大好評だった今年1月の特別寄稿に続き、事業会社のマーケティング部門に所属する匿名マーケター・みる兄さんの新連載が始まりました。毎回、話題のプロダクトを1つ取り上げ、考察します。
第1回は音声SNSの「Clubhouse(クラブハウス)」です。2020年4月にアメリカのスタートアップ企業Alpha Exploration Co.がローンチし、今年1月以降に日本でも急激に利用が広がりました。ブームが落ち着いたとされる今、みる兄さんは「Clubhouseはこれからがおもしろい」と言います。それはなぜなのか、理由を“サービス”の特性からひも解いています。
目次
Marketing Native寄稿2回目のみる兄さんと申します。
仕事をしているとき、家族といるとき、サッカーを観戦しているとき以外はほぼTwitterに生息し、日々タイムラインの情報を浴びています。
そんな生活が今年のはじめ、一変しました。
今までぽっかり空いていた、「耳」からも情報を取得するようになりました。今回の記事では、短期間でブームを巻き起こし、そのブームが一気に冷めてしまったと言われているClubhouseをテーマとして
- これまでの推移
- Clubhouseの特性
について考察していきます。
Clubhouseブームの到来と現在
1月下旬に僕はClubhouseと出会い、隙間時間があればroomを探す日々が訪れました。注目roomの経営者、スポーツ選手、そして芸能人がフランクに雑談していました。運が良ければ直接彼らとコミュニケーションが取れる、そんな「セレンディピティー(特別な偶発性)」な体験がいたるところで起きていました。
2月に入るとテレビの情報番組でも「今話題の……」「ブームな……」とClubhouseが取り上げられるようになり、普段SNSをやっていない同僚がアカウントを開設するなど一気にユーザーが増加してきました。
ところが3月に入り、ブームは一瞬で過ぎ去ってしまったようです。SNSやウェブメディアでは、“Clubhouseは終わった” “Clubhouseは過疎化した”と言われています。
……Clubhouseは本当にオワコンなのでしょうか?
ブームの渦中からClubhouseを利用している筆者は、むしろ「Clubhouseはこれからがおもしろい」という仮説を持っています。
その理由は、Clubhouseが“サービス”の特性を持っているからです。
“サービス”の特性から見たClubhouse
ここで使う、“サービス”の意味は、特定の業種や無償の提供物を指す意味ではなく、“物(財)”と“サービス”の区分として使われる概念です。筆者がこの“サービス”の言葉に初めて触れたのは、数年前に在学していた社会人大学院で、“サービス・マーケティング”の講義を専攻したときです。今回の寄稿記事も当時の講義資料や参考文献を引っ張ってきて書いています。
“サービス”の基本特性は、物財と対比すると、無形性、変動性、消滅性、同時性の4つがあげられます。
出典:小宮路雅博(編著)『サービス・マーケティング』(創成社、2012)P5
Clubhouseでそれぞれを当てはめて考えると、アプリ上にはアカウント、room名はありますが、そこで行われる会話には実体がありません(=無形性)。スピーカーとリスナーの間での発信(生産)と受信(消費)はリアルタイムのタイミングでしか発生しません(=同時性/不可分性※)。そこで発生している会話はroomに入らないと聞くことはできません。また、room内の会話は時系列でどんどん変わっていくので、品質を標準化することは難しい(=変動性)。Clubhouse内で得られた情報を録音、テキストとして残すことが禁じられています(=消滅性)。
※不可分性:サービスの生産と消費が同時になされること。
他のSNSや音声アプリと比較しても、Clubhouseは“サービス”を体現していると言えます。
例えば、筆者なりにTwitterを“サービス”の特性に照らし合わせてみると次のようになります。
- アカウントごとにツイート内容は異なるので「変動性」は高い
- ツイートがコンテンツとなるので「無形性」は低い
- ツイートはアカウント主が消さない限りずっと残るので「消滅性」は低い
- ツイートの発信(生産)から時間が経過した後でもタイムラインで見る(消費)することができるので「同時性」は低い
Clubhouseはリスナーがスピーカーになれる“invite”(※)の機能も特徴的です。この機能によって、スピーカーとリスナー間での価値共創が生まれます。これは筆者の考えですが、企業のマーケティングはブランドと顧客の間で起こり、生産と消費が一方通行で考えられることが多々あります。しかし、“サービス”の考え方では、顧客は提供されたモノを消費するだけでなく、そのモノを用いた行動を起こし、顧客自身が価値を生み出す存在となります。“サービス”の価値共創から見ると、スピーカーが著名人で、リスナーがその他大勢(芸能人が開いたroomは5000人に到達していた)の状況では、発信側と受信側の関係が分断され、Clubhouseが本来持つ価値共創が生まれにくくなっていたのではないかと感じます。
※Clubhouseのroomでリスナーは挙手のボタンをタップして手を挙げることができる。roomの主催者であるモデレーターが「Invite as a speaker」をタップして承認すると、リスナーもスピーカーとして発言できるようになる。
Clubhouseの価値共創は、“サービス・システム”を説明する際に採用される「劇場のアナロジー」を用いるとイメージしやすいかもしれません。
出典:小宮路雅博(編著)『サービス・マーケティング』(創成社、2012)P17
