株式会社ビタミンが創業期(シード期)のスタートアップ企業向けに開講している「シード・ゼミ」のレポート第4回は、広告運用やコンサルティング事業を展開する株式会社デジタリフトの取締役 COO・鹿熊亮甫さんによる講義内容の一部をお届けします。
テーマは「アセットなくして広告に効果なし」です。近年インターネット広告市場の競争が激化しており、創業期のスタートアップが認知拡大や新規顧客の獲得などを目的に出稿しても、成果が上がりづらいケースがあります。鹿熊さんが言うには、成果が上がりづらいのは「ブランドや人、モノ(サービス)、資金という4つのアセットが不十分だから」とのこと。つまり、資金や人が足りず、プロダクトの出来も不十分で、ブランドが整っていない状態で広告を出稿しても、効果がないわけです。
具体的にはどういうことなのか、鹿熊さんの解説をご覧ください。
(構成:Marketing Native編集長 佐藤綾美)
目次
インターネット広告の競争率はかつてよりも激化
鹿熊 今回お伝えしたいのは「アセットで広告の成果は変わる」ということです。アセットの有無で広告の成否が分かれますし、効果を最大化できるか否かも変わってきます。今回の講義を通じて、アセットのパターンや広告との関連性がわかり、自社のアセットについて考える機会を作れると思います。
まずは、インターネット広告の概況をおさらいしておきましょう。
2011年から2019年まで右肩上がりで成長していた日本の総広告費は、2020年に新型コロナウイルス感染症の影響で落ち込みましたが、2021年に6兆7998億円まで戻っています。
画像出典:ウェブ電通報「2021年 日本の広告費」解説
中でもインターネット広告は、コロナ禍で多くの企業がオンラインに進出し、市場でのプレーヤーも増加した影響で、2020年から2021年にかけて成長が大きく加速している状況です。
画像出典:ウェブ電通報「2021年 日本の広告費」解説
成果報酬型広告やディスプレイ広告、ビデオ(動画)広告などとインターネット広告に種類がある中でも、特に注目してほしいのは検索連動型広告です。他のインターネット広告媒体費に比べて変数が少ないことから、我々デジタリフトが広告のトレンドを追う際は検索連動型広告の費用の変動をチェックします。
例えばNetflixの「広告つきベーシックプラン」の提供開始に伴い、おそらくビデオ広告の市場は大きくなることが予想されます。プレーヤーが増えやすいと市場規模の変数も大きくなるからです。その点、検索連動型広告はGoogleとYahoo!のほぼ二強状態になっており、プレーヤーの増加に伴う市場規模の拡大は起こりづらくなっているので、出稿費用が増えたか否かを比較しやすくなっています。
画像出典:CARTA COMMUNICATIONS(CCI)/D2C/電通/電通デジタル「2021年 日本の広告費 インターネット広告媒体費 詳細分析」
上の図は電通が発表している、2020年と2021年のインターネット広告媒体費の内訳です。これによると、検索連動型広告の2020年から2021年の成長率は117.7%となっています。日本人の人口はすでにピークを超えて減少傾向にあるので、1人あたりの検索回数や利用時間が増え、市場も大きくなっている可能性があると考えられます。
「インターネット広告市場が伸びている」とよく言われますが、その言葉に惑わされないでください。人口ではなく1人あたりの利用時間が増えているだけで、コロナ禍を経て広告主も増加しているので、広告出稿の難易度は上がっています。
そのため、最近はインターネット広告に予算を投下してもうまく成果が出ないケースが多く見られます。5〜6年前は、LPを制作して広告を出稿すれば、ある程度効果が出ていたのが、今はかなり労力をかけてもうまくいかないことがあるので、そうした状況を前提に、どう戦っていくのかが重要です。
広告の成果に影響する4つのアセット
競争が激化するインターネット広告市場で、スタートアップが成果を出すにはどうすべきか。そこで大切になるのが、アセットです。
いわゆる一般的な四大経営資源としては、人、モノ、カネ(資金)、情報がよく知られていますが、ことマーケティングにおいてはブランド、人、モノ(サービス)、資金の4つが重要で、次のような図が成り立っているのではないかと考えています。
