協働で商品を企画・開発する「暮らしの素プロジェクト」を2024年6月から開始した味の素社とクラシコム。100年以上の歴史を持つ味の素社の商品開発リソースと、ECメディア「北欧、暮らしの道具店」で培ったクラシコムのノウハウを活かし、両社数名ずつの選抜メンバーで新商品の開発に取り組んでいます。
「Marketing Native Fes 2024 Autumn」では、味の素株式会社 執行役常務 岡本達也さんと株式会社クラシコム 代表取締役社長 青木耕平さんに、プロジェクト始動の背景や協働によって得られた気付き、お客さまに愛されるために大切なことなどをお話しいただきました。モデレーターは株式会社Moonshot 代表取締役社長の菅原健一さんです。
(文:和泉 ゆかり、構成:Marketing Native編集長・佐藤 綾美、撮影:永山 昌克)
目次
味の素社が感じていた2つの課題
セッションでは、登壇者の方々から「時間が足りない」と度々声が上がるほど密度の濃い内容が展開されたほか、参加者たちも熱心にメモを取りながら深くうなずき、話に引き込まれている様子が印象的でした。
トークの冒頭、まずは「暮らしの素プロジェクト」始動の背景に関連する質問が味の素社とクラシコムそれぞれに投げかけられました。最初は味の素社への「歴史ある企業として、クラシコムとの取り組み前にどのような危機感や課題を持っていたのでしょうか」という質問です。味の素社のマーケターとして抱えていた課題について、岡本さんは次の2つを挙げました。
1つ目は、お客さまに対する理解不足です。味の素社はBtoBtoC型のビジネスモデルを採用しており、同社が卸売業者に販売し、小売業者を通じてお客さまに商品がわたります。そのため、お客さまとダイレクトにコミュニケーションをとる機会が限られています。商品開発やサービス提供においてはお客さまのベネフィットをもちろん重視していますが、お客さま理解を深めるためのアプローチは調査会社からのデータ購入や、ユーザーインタビューにとどまっているのが実状でした。
2つ目は、「既存のBtoBtoC型のビジネスモデルをこのまま追求していったとしても、それだけでは持続的な成長が見込めないのではないか」という懸念です。
「若い頃から長く商品開発やマーケティングに携わってきましたが、役職が上がるにつれ、ヒット商品の減少や広告効果の低下などを実感するようになりました。背景の1つとして買い場の変化が挙げられるでしょう。かつては主にスーパーマーケットやコンビニエンスストアに限られていたのが、現在ではECが普及し、あらゆる場所で商品を購入できるようになっています。この変化により、味の素社が長年強みとしてきた従来型のビジネスモデルは見直しを迫られていると感じます」(岡本さん)
味の素社と対照的に、長くD2Cビジネスを展開しているのがクラシコムです。ECメディア「北欧、暮らしの道具店」で商品を購入しているお客さまとダイレクトにコミュニケーションをとっています。味の素社の状況を聞いたクラシコムの青木さんは、両社のビジネスの違いを次のように例えました。
「クラシコムが展開するD2Cビジネスは、お客さまのデータから常に新しい機会を探る『狩猟採集』的な性質を持っているのに対し、味の素社のような大企業はリソースを計画的に振り分けて収穫を行う『農耕』的なビジネスモデルを確立しています。
ところがこの10年ほどで、SNSのアルゴリズムや検索エンジンの仕組みの変更により、従来のデータ収集法が通用しなくなることが増えました。一方で大手企業もデータからお客さまのニーズを探る『狩猟採集』的な要素を求められるようになっていると感じます。
これまで『狩猟採集』的なD2Cビジネスを展開してきたクラシコムも、近年は『農耕』的な土台を整えることを意識しています。例えば、プラットフォーマーに左右されないよう、2019年頃から自社アプリやポッドキャスト、メールマガジンなどを通じて、自前のプラットフォームの構築に取り組んできました」(青木さん)
「愛されること」より、まずは「愛せるお客さま像」の言語化を
続いては、クラシコムの青木さんに対する質問。「クラシコムは2022年の上場後も順調に業績が推移しており、社内外から『顧客に愛されている』と言われています。青木さんご自身は、なぜだと思いますか」という内容です。