図で表記されているバックステージは、ClubhouseのUIやテクノロジーにあたります。フロントステージはスピーカーがいる場です。この“サービス・システム”において重要なのが、「顧客」の役割です。顧客たちもその“サービス”の構成要素の一部となります。例えば、コンサートにおけるサービスの体験価値は、演者や舞台装置だけでなく顧客達の振る舞いにも依存しています。コンサートのクライマックスで席を立ったり、おしゃべりをしたりしているなど、マナーを守らない観客がいるとそのコンサート自体の体験価値は損なわれてしまいます。
一過性のブームが去ることで、Clubhouseに対してポジティブではない人や本来の目的とは異なりただ数字としてフォロワーを増やす目的の人たちが減り、Clubhouseでの体験価値が損なわれるケース(例えば、Clubhouseに参加したばかりで偶発的にinviteされて、スピーカーでとりとめのない話をしているなど)が減ってきていると感じます。
非常に面白いのが、モデレーターたちがroomの変動性をなるべく排除するために、質問したいリスナーに対して、「質問項目をプロフィールの最上段に記載すること」を推奨したり、roomの品質を管理する工夫が生まれている点です。
最近では、定期的にリスナーをinviteし、フロントステージにあげて、スピーカーとリスナーの分断を積極的に緩和しているroomも多く、Clubhouseのコンセプトである、「誰もが気軽に会話できる場」に近づいていると感じます。
そして、この記事を執筆している期間(3月4日)に「club」という新機能がスタートしました。これは特定のテーマや趣味嗜好、コンセプトを基にしたコミュニティが作れる機能です。作成した「club」は検索することができます。今までClubhouseには、roomの検索機能がなく、「現在その中でどんなテーマで会話がされているか?」をタイムラインでひたすら探すしかありませんでした。
この点は偶然の出会いを演出するポジティブな側面もありましたが、テーマをもってroomを探している人からすると検索が無い状況がストレスでした。そんな中、新機能「club」が展開されることでClubhouse内での検索性が高まってきています。
このように、徐々にユーザーの理解度に合わせて機能を追加し、顧客自身による自己学習をうながし、相互作用によって新たな価値を生み出していくような状況こそ、Clubhouseの“サービス”としての価値がブームのときよりも高まっていると感じます。
また、この考察はプロスポーツクラブの観客の捉え方とも似ています。プロサッカークラブ水戸ホーリーホックの社長がインタビューで下記のように答えていました。
無料招待チケットを配っていた時期は、試合に飽きた子どもたちが通路を走り回ったり、ゲームで遊んだりしていました。それが現在、有料入場者の割合が平均で8割を超すようになり、お客さんが試合に集中し、選手のプレーに注目して勝敗に一喜一憂するようになりました。
出典:小島 耕『「タダ券で来る観客は、本当のファンではない」客席の空気を変えたJ2クラブの決断~なぜお金を払って見てもらうべきか』PRESIDENT Online
“サービス・システム”でも触れましたが、重要なのは“観客”の役割です。この場合はサッカーを観戦する観客が“サービス”を担う一部になっています。筆者もたびたびスタジアムでサッカー観戦をしますが、周りの観客の雰囲気の良し悪しが体験価値に大きく寄与することを実感しています。隣にサッカーの試合に全く興味ない観客がいると盛り上がりに欠けますし、マナーの悪い観客が近くにいると気分を害されてしまいます。まさに、顧客たちがその“サービス”の構成要素の一部となっているわかりやすい例です。
初期のClubhouseと比較すると、共通の趣味でつながっていたり、建設的なコミュニティが発見しやすくなっているものの、未だにroomが玉石混交であることは否めません。いわゆる高額の“情報”を販売するために人を集めているコミュニティも多々見られますし、相談者に対してリスペクトのないスピーカーも散見されます。「誰をフォローするか?」「どのroomが楽しいか?」を見極めて有益な時間とするためには、リスナー自身が価値の担い手になることを念頭におき、このサービス自体を学習し続ける必要があります。
事業会社のマーケティング担当として、Clubhouseのサービスから学べること
自分がふと時間を使ってしまうプロダクトやアプリ、エンターテインメントなどを今回の記事のように考察して、文章化することにチャレンジすると、自身の考え方のアップデートにもつながると改めて思いました。
Clubhouseを“サービス”の特性と照らし合わせて考察し、本記事を執筆するにあたりいくつかの学びがありました。以前は、4Pに代表されるような企業がモノ(プロダクト)を製造・提供し、それを顧客が購入する一方向の関係で成り立つマーケティングの視点でモノゴトを考察することが多くありました。しかし、デジタルでの接点が当たり前になっている現代のマーケティングは、モノの消費から生まれる価値だけでなく、モノを“場”や“ツール”として提案し、受け取った顧客との相互作用によって生まれる価値について考えなければなりません。そのためには、“サービス”の視点を取り入れた考え方は重要な引き出しになってくると感じています。
新機能としてClubhouse Payments(投げ銭)が一部のユーザーでテストされるなど、Clubhouseは日々進化しています。筆者の主観にはなりますが、当初のブームのような過熱はないにしても、アプリを使用しているスピーカーとリスナーたちの学びも相まって、Clubhouseの”サービス”としての体験価値は高まっていくことが予測されます。今後はここからの発展がおもしろいのではないでしょうか。
この記事が公開された際には、「これからがおもしろい。“サービス”としてのClubhouseの魅力」をテーマとしたroomを開いてみようと思います。記事を最後までお読みいただいた方は是非、スピーカーとしてご参加ください。そして、スピーカーとリスナーの相互作用を体現することができれば幸いです。