つまり、ブランドを作るには人やモノ(サービス)、資金が必要という考えです。上図をさらに構造化すると、次のようになります。
資金による支えがあるからこそ、人を雇えますし、モノ(サービス)を生み出せる。そのうえでブランドが成り立っているという構図です。このブランド、人、モノ(サービス)、資金の4つがマーケティングにおいて重要なアセットであり、これらをいかにうまく集め、増やせるかが広告で成果を上げるためのポイントとなっています。
プロモーション成功の方程式
私はプロモーションが成功するか否かには、次のような方程式があるのではないかと考えています。
【方程式】
アセットの数×アセットの質×アセットの規模=アセット力(ブランド力)
アセット力(ブランド力)×広告宣伝費=プロモーション効果
つまり、アセットをどれくらい持っているかによって、プロモーション効果は大きく変わります。強固なアセット力があれば、多額の広告宣伝費は必要ありません。わかりやすくまとめると、次の通りです。
アセットの数と質と規模を掛け合わせたアセット力が5のスタートアップと、50のスタートアップがあったとします。それぞれ同じ広告費をかけた場合、プロモーションで得られる効果にも10倍の差が生じるということです。それだけアセットは侮れないので、スタートアップ初期にしっかりと強化する必要があります。
僕も2020年くらいまでは、広告の成果にアセットは関係ないと考えていました。ところが市況感が変わり、プロモーションをそれなりに頑張っても広告の成果が上がりづらくなったため、ブランドや人、モノ(サービス)、資金といったアセットの重要性に気付いたのです。
アセットの具体例
アセットについて、それぞれ具体的な例をご紹介します。
資金
資金とは、わかりやすい例を挙げると、企業の内部留保や調達資金、借入資金などです。資金はアセットを作り出すための源泉であり、掛け合わせ要素の1つと考えてください。資金を単体のアセットと捉え、物事を解決しようとすると、失敗して取り返しのつかないことになるおそれがあります。
よくあるNG例を紹介しましょう。マーケティング担当のAさんが1000万円の予算を使ってブランディングを起案し、部長が承諾したとします。施策の実施後、部長がAさんに成果を確認すると「効果がある気はしますが、売り上げは変わっていません」と返ってきました。そうすると、単に1000万円分の資金がなくなるわけなので、会社は資金繰りに困ってしまいます。
こうした状況にならないためにも、企業に金銭的余裕が求められるのはもちろんのこと、資金が適切に使われているか、マーケティングの部署こそコスト意識を持つべきです。アセット力が高まった状態で広告を打てば、相乗効果で成果が上がりますが、未成熟な状態で実施すると単に資金がなくなるだけなので、適切な使い方を心がけてください。資金はいきなりブランディングに投資するのではなく、まずは人やモノ(サービス)のブラッシュアップに使いましょう。
人
アセットの「人」には、代表をはじめ、取締役や従業員はもちろん、従業員の前職のつながり、友人、家族なども含まれます。
TwitterやInstagramなどのフォロワーが多い従業員もアセットの1つです。スタートアップ企業の中には、そうしたフォロワー数が多い代表や従業員のアセットを効果的に活用し、商品・サービスの受注につなげているところがあります。
例えば、株式会社ウィルゲートの専務取締役COO・吉岡諒さんは、Twitterのフォロワーが3.1万人、Facebook上の友達が1.2万人超います(2022年12月時点)。ウィルゲートではそうした人脈を活かし、吉岡さんのSNS経由で年間3億円ほどの新規受注を獲得しているそうです。
画像出典:@seoamigo
「SNSについては、私自身がSNS経由で年間3億円ほど新規受注を獲得しており、それをさらに強化しました。社内でTwitterの勉強会を開催したところ、社員の3分の1に当たる50名が取り組んでくれました。その結果、仕事の引き合いを大幅に増やすことができたのです」
出典:LISTEN「コロナ禍の打撃を、セールステックとM&A仲介事業で逆転。起業家を応援する新しいステージへ」
デジタリフトも最初のうちは広告宣伝を実施せず、代表取締役・百本の人脈を活用して案件の受注につなげていました。