青木さんは「愛されている前提の話は少し気恥ずかしい」と断ったうえで、愛せるお客さま像を明確に言語化することの重要性を語りました。
「企業経営においては、株主、サプライヤー、従業員など、さまざまな方たちと良好な関係を築くことが求められます。その中で特に重要なのが『愛されるより愛したい』という姿勢です。これは、自分たちが素直に愛せるお客さま像を先に言語化するということです。『お客さまがこんな人たちだったら素敵だよね』と思い描けば、『その人たちの役に立ちたい』と素直に思えるでしょう」(青木さん)
加えて、お客さまが求めている理想の中に何かしらはまるような、企業活動やアクションをとることの大切さも挙げられました。
理想とは、例えば「こういう暮らしをしたい」「このような働き方をしたい」といった、お客さまが一市民として抱く希望のことです。青木さんは「お客さまの理想に何かしら訴えかけるような要素が企業活動の中にあり、それを一貫して展開し続けることが重要」と言います。企業活動とお客さまの理想が部分的にでも重なり合えば、競合サービスが機能性や利便性、コストパフォーマンスで優位性を持っていても、お客さまに選ばれ続ける可能性が高まるためです。
お客さまの理想に応える企業活動を続けている点は味の素社も同様です。味の素社では「日本人の栄養状態をより良くしたい」という創業時の理念が「おいしくて体にいい」というシンプルな形で115年もの間、一貫して受け継がれています。
お二人の話を聞いたモデレーターの菅原さんは、「強いブランドの条件は、多くの人々が求めるものであることと、『卒業』がないこと。つまり永続的な価値を持つこと」と話しました。
「クラシコムの『フィットする暮らし、つくろう。』という企業理念は、家での暮らしを豊かにしたいという、年代を問わない普遍的な願いに基づいています。
同様に、『健康でいい時間を過ごしたい』という願いも、早い段階から必要とされ(入学が早い)、かつ一生涯求め続けられる(卒業がない)普遍的なものです。
このように、時代や年齢を超えて広く求められ続ける価値を提案することが、強いブランドの条件だと思いました」(菅原さん)
最大の違いは、他者ではなく自身と向き合うアプローチ法
ここまでの話からわかるように、ビジネスモデルや企業規模、歴史は違っても、通じるところがある味の素社とクラシコム。そんな両社は現在、協働マーケティング「暮らしの素プロジェクト」に取り組んでいます。このプロジェクトは、両社の強みを組み合わせた商品開発の取り組みです。味の素社が持つ商品開発力とブランド力に、クラシコムが「北欧、暮らしの道具店」を通じて培ってきたD2Cビジネスのノウハウを組み合わせて新商品を開発・展開します。
この協働は、味の素社 岡本さんからクラシコムに声をかけたことから始まったと言います。従来のビジネスモデルへの疑問から新たな構想を練っている際に、メンバーから参考として紹介されたのが「北欧、暮らしの道具店」のアプリとYouTubeチャンネルの動画だったそうです。
「暮らしの素プロジェクト」において、両社はどう協働しているのでしょうか。クラシコム 青木さんは次のように語りました。
「大手企業から協業のご相談は以前よりいただいていました。ただ、事業環境の違いが大きいため、これまでは自社の手法を正解として教えるような形ではなく、コンテンツ制作やコラボ商品の開発、『北欧、暮らしの道具店』での商品販売などの形で主に取り組んできました。
しかし、今回の味の素社との取り組みでは、異なるアプローチを採用しています。クラシコムの商品開発プロセスを活用しながら、味の素社の商品開発担当者と共に商品を考えるという、より体験に近い形式での協業です。実験的な取り組みを通して、味の素社にとって役立つ部分があれば参考にしていただく形になっています。
具体的には、両社から数人のスタッフが参加する体制で進めています」(青木さん)
「実際に協働を始めたところ、衝撃がたくさんあった」と味の素社の岡本さんは語ります。例えば味の素社は歴史ある企業として、確立されたマーケティングフレームワークや商品開発プロセスを持っています。しかし、そのような既存の枠組みは、時として「穴埋め問題」のようになり、思考停止に陥るリスクがあったとのことです。
