中高年の転職は珍しくなくなりました。それでも30代後半から40代初めにかけては、「今の会社にずっと勤めるのだろうか」「自分はこういう人生だったのか」などと考えてみたり、「このままリストラされず、大過なく定年退職を迎えたい」と不安に思ったり、独立を模索するなど、キャリアについて思い悩む機会が増えがちです。
取材をしていても、「マーケターとして、40代からどう生きていくべきか」と悩みのような言葉を口にする人が少なくないと感じていました。
そこで今回は、人生の先輩マーケターである株式会社かげこうじ事務所代表の鹿毛康司さんに、40代以降に後悔しないマーケターの生き方、働き方について話を聞きました。
(取材・文:Marketing Native編集部、撮影:海保 竜平)
目次
60歳に備えて、お金の準備を
――鹿毛さんも40代で転職という転機を迎えられましたが、あらためてこれから40代を迎えるマーケターは何をすべきか、どう生き残るべきかについて教えてください。
最初に言いたいのは「気をつけないと、すぐ60歳になるよ」ということです。まずこれが大事。60歳になるまでに資産を増やしてください。厳しい言い方をすると、お金の準備ができていない人は、社会的に選択肢が少なくなると思っています。年齢とともに厳しくなることが発生します。

――厳しいですね。
厳しいです。厳しいとわかっているけど、皆さん資産を作ることから逃げているように見えます。みんないずれ歳をとります。60歳になる現実から逃げているのです。「何とかなるさ」と思っているかもしれませんが、何ともなりません。何ともならないから、生きていくために気乗りしない仕事をしなければいけないケースも出てきます。世の中に対して楽しくて、生き生きとしたものを生み出していくマーケターが60歳を過ぎて、気乗りしない仕事をしている姿は想像つかないですよね。
もし今30歳なら新NISAを始めるなど、お金の準備を始めましょう。30年間の年月があれば、必ずやある程度の資産が形成できます。60歳に向けて資産を作れる能力はマーケターならば持っていなければいけないと思っています。

あなたの仕事は、本当にマーケティングなのか?
――ありがとうございます。身に染みるお話です。
話を揃えるために、アメリカのマーケティングの定義をまずは簡単にご紹介します。マーケティングとは、世の中に価値のあるものを作って、それを届け、提供する、伝える。そのことによってお客さまや依頼人、パートナー、社会全体が喜ぶ全てのプロセス、活動のことだと言っています。つまり、マーケティングはひと言で言うと、ビジネスを通して世の中に役立って、みんなに幸せになってもらう活動とも言えます。皆さんそれぞれにマーケティングの定義が違うと思いますが、ここではこの定義で話を進めさせてください。
(編集部・註)
Definition of Marketing
Marketing is the activity, set of institutions, and processes for creating, communicating, delivering, and exchanging offerings that have value for customers, clients, partners, and society at large. (Approved 2017)
出典:AMERICAN MARKETING ASSOCIATION「Definitions of Marketing」
では、あなたの仕事、それはマーケティングですか?例えばWebを作って集客し、お客さまを流動させてコンバージョンを獲得する――。それもマーケティング活動なんですが、一部です。ひょっとしたら自分のことだけを考えた行動になっているかもしれません。
――価値あるものを届けたいから集客をするということですよね。
そうですね。しかし、集客しコンバージョンをすることだけに特化したものをマーケティングの全てだと思ってはいけないと思います。
逆に、上位概念で「世の中を良くしよう」と蘊蓄ばかり言っている人もマーケターではないかもしれない。マーケティングには、デジタルオペレーションなところもあれば、上位概念もあります。40代になったらもう先がないと感じるのは、若い人の多くが、例えばデジタルオペレーションの世界だけがマーケティングと思っているからなのではないでしょうか。年齢が上がるほどに、自分がやるべきマーケティングの領域はもっと上位概念のところをカバーしなければいけないと思います。今やっているマーケティング領域だけにこだわっていると40歳を過ぎて居場所がなくなるのかもしれません。
マーケティングとは本来、ビジネスを通して世の中を幸せにする全ての活動のことを意味します。自分が40歳になったとき、どんなマーケティングをするべきかを問うたら視点も変わるでしょう。
例えば、先日もスープストックトーキョーの松尾真継社長(現・取締役副社長兼CFO)にお会いしました。離乳食の件が大きくTwitter(現X)で炎上したときに彼が何をしたかというと、6ページにわたって自分の思いをまず書いたそうです。そしてその思いを副社長らと一緒に1枚にまとめた、と。日頃から「我々はただのスープ屋ではない」「スープを通して心の体温、世の中の体温をあげるんだ」と言い続け、1,000人以上いる従業員にもその理念を訴え続けていました。離乳食提供をめぐってTwitterで賛否が飛び交う中、1週間、勇気を振り絞って自分たちの考え方や姿勢をお客さまと従業員に真摯に説明し、従業員もその理念をもとに接客をしたわけです。かなりの恐怖だったと思います。
「私はマーケターではありませんけどね」と松尾さんはおっしゃっていましたが、ものすごいマーケティングですよ。蘊蓄ではありません。世の中にスープストックトーキョーという存在と価値を広く認知させることもできました。40代になったらこういうマーケティングにも取り組んでみたくないですか?
――ということは、若い人たちに交じってデジタルオペレーションなところに留まっているのではなく、年齢相応な階層へ行くために自分を変えてみようということですか。
デジタルオペレーションも重要ですし、確かにマーケティングです。しかし、それだけではありません。もっと上位概念のマーケティングがあるのだから、その勉強をしてはどうですか、という意味です。個人の価値観によるでしょうが、40代にふさわしいマーケティング、50代にふさわしいマーケティングはあると思います。ただし人数が減ってきて、選ばれし40代、50代のマーケターだけになるでしょう。どんな人が生き残れるかというと、年齢相応な階層へ行くために自分を変える必要があると気づいて、勉強していた人です。気がつかず、勉強もせずに、努力もしていないと困るかもしれません。

