新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大の影響によって、巣ごもりの時間が増え、自宅で料理をする機会が多くなった方はいませんか。
最近の自炊は「時短」や「節約」だけでなく、その対極と言っても良い調理ブームの傾向がみられるそうです。では、そうした食トレンドの潮流を受けて、マーケットはどのように変化しているのでしょうか。
食ビジネスの動向やトレンドを届ける「FoodClip」で編集長を務める渥美まいこさんに原稿を寄せていただきました。
目次
【寄稿】
衣食住のひとつである「食」は世の中を強く映し出す。
1日に3回、年間で1,095回も「何を食べるのか」を考えるわけだから、その時々の環境や気持ちが反映される。それが「食のトレンド」として可視化され、認識されてゆく。
コロナ禍以降も食のトレンドがたくさん生まれているが、今回はその中でも、自炊の新潮流について紹介していきたい。それは「ウェルビーイングなクッキング」というものだ。
“ウェルビーイングなクッキング”への関心が高まる理由
「ウェルビーイング」とは、肉体的にも精神的にも、社会的にも、すべてが満たされた状態(well-being)にあることを指し「よりよく生きる状態」と意訳されることもある。
「ウェルビーイングなクッキング」とは、そんな満たされた状態を求めて作る料理のことで、言い換えるなら、自分自身を上機嫌にするための自炊と言うこともできる。注目される背景には、コロナ禍による慢性的なストレス状態といくつかの社会的変化、たとえば、
- 在宅時間が長くなり、自炊する機会が増えたこと
- 移動が制限され旅行やカラオケなどの体験がなかなかできないこと
- コンビニや惣菜などテイクアウト食品へのマンネリ感
- レストランと心理的にも物理的にも距離がうまれてしまったこと
があげられる。もちろん、これまでも気分転換として料理を楽しんできた方は一定数いたと思うが、それがコロナ禍によって裾野が広がったところがポイントだ。旅行や飲み会を通じてウェルビーイングな状態をたもっていた層が、その役割を料理に求め出したということだろう。
手間のかかる「スパイスカレー」や「焼豚」を
作りたくなるのはなぜか?
では「ウェルビーイングなクッキング」はどのような料理か?
それは、手軽さや時短を重視した料理とは対極のもので不要不急のクッキングだ。「作らなければならない」ではなく「作りたい、作ってみたい」の感情が先にたつという点が特徴と言える。
具体例として「スパイスカレー」をあげてみよう。2017年頃から大阪の専門店を中心に話題になり、無印良品のレトルトカレーブームを追い風に日本中に知れ渡った。今やたくさんのレシピ本が発売されている。
下記のグラフはクックパッドでの「スパイスカレー」の検索頻度の指数で、2017年頃から上昇し成長を続けている。2020年の成長率は前年同期比で171%、2021年も伸びている。
出典:クックパッド 食の検索データサービス「たべみる」 2020年クックパッドでの「スパイスカレー」の検索頻度
作った方ならわかると思うが、スパイスカレーはお金も手間もかかる。
この料理においては、現代人の好む「効率性」は存在せず、食べたいだけならコンビニで買うか、無印良品のレトルトカレーを開封するほうが合理的な選択だと言える。
それでもスパイスカレーを作る理由は、作ることも楽しみのひとつであることに他ならない。
スパイスカレー作りは瞑想と似ている。誰かに邪魔されることもなく、黙々と玉ねぎを飴色に炒めていると、それまで頭を占領していた悩みやタスクから少しだけ解放され、煮込む鍋の音を聞いていると、自然とフロー状態(※)に入り込めて思考がクリアになることも多い。サウナやキャンプと同様に自分自身と向き合える良い時間なのだ。
スパイスカレーに限らず、「チャーシュー」の2020年の検索頻度は前年比117%、「ローストビーフ」も107%伸長している。コロナ前はあまり日の目をみなかった「手間のかかるメニュー」が作られるようになったのは、料理に求めることがこのように多様化したからだろう。
※フロー状態:ある活動に没頭し、集中している状態のこと。
画像はイメージ。
注目は「リラクゼーション」食品飲料
ここまでに紹介した自炊の新スタイルのほか、成長を続けるエナジードリンク市場でも、ウェルビーイングに通じるリラクゼーション商品「CHILL OUT」が、2021年4月からは新テレビCMを打ち出している。
ボタニカルシャンプー「BOTANIST」をもつI-ne社と日本コカ・コーラ社の合同会社のEndianの商品で一見、エナジードリンクのような外見だが効果は真逆。GABA20㎎、テアニン70㎎(ともに100mlあたり)、ヘンプシードエキス、ホップエキスが配合され、飲んだ人をリラックスした状態へ導くという。
注目されるリラクゼーション食品は他にもある。CBD(カンナビジオールという大麻草の種子や茎から抽出される成分オイル)なども、関心の高まりに伴い取り扱うブランドが増えているし、CBDを配合したビールが静岡県のクラフトビール醸造所・West Coast Brewingから発売され、すでに反響が著しいと聞く。
癒し食品・飲料の王座を勝ち取るのは誰か
「癒されるために作る・飲む・食べる」マーケットは、コロナ禍が収束しても廃れることはないだろう。コロナ禍はあくまでマーケットの立ち上がりを加速させただけに過ぎない。日常を取り戻した後も、オンラインで24時間接続できることで「仕事」と「休息」の境界線が溶け続ける限り、「一瞬でリラックスしたい、没入したい」というニーズが消えることはない。
一方、「癒される食品・飲料といえば△△△」といった生活者の圧倒的なマインドシェアを勝ち取ったブランドはまだ存在せず、大手食品メーカー各社や食品のD2Cブランドが今後どのようにアプローチしていくのか注目していきたい。食や料理の多様化は一層高まっていくだろう。
参考
【Endian×九州大学医学部発ベンチャーUM】日本初*リラクゼーションドリンク「CHILL OUT(チルアウト)」が脳に与える影響を脳神経科学的視点から解明(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000012.000048100.html)
Intage 知る Gallery「エナジードリンク市場~市場急成長の要因を探る~」(https://www.intage.co.jp/gallery/energydrink/)
Newsweek「いま、エナジードリンク時代が日本に到来している」(https://www.newsweekjapan.jp/nippon/season2/2021/03/317999_1.php)
Qetic「初回販売分即完売で話題のCBD入りビール『Starwatcher CBD』が追加販売スタート!」(https://qetic.jp/food-gourmet/westcoastbrewing-210422/394995/)
Profile
渥美まいこ
1986年生まれ。食のビジネスメディア「FoodClip」編集長。
noteのフォロワーは2.3万人、食品や食のトレンドに関する記事が人気。
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