ただ、時とともに人間関係が薄れていくように、人によるアセットには有効期限があるので注意が必要です。絶えず人脈を作り続ければ良いかもしれませんが、それができる人はあまり多くありません。そのため、人脈が有効なうちに、他のアセットをどれだけ作れるかが重要です。
モノ(サービス)
モノ(サービス)に関しては、競合に対する優位性をしっかりと磨き上げた状態でプロモーションを行い、成功している例を2つご紹介します。
1つはスタートアップ企業を対象とした上場のための法人カード「UPSIDER」です。手続きは全てWeb上で完結し、発行枚数の上限なし。利用限度額最大1億円以上と、これまで投資に必要な利用限度額が得られなかったスタートアップ企業の課題を見事に解決しています。用途別に法人カードをつくれるサービスなら他にもありますが、ここまで利用限度額の高い法人カードはないでしょう。サービスの優位性がきちんとある状態でプロモーションを実施しているので、成果を上げていると思います。
画像出典:UPSIDER
もう1つの例は、完全栄養食の「BASE FOOD」です。健康やダイエット、筋トレブームといったトレンドの好影響もありますが、何よりも商品のコンセプトが「完全栄養食」と尖っていてわかりやすいことと、コンビニへの展開をうまく行い、オフラインでマーケットを拡大した点などが商品の強さにつながっています。「BASE FOOD」も、そのうえでインターネット広告やテレビCMといったプロモーションに注力し、累計販売数を伸ばしています。
画像出典:BASE FOOD
ブランドとは?
人とモノ(サービス)があると、ブランドができます。ブランドには、アメリカ・マーケティング協会やコトラーなどによるさまざまな定義がありますが、「消費者が商品・サービスを選択する際の手がかり」と考えてください。
ブランドを構築できていると、次のようなメリットがあります。
- ライバルの商品・サービスよりも高価格で売れる
- 広告宣伝が低コストになりやすい
- 小売りへの配荷量を増やしたり、店頭で良い位置を確保したりできる
特に「1」はコーヒーチェーンのスターバックス コーヒーを思い浮かべていただくと、わかりやすいのではないでしょうか。
BtoBでは俳優の藤原竜也さんがCMをしているSky株式会社などは皆さんもご存じで、ブランドのイメージが浸透している例として挙げられます。
アセットを作るためにスタートアップがやるべきこと
私は、アセットなき商品・サービスに成功はないと思っています。資金、人、モノ(サービス)、ブランドがなければ、実体のないものに投資しているのと同じで、どんな施策も効果は得られないでしょう。資金があればアセットを強化でき、ブランド力が向上します。その後で広告宣伝を行えば効果は増しますが、「広告を出稿すればブランド力が向上する」などと都合のいい話はありません。
まずできることは、自社のアセットの棚卸しです。代表の方が1人の会社は仕方がありませんが、アセットの棚卸しはできれば複数人で行いましょう。社員を集めて意見を出し合うと、「実は○○さんがYouTuberでチャンネル登録者数が多い」「○○さんは事業の売却経験がある」など、自分だけでは見つけられなかった意外な発見が得られると思います。
自社のアセットを洗い出したら、持っているアセットを有効活用する方法や、不足しているアセットは何かを考えます。増やすべきアセットを定めて動き始めると、意外と簡単に作れることもあるでしょう。
しっかりとしたアセットがあれば、外部からの評価も変わってくるはずです。まずは「広告で何とかする」ではなく、自社にどのようなアセットがあり、何が不足しているのか、競合企業のことも含めて考えていただくことをおすすめします。
高松(株式会社ビタミン) 鹿熊さん、ありがとうございます。インターネット広告市場の競争率が高くなっている前提をはじめ、アセットの構造化や方程式など、目から鱗が落ちるような情報の連続でした。ここからは、私や参加者の皆さんからの質問に答えていただきたいと思います。
Q. アセットはまず人から強化して、他を伸ばしていくのが一般的でしょうか。
鹿熊 そうですね。ご紹介した図では人とモノ(サービス)を並列にしていて、中には少人数でも立ち上げ可能な商品やサービスもあると思いますが、資金があったらまず人に投下し、そこからモノ(サービス)をブラッシュアップし、ブランドを作るというのが基本的な流れだと思います。
