ世界で52億本も売れるのか』(日経BP社、ヴォルフガング・ヒュアヴェーガー著)
両社のブランドに共通するのは、点でのブランディング活動ではなく、ブランドのヴィジョンに基づき、円を描くようにスポンサーシップのカテゴリーの重なりを広げていることです。
作成:Marketing Native編集部
「ブランド・エクイティを高めるためには?」との問いに、多くの場合は創業者のストーリーの共有や企業の社会的な活動の実践を事例として見ます。そこに加え、Yogiboが実践してきている「応援している人を応援しているブランド」の活動により、ブランド・エクイティを共感や同調の状態まで高める歩みは稀有な存在でした。
Yogibo には、日本国内だけでなく、世界に向けて強く魅力的なブランドへと進化していってほしいと感じました。
製品画像提供:ウェブシャーク
参考:
ch FILES『「社長に会いたい」ヨギボー社長×高校生対談〜ヨギボーを日本で販売するために米国社長に直談判!』
『確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力』(角川書店、森岡毅・今西聖貴著)
『戦略的ブランド・マネジメント』(東急エージェンシー、ケビン・レーン・ケラー著)
Red Bull