メディアやSNSなどで大量に発信される情報、読まなければならない書籍の山。マーケティング業務の従事者の中には情報の海の中で溺れそうになりながら、「毎日どれだけの情報収集をすれば良いのか」「もっと効率的にインプットできる方法はないか」と頭を抱えている人もいるのではないかと思います。
そこで今回は、電通やメルカリを経て、現在「株式会社NORTH AND SOUTH」のファウンダー/マーケティングディレクターとして、企業のマーケティング・ブランディング支援や新規事業開発をサポートする「なんぼー」こと南坊泰司さんに、マーケティング思考の鍛錬に役立つインプットの方法について寄稿いただきました。
目次
確実な前進をもたらす3つのインプット手法
普段読んでいるマーケティングネイティブから寄稿依頼を頂いた。私は体系的にマーケティングを教えてもらえるような企業出身ではない。大学でマーケティングを学んだこともない。言わば野武士のようなキャリアを歩んできたと言える。
そんな私がマーケティングの錚々たる面々が並ぶメディアで何をお伝えすれば、読者であるマーケティングに携わる皆さんに有益だろうか。独自のフレームワークを持っているわけでもない私が伝えられて、皆さまに確実に役立つこと。そして再現性があること。
それはマーケティングの源泉となるインプットのやり方ではないか、と考えた。私は野武士的にマーケティングを磨いてきたが、足りないものを補うために人一倍やっていることが1つある。それは多様なインプットを毎日やり続けるということだ。
インプットというものは、やり方に多少の個人差はあれど、誰でも共通して実行できるアクション。積み重ねることは難しくない。加えていえば、本日私は3つのインプット手法をお伝えするが、その3つとも基本的にお金はかからない。誰でもできる。スキルも不要だ。つまり、いま大学生でマーケティングを志している方でも、将来マーケティングに携わりたい方でも、あるいはいまマーケティングの最前線で戦っている方にでも、少しは役立つ内容である。そう考えている。
なぜインプットすれば、マーケティングの役に立つのか。答えは簡単。「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何物でもない」からだ。(アイディエーションの名著と言われるジェームズ・W・ヤング『アイデアのつくり方』より引用)
この世は「誰かが自分なりに考えたことやモノ」で溢れている。それは完ぺきな正解ではないかもしれないが、少なくとも「誰かなりの論理」で作られたもの。その全てがヒントになる。これらを自分の中に一度取り込み、ごちゃまぜにする。そして自分に突き付けられた課題に対して組み上げる。この繰り返しでクオリティは確実に上がっていく。
もちろん、誰もが見たことのない目覚ましいアイデアや、聞いた人が驚き感心するような美しいアイデアを閃きたい人もいるだろう。しかしそうしたアイデアを創り出した人々も完全なゼロから作っているわけではない。インプットを繰り返すことは確実な前進をあなたにもたらす。そう信じて、3つの手法をお伝えしたい。
冷凍食品は強い定番商品とコンセプチュアルな新商品が混在。エッジの効いた存在感を求められる新商品ウォッチが楽しめる。
マーケターなら実践したい、インプットのコツ
1.情報は大量にインプットする
マーケティングに携わる人で、情報収集をしないという人はいないだろう。ではあなたはどう情報収集しているだろうか?日経新聞を隅から隅まで読む?マーケティング本をたくさん買って読む?LINE NEWSをナナメ読みする?