Q. アセットの棚卸しをした後、不足しているアセットを定め、増やしていくとのことですが、アセットが足りているか否かの基準はどのように考えれば良いでしょうか。
鹿熊 明確な競合がいる場合は、シンプルに競合と比較してみるのが良いと思います。あとは、資金の使い方も考えましょう。「競合よりも広告宣伝費をかけられる」「広告宣伝費は抑えて競合と同じ効果を出したい」「同等の広告宣伝費で競合に勝ちたい」など、資金をどう使いたいかによっても、必要なアセットが競合と同等か、それ以上かが変わってきます。
高松 創業したばかりで比べる競合がいないときは、持っているアセットをとにかく強化していくことに注力すれば良いでしょうか。
鹿熊 はい。創業初期は特に「広告宣伝で顧客を獲得しよう」となりがちですが、その前にお金をかけて磨いたり増やしたりできるアセットがあるはずです。まずはアセットの強化に注力しないと無駄なコストが増えるおそれがあるので、注意しましょう。
Q. アセットの棚卸しの際に、見落としがちな点はありますか。過去の例を踏まえて教えてください。
鹿熊 外注先に委託していることが実は内部でできた、という発見はよくあります。例えば、撮影を外部のカメラマンに委託していたところ、実は社内にプロ並みの撮影経験を持っている人がいた、などです。外注せずに内製に切り替えれば、コストを抑えられるので、見落としがちだけれど資金に関わってくる重要な発見ではないでしょうか。あとは、インフルエンサーへのアポ入れを考えていたら実は社内に知り合いの人がいた、などが挙げられます。
Q. 棚卸しをした後、伸ばすべきアセットを特定するには、どうすれば良いでしょうか。
鹿熊 まずは小さくても構わないので数値を計測しましょう。数値を計測していないと、そのアセットを強化したときに効果があったのか、他のアセットと比較したり、優先度を付けたりすることができないからです。
Q. サービスをリリースした直後に、認知度を高める目的でSNS広告を出稿したいと考えていますが、アセットはあまりありません。出稿しても問題ないか、ご意見を頂きたいです。
鹿熊 認知度を高める目的なのであれば、SNS広告は出稿しないほうが良いと思います。ターゲットのセグメントが非常に狭く、確実にターゲティングできるのであれば、SNS広告の出稿で認知度を向上させられるかもしれませんが、基本的にはアセットがない状態で認知度は上がりづらいです。
どうしても試したい場合は、まずは少額で出稿してみて、成果があまり出なかったらアセットの強化に戻りましょう。
高松 では、そろそろお時間ですので、本日の講義全体を通して、最後に一言メッセージをお願いします。
鹿熊 「お金の使い方には気を付けましょう」と「自分たちにどんなアセットがあるのかを理解しましょう」の2点に尽きると思います。アセットの根幹にあるのは資金なので、経営者だけでなくマーケティング部門の担当の方もお金の使い方には注意しましょう。今回の講義を参考に、まずはアセットの棚卸しに挑戦してみてください。
高松 アセットの構造化には本当に感動しました。ありがとうございました。
高梨(ビタミン) 早速僕たちも棚卸しをしてみようと思います。
【講師Profile】
鹿熊 亮甫(かくま・りょうすけ)@kakuma3
株式会社デジタリフト取締役COO。
学生時代に株式会社フリークアウトにて新規事業の立ち上げなどを経験。2016年に株式会社デジタリフトに入社。現在は取締役COOを務め、マネジメントや事業統括を担う。
【ビタミン株式会社】
高梨大輔(たかなし・だいすけ)@dtakanashi
高松裕美(たかまつ・ひろみ)@_romihee_
株式会社リジョブ(現株式会社じげんグループ)の創業役員の2人が2015年に創業し、エクイティファイナンス型のスタートアップを専門に、インハウスマーケティング支援やエンジェル投資活動を行う。2018年~2022年3月までスタートアップ企業のマーケティング支援コミュニティ「ビタミンゼミ」を運営。2022年8月より「ビタミンゼミ」の後身となる「シード・ゼミ」を開講し、信頼できる専門家から「一次情報」を全国の創業期企業に届ける活動を続けている。
https://note.com/teamvitamin/n/nbfc90efdd547