キャリアの不安を感じる前に、やっておくべきこと
――とはいえ、現実問題として、若い人がどんどん出てくる中で、40代前には自分の可能性の限界が見えてきます。そうすると「実力がついたので独立して勝負しよう」という人は別として、「このまま安泰に暮らしたい」という人もいれば、「この先、自分のキャリアは大丈夫なのか」「ずっとこの会社にいていいのか」と思う人もいるでしょう。会社からも1on1などの場で「今後について、何をしたいのか」などのヒアリングが入ってきて、時にはつらい思いをすることもあります。そんなときはどうすべきか、先輩として何かありますか。
先輩として?転職ですね。こんなに転職がしやすくなった時代なんですから。
私は事情があって42歳の時に転職しました。会社で不祥事があり、それを機に転職したのです。当時は40代の転職市場はとても厳しいものでした。
――あれ!?鹿毛さんらの活動を取り上げたNHKの特番を見たエステーの鈴木喬社長(現・会長)にすぐスカウトされたのではないのですか。
それは取材ネタでそうなっているだけ。ドラマの『不適切にもほどがある!』のような時代に、20年間、1社で働いてきて、転職先などそう簡単には見つかりません。人材紹介会社を通じて3カ月間、転職活動をしたけど、全部ダメでした。
もう社会から抹殺されると思いましたね。ヘッドハンティングの人も「本当に見つからないんです」と頭を抱えていました。そこで、誰が私を評価しているのかをヘッドハンティングの人に聞くと、各社とも人事担当の30代が私の価値をわからないまま不採用の判断を下していることがわかりました。先ほどのマーケターの話と同じで、いわゆるオペレーションの仕事で採否の判断をしているわけです。だから、その上の階層を狙おうと決め、「社長が秘密裏に直接面接している会社を探してくれ」とヘッドハンターに伝えました。当初は「ありません」と言われましたが、「探せばあるでしょう」と交渉し続けた結果、1カ月くらいして「鹿毛さん、ありました」と7社探してくれました。その7社とも、全部受かりました。
つまり階層が違うのです。だから会社の面談で追い詰められて…という人がいたら、その上の階層に行け、と。ただし、上の階層に行くための準備をしておく必要があります。私だって、上の階層に行くためにマネジメントを学んだり、34歳のときアメリカの大学でMBAを取得したりして努力しています。別にMBAに行く必要はありませんが、上の階層に必要なものは何か、日頃からよく調べて、備えておくことが大切です。
――アプローチする層を変えるだけで7社も合格が出たのですね。
私に不合格を出した人は中間マネージャーです。自分の部下に、不祥事企業の信頼回復運動でテレビまで出てしまった人物を欲しいですか?普通は欲しくないでしょう。暴れん坊すぎて扱いにくいと思います。ところが、経営者は欲しいんですよ。
――反逆してくる可能性もありますよね。
反逆してきたら、辞めてもらえばいいじゃないですか。直接採用しているのですから、「君、辞めてくれ」で済む話です。
――すごいですね。その後エステーに入って、いきなり宣伝部長に抜擢、と。
そう思うでしょ?それも違うんです。
――違うんですか。いろいろ間違った情報が伝わっていますね。
私、エステーで初めての中途採用です。しかもいきなり部長職で入ってきた43歳で、社長が連れてきた。どうなると思います?想像つきますよね(笑)
普通は「前職で大暴れしてきた変なヤツが入ってきた」と警戒されて、ちょっとした騒ぎになると思います。実際、最初は本当に誰も相手にしてくれませんでした。パソコンすらないんです。「パソコンくらいくださいよ」と言ったんですから。びっくりしました。部署を与えられないまま「社長付きマネージャー」という肩書がついたので、鈴木社長が相手にしてくれるのかと思ったら、「時間がないので、適当にやってください」と言われて、3カ月間放置されました。
――それは厳しい。仕事を与えられないのが一番地獄と言われますからね。
さあ、地獄ですよ。でも、同時に「やった」とも思いました。3カ月間何もせずに会社をうろうろしてお金をもらえるんだ、それなら3カ月間でいろんな人と飲み食いに行こうと思ったのです。最初は相手にされなかったけど、次第に付き合ってくれる人が出てきました。