私が勧めるのは「できるだけ多くの情報に、雑でいいから毎日触れる」ことだ。情報ソースはなんでもいい。日経新聞でも、経済ニュースのWEBメディアでも、マーケティングネイティブでも。大切なことはできるだけ多く触れること。最低でも10程度の情報ソースを毎日見よう。私は毎朝30サイトほど見ており、その他にTwitter、NewsPicks、はてなブックマーク、PRTIMESも見ている。
それだけの量をちゃんと確認していたら時間がいくらあっても足りないと思うかもしれない。しかし1サイトに掛ける時間は1~2分程度で構わない。トップページをバーッと見て、自分の興味のある記事だけをナナメ読みする。それですぐ次のサイトへ。またトップページを見て、自分の興味ある記事を読む。トップページを見て興味をひかれなかったら、それだけで次のサイトに行っていい。
幅広に見ることが大切だ。情報源は偏ってはいけないというのがセオリー。「エコーチェンバー現象」という言葉を知っているだろうか。エコーチェンバーとは反響室のこと。どんな言葉を発しても、必ず反響して同じ言葉が返ってくるような反響室のような環境で長く暮らすと、偏った思想信条になってしまう、という現象のことである。
「自分が読みやすい数少ないメディア」だけに接していると、必ずインプットが偏ってしまう。そうなると自分の了見も狭くなっていく。1つのメディアを深く掘って考えが凝り固まるよりも、雑でいいから大量の情報に触れることで、自分の視野を広げていくのだ。
見出しだけを眺めてもいい、という理由はシンプルで、メディアの記事における核心は基本的にタイトルにあるからだ。記事全体で最も言いたいことをタイトルに込めるのが普通であり、だからこそトップページの見出しだけを眺めるだけで十分なインプットになる、ということ。
大量に眺めるメリットはもう1つある。それはたくさんの点を打てば、いつか線になるということ。大量に情報をインプットすると、あるときニュース同士がつながるときがある。この「つながる瞬間の体験」がとても大切。自分の中でロジックがつながり、ニュース同士が結びつくアハ体験が自分に起きることで、そのニュース群からのインプット情報は深く脳裏に焼き付く。単純に情報を仕入れるよりも、より深い理解が生まれることで、より強いインプットになる。
この現象はニュースに多く触れ、点を打ち続けることでより高頻度で起きるようになる。このサイクルを作ることができれば、インプットはより広く深くなっていくのだ。
2.売り場を定点観測する
自分の部屋に泥棒が入った。そのことに気づくきっかけとして多いのが、「いつもの場所に置いてあるモノの位置が変わっていた」ことだそうだ。人は毎日見ている光景であれば、1つだけでもモノの位置が変わっても違和感に直ぐ気づくもの。つまり、同じ場所を同じ視点で観察し続けると、容易に変化に気づけるのだ。
この法則をあなたの家の近くのスーパーと、コンビニ、そしてドラッグストアの3つの店舗で実行してみよう。今までは何も考えずに店内を回っていたかもしれないが、注意深く店内を観察するようにしよう。今までより、1.5倍程度時間をかけるだけでいい。「観察しよう」という気持ちで見るのと、何も考えずに「目に入る」ことは大きく異なる。大切なのは「観察しよう」という気持ちだ。最低でも1週間に一度3つの店舗に行って観察してみる。
1か月もすれば驚くほど流通店舗の棚は変化していることに気づくはずだ。飲料やカップラーメンなどは毎週のように新商品が出ている。アイスの棚は季節で変わっている。弁当などのチルド製品は内容は変わっていないが商品名が変わっていたりする。そもそも棚の位置が変わっている。
流通の店頭はこの日本で最も厳しい弱肉強食の世界の1つである。少しでも売れなければ、一瞬で棚落ちするシビアなフィールド。この激烈な競争に生き残るために、各メーカーは様々な手立てを使って新商品を投入しているのだ。この新商品に着目しよう。
toC、生活者向けの商品は、生活者のインサイトやトレンドを鮮明に捉えている。例えば「マリトッツォ」が流行したら、1か月・2か月程度で新商品として現れる。爆盛、激辛、小腹満たしサイズ、などなど。流通店頭を見ていれば、トレンドを見逃すことはないだろう。新商品を見たら、必ずその「意図」を考える。どんな企画書で社内の会議に通ったのだろうか。どんなエビデンスを元にしたのだろうか。それを想像するだけで1つのトレーニングになる。
toC向けの商品のほぼすべては明確にターゲットとコンセプトが存在する。ビジネス構造をトレースするのは思わぬ見誤りを招く可能性もあるが、toC向け商品ならその心配は少ない。店頭を眺めるだけで、多くの企業の担当者の頭脳を追体験できる。なんと効率的なトレーニングだろうか。