一方、クラシコムのプロセスは、味の素社の手法とは全く異なるものでした。最大の違いは、他者のインサイトを探るのではなく、自分自身のインサイトと向き合うというアプローチです。このアプローチの転換は、味の素社の担当者たちにとって考え方を「ひっくり返す」ような体験となりました。
クラシコムでは、これまで自社のお客さまを社員として採用してきた背景があります。そのため、社員自身の内面を掘り下げることがお客さまの理解に結びつくという確信が社内で共有されています。担当者自身の感想が、「あなたはターゲットではないから」という理由で却下されることもありません。
「クラシコムの『Life in Work(仕事の中に自分の生活者としての視点を取り入れる)』のアプローチに大きな刺激を受けました」(岡本さん)
二人にとって「マーケティングの本質」とは
最後に、イベントの大テーマである「マーケティングの本質」について、両名は次のように語りました。
「マーケティングやブランディングとは『好きな人に好きになってもらう仕事』と捉えることができます。これは人間関係に例えるとわかりやすく、突然デートに誘って高級レストランに連れて行くような唐突なアプローチではなく、まずは会話を重ね、お互いを知っていくプロセスが重要になります。
つまり、ブランドとお客さまの関係構築において重要なのは、お互いをより深く知るためのコミュニケーションです。時代とともにそのためのコミュニケーション手段は多様化していますが、『好きな人に好きになってもらうこと』を突き詰めていくのがマーケティングであることは変わらないと思います」(岡本さん)
「マーケティングは『仲直り』だと感じています。消費者とメーカー・事業者の関係が、基本的に牽制関係にあるとするならば、この関係性を改善していく過程がマーケティングではないでしょうか。
この『仲直り』において重要な要素が2つあります。1つは『相手を知っていくこと』、もう1つは『相手から見た自分の姿を知ること』です。
特に後者は重要で、けんかをしているときは当事者同士がそれぞれ主観にとらわれ、相手視点を失っている状態なので、『相手からどう見えているか』を理解することが関係改善の出発点となります。このような相手視点が欠如している状態は、私たちも未だに陥りやすいため、常に注意を払っています」(青木さん)
Profile
岡本 達也(おかもと・たつや)
味の素株式会社 執行役常務
食品事業本部副事業本部長兼マーケティングデザインセンター長。
1987年味の素株式会社入社。1996年から家庭用商品(「ほんだし®」、「CookDo®」、「ピュアセレクト®マヨネーズ」、「クノール®カップスープ®」他)の開発・販売戦略などのマーケティング業務に従事。2014年味の素冷凍食品株式会社に出向。執行役員マーケティング本部家庭用事業部長着任後「ザ★®」シリーズを手掛ける。2019年味の素株式会社執行役員就任。2022年執行役常務食品事業本部副事業本部長就任。2023年4月にマーケティングデザインセンターを設立。味の素のマーケティングプロセスの組織改革を推進し、100年先も愛されるブランドを目指す。
青木 耕平(あおき・こうへい)
株式会社クラシコム
代表取締役社長。
2006年、実妹である佐藤友子と株式会社クラシコム共同創業。2007年より北欧ビンテージ雑貨をEC販売する「北欧、暮らしの道具店」を開業。現在では「フィットする暮らし、つくろう。」をミッションにライフカルチャープラットフォームとして、様々な商品を取り扱いながら、日々の暮らしに関するコラムや映像を制作・配信するとともに、企業へのマーケティング支援を行うなど、ライフカルチャーにまつわる事業を展開中。
菅原 健一(すがわら・けんいち)
株式会社Moonshot
代表取締役社長。
企業の10倍成長のためのアドバイザー業を創業。社会や企業内に存在する「難しい問題を解く」専門家。グローバル企業含めクライアント10社、エンジェル投資先20社の計30社のプロジェクトを並行して進めている。過去に取締役 CMO で参画した企業を KDDI子会社へ売却、そのまま経営を継続して売り上げ数百億円規模へ成長させる。スマートニュースを経て現職。主な著書に『厚利少売 薄利多売から抜け出す思考·行動様式』(匠書房)がある。