マーケターならチャンスは自分で作るべし
――その3カ月間が過ぎて、宣伝部長になるわけですね。
鈴木社長に「あまり鹿毛さんに目立ってもらったら困るから、宣伝でもやってもらおうかな」と言われました。当時、宣伝部は目立ってなかったのです。エステーは広告予算が日本の企業の中でトップ200位にも入っていない存在でした。エステーの10倍、20倍の予算を持つ競合さんと比較すると存在がとても小さかった。ところが「どこまで消費者の頭にCMを覚えてもらえるか」のランキングではトップクラスに入るようになったんです。10倍、20倍の企業さんと肩を並べているものだから、皆さんずっとびっくりされていました。
「マーケティングとはこうだ」「広告やCMはこうあるべきだ」という保守的な発想に縛られず、自分なりの考え方で実験しながら進めていったからだと思います。その結果、皆さんご存じの「消臭力」のようなCMが出来上がったのです。消臭・芳香剤の売上シェアも2位から1位になりました。
すると今度は鈴木社長が朝礼で、「皆さん、広告費を倍にしました」と言ったのです。そんな事実はないのですが。この発言はとても困りました。ただでさえ、エステー始まって以来の中途採用者で社長が連れてきていきなり宣伝部長をやっているわけです。好奇の目で見られているのに、そんなことを言われたら「あいつは我々の稼いできたお金をいっぱい使って、妙なCMを作ってやがる!」とバッシングされてしまいます。だから、社長のところに行って「社長、“広告費を倍にした”はやめてもらえませんか」「CMが当たっているだけですよね」と言いました。そしたら鈴木社長が「鹿毛さん、何を言っているんですか。あなたはこの会社を変えるための人身御供なんです」と大笑いしているのです。「かしこまりました」と答えるしかないですよね。

目の前の状況を面白くするのがマーケター
――「成功者だから言えるんだ」という声もありそうです。
そう言う人はいます。エステー入社後も3カ月間、仕事がないなど厳しい経験もいろいろしています。ずっと成功してきたエリートではありません。汗はたくさんかいてきました。前職の会社で留学させてもらうときも自分で交渉して行かせてもらいました。そのために営業車で5年間ずっと英語をリスニングしていました。エステーのクリエイティブディレクターになれたのも、制作の勉強をやって社内で交渉して獲得したものです。誰かがお膳立てしてくれたものではありません。
――わかりやすいですね。報われるかどうかは別にして、40代らしいマーケティングをしたかったら、まずは上の階層に行くための努力をすべき、と。
そうですね。ただし、人は全ての領域で才能を発揮することができないかもしれない。実は私、才能はそんなにないと思っているんです。でも、結果が素晴らしいのは、私の周りに一流が揃っているからでした。
一流の人と仕事をすればいいのだと思います。そのためには自分が1.5流まではなる努力をすれば良いと思います。1.5流の実力があると、一流の人が少しは認めてくれて、話ができるようになるからです。全部一流になる必要はありません。マーケターこそ一流の仕事人をしっかりと集めて指揮者になるべきでしょうね。
――一流の人に助けてもらうわけですね。
目の前の状況も作れない、変えられない人は世の中に面白いものを作ることができないと発奮してみてはどうでしょう。マーケターだからこそ、自分で面白い状況を生み出し、自分の未来を作りあげれば良いと思います。すごく偉そうな話をたくさんしました。私みたいな非エリート、能力の足りない人間でも、60歳を超えてマーケターとして生き残っています。しぶといでしょう?笑
誰もが無双になれる。そう信じています。
――本日はありがとうございました。

Profile
鹿毛 康司(かげ・こうじ)
株式会社かげこうじ事務所代表。マーケター/クリエイティブディレクター。
早大卒。ドレクセル大学MBA。
雪印乳業(当時)を経て、2003年エステー入社。同社役員を経て2020年に独立し、かげこうじ事務所を設立。代表作に震災復興の願いを込めた「消臭力~ミゲル君」「ミゲル少年と西川貴教の消臭力CM」など。
クロービス経営大学院(MBA)教授、筑紫女学園大学客員教授。
著書は『「心」が分かるとモノが売れる』(日経BP)など。