面白いのは、生活者向け商品は「外れ値」も一定存在すること。生活者向け商品は競争が激しいゆえに、どう考えてもなかなか説明がつかないような新商品が登場することがある。そしてこうした簡単に説明できない商品こそが、ヒット商品に化けることがある。説明のつかない商品こそよく考えてインプットとして取り込むことで、図抜けたアイデアを鍛えることもできるのだ。
毎日の買い物、通勤の帰り道で簡単にできるインプット、ぜひ試してみて欲しい。なお、特に定点観測すべき変化が大きい商品を3つ教えよう。
1つ目は「缶のお酒」。飲料は特に変化の大きい商品だが、アルコール飲料は通常の飲料に加えてより機能性と情緒性のバランスを求められる難しい商品であり、思考実験として非常に考えがいがある。
2つ目は「冷凍食品」。冷凍食品は強い定番商品とコンセプチュアルな新商品が混在するカオスなジャンルである。定番商品が非常に強いこともあり、新商品はエッジの効いた存在感を求められるため、新商品ウォッチが強く楽しめるジャンルと言えよう。
3つ目は「コンビニのチルド商品」。弁当や小鉢、パスタなどの棚に並んでいるラインナップ。移り変わりが非常に速く、定番商品であっても常に改善を求められる商品群である。パッケージも存在しないため、訴求も商品名もコロコロ変わる様は超エキサイティング。
インプットで一番難しいのは、やはり…
3.瞬間の思考を記録する
1つ目と2つ目を心掛けたあなたは、1か月も続ければ大量のインプットが生活に入り込んでいるはずだ。そしてそれと並行して日々の仕事やプライベートも変わらずにあなたの生活に存在する。そうして暮らしていると、インプットをした瞬間に様々なことが否応なく頭に浮かぶようになる。
この「頭にポッと浮かんだ考え」を絶対に逃してはいけない。人は驚くほど多くのことを日々の生活で考えている。そしてそのほとんどを忘れていく。忘れていく95%の考えの中に、実はアイデアのタネが隠れているのだ。あなたはアイデアを考えつかないのではない。考えついているが、そのほとんどを忘れていると思った方が良い。
頭によぎった考えを適切に自分のアイデアのタネとしてストックするために行う、インプットのためのアウトプット。それが思考を記録するということだ。やり方は簡単。手元のメモ帳でも、スマートフォンの音声メモでも、Twitterでもなんでも構わないので、思ったことをできるだけそのまま記録する。ヘンに編集したり、解釈をしてはいけない。これはあくまでアイデアのタネであり、加工してアウトプットにするのは別の機会に譲ろう。
あなたが一番ストレスなくできるやり方がいい。書くのが一番楽なら書こう。小さい手帳に書くのが苦手ならチラシの裏紙にでも書こう。音声メモが楽なら音声で記録しよう。幸い最近の音声認識は非常に質が良い。Twitterのサブアカウントを作って呟くのも良いだろう。ちなみに私はLINEのメモに音声認識で吹き込んでいる。
この話を科学的に言うのであれば、「短期記憶」を「長期記憶」にするということ。あなたの頭に浮かんだ考えはすなわち思考であり、丸暗記された情報ではない。この思考は単なる情報よりも長期的に残りやすいモノ。これを記録することで、長期記憶、すなわち側頭葉に恒久的に保存される資産に変えていくきっかけにするのだ。
4.最後に、たった1つの大切なコツ
これら3つの手段は、どれも時間はかからない。しかも無料だ。時間がかからず、お金もかからないなら、実行するのは簡単なように思える。
しかし残念ながら、この長ったらしい文章をここまで読んでくださったあなた方であっても、7割の方はきっとこの3つをやることはないだろう。残り3割の「試しにやってみよう」と思ってくださった方もそのほとんどが1か月後には忘れているだろう。
インプットで一番難しいのは、続けることだ。一念発起して買った本が積まれていくように。定期購読した日経新聞が緩衝材になっていくように。ほとんどの人が続かない。だからこそ、たった1つの大切なコツは続けるということ。あくまで私が紹介した3つのやり方は、私のやり方。参考になるかはわからないが、自分が続けられるやり方を編み出して、毎日何かしらのインプットを続けてもらえるきっかけになれば幸い。
Profile
南坊 泰司(なんぼう・たいし)
株式会社NORTH AND SOUTH ファウンダー/マーケティングディレクター。
株式会社南マ研代表。電通にてデジタルからマスまでを横断するメディアプランニング、顧客分析に基づくマーケティング戦略立案、メディア PDCAツールSTADIAの開発運用などを担当。メルカリのマーケティング・マネジャー、OMO(Online merged offline)戦略チームリーダーを経て、NORTH AND SOUTHを設立。マーケティングに関する講演歴多数。
マーケティングやクリエーティブのニュース、考察をシェアするTwitterが人気。
@architectizm