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インタビュー

映画化を成功させたギンビス・宮本周治代表が語る、“変わらぬ味”を支える、品質へのこだわりとマーケティング

最終更新日:2025.08.08

CEO Interview #33

ギンビス

代表取締役社長

宮本 周治

「アスパラガスビスケット」や「たべっ子どうぶつ」など、日本中で親しまれるロングセラー商品を手がける老舗お菓子メーカー、ギンビス。

1930年の創業から95年。常に「味と品質が第一」の姿勢を大切に守りながら、有名企業とのコラボレーションやお菓子の世界観の映画化など、挑戦的なマーケティング施策でも注目を集めてきました。

今回はギンビス 代表取締役社長の宮本周治さんをインタビュー。変わらぬ味と品質への徹底したこだわりから映画化の舞台裏、「お菓子を通して世界平和に貢献する」という壮大なビジョンまで、宮本さんの想いを伺いました。

(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、撮影:矢島 宏樹)

目次

毎日食べても飽きない、ギンビスが守り続ける“いつもの味”

――ギンビスの中でも「アスパラガスビスケット」の誕生は1968年。「たべっ子どうぶつ」も1978年にできたロングセラー商品ですね。こんなに長く愛される魅力や秘密はどこにあるとお考えですか。

一番の理由は、味と品質が変わらない点にあると思います。アスパラガスビスケットは、現在の巾着タイプのパッケージになる前に、一斗缶から量り売りしていた時代もあり、販売開始からおよそ60年が経ちます。その間、気候変動などによる原材料の変化や、人・設備の入れ替わりがある中で、変わらぬ味と品質を再現し続けるのは非常に難しいことです。焼き加減や塩加減など、いずれかが変わるだけでも味に大きな影響が出てしまいます。

宮本周治さん

アスパラガスビスケットは、焼き加減に特徴があり、「深焼き」と呼ばれる、よく火を通す製法を採用しています。この技術は難度が高いのですが、ギンビスは得意です。さらに、焼き上げた後にかける塩加減が絶妙で、深焼きによって生まれる香ばしさと調和し、飽きのこない味に仕上がっています。カリッとした食感と絶妙な塩加減。味が濃すぎず、甘すぎることもない、シンプルな味わいだからこそ、白米のように毎日食べられるお菓子になっています。そのスタイルを変えずに守り続けてきたことが、長年にわたりお客さまに親しまれている理由だと思います。

――社長も毎日食べてチェックしていると聞きました。

はい。私自身、味と品質に最もこだわっているため、前日に工場で製造されたアスパラガスビスケットやたべっ子どうぶつなどの製品を毎日欠かさず食べ、少しでも違和感を覚えた場合は、すぐに工場へ確認しています。

それだけでなく、コンビニエンスストアやスーパーマーケットにも直接足を運び、店頭で販売されている自社商品を実際に購入して味を確認しています。もちろん工場での品質管理は徹底していますが、最終的にお客さまの手に渡る商品が、いつでも変わらず美味しい状態かどうかは常に気になります。

経営には売り上げや利益など、さまざまな要素がありますが、私が最も重視しているのは、商品そのものの味と品質です。いつ食べても同じ味・品質であることが大前提であり、その軸がぶれると、全てが崩れかねません。だからこそ日々、味と品質の確認を欠かさず行っています。

宮本周治さん

コラボ戦略と映画化。相乗効果でファン層を拡大

――飽きさせない工夫についてはどうですか。再現性高く同じ味と品質を維持できていても、飽きがくることもあると思うのですが、ロイヤルティの高い顧客を惹きつけ続ける工夫はありますか。

アスパラガスビスケットもたべっ子どうぶつも、毎年さまざまな企画を展開しています。何か特別な施策を突然打ち出すというよりは、一喜一憂せず、年間を通して店頭販促などを含め多様なプロモーションを地道に積み重ねていくことが大切です。

――毎年行っている施策としては、たべっ子どうぶつならバター味やミルク味など、新しい味の派生商品を展開されていますが、味の選定においてこだわっている点や、「これなら売れる」と感じるポイントはありますか。

味の選定は、総合的な視点から判断しています。味、品質、内容量、価格、パッケージ、デザインなど、どれか一つが欠けても売れる商品にはならないため、私自身も慎重に確認しています。

ヒットしたりロングセラーになったりする商品には、一度食べただけで記憶に残りやすいという共通点があります。たとえ美味しくても印象に残らなければ、リピートにはつながりにくいものです。食感や香りなど「美味しい」以外の特徴がポジティブに際立ち、お客さまから「美味しい」に加えてコメントが2〜3個付いてくる商品は、記憶に残りやすく、ヒットにつながりやすいと考えています。

――「美味しい」以外のコメントというと…。

例えばアスパラガスビスケットであれば、「ごまが香ばしい」「塩加減が絶妙」「あとを引く味」「カリッとした食感」「思わずポリポリと食べ続けてしまう」といったコメントをよく頂きます。

もう1つ、飽きのこない美味しさを生み出す工夫として重要なのが、独創性です。類似の商品が数多く存在する中で、ギンビスでは他社にない個性を追求しています。味や食感、形状、パッケージデザインに至るまで、あらゆる要素に独自のこだわりを込めることで、商品がロングセラーとして長く愛され続ける可能性が高まると感じています。

――新規顧客獲得の取り組みの一環として、たべっ子どうぶつとマクドナルドやGU、バンダイなどとのコラボが成功したほか、映画化もされて話題になっています。そうした企画の判断も、社長が行っているのでしょうか。

はい。ギンビス側としては、私が「この企業様であれば、双方の強みを活かせる」と判断して決定しています。これまで多くの企業様とコラボレーション企画を実施してきましたが、いずれも成功を収めており、失敗と感じたケースはありません。お互いの持ち味を活かし合うことで、プラスアルファの相乗効果が生まれていると実感しています。

一方、映画化については、もともと「たべっ子どうぶつ」を動画にしたいという思いがありました。映画は、伝えたい内容を視覚的かつ感覚的に表現できる、わかりやすいメディアです。映画という手段を通して、「たべっ子どうぶつ」の新たな魅力を多くの方に届けられると考えました。

また、映画は国内だけでなく、海外にも発信できる表現方法です。「たべっ子どうぶつ」は現在、世界25の国と地域で販売されており、映画を通じて海外市場にも良い影響を与えられると期待しています。

もう1つ挙げると、当社の経営理念である「お菓子に夢を!」を具現化する手段として、映画はわかりやすく、適していると考えました。私たちは「お菓子を通して世界平和に貢献する」ことを掲げていますので、その想いを形にする上で、映画という表現手段は有効であり、素晴らしい方法だと感じます。

ほかにも、「たべっ子どうぶつ」の世界観を体感していただける取り組みとして、これまでに3回開催したイベント「たべっ子どうぶつLAND」では、累計約25万人のお客さまにご来場いただき、7月11日から9月28日までの期間限定で「ビスケットファクトリー」をテーマに4回目を開催しています。また、ポップアップショップの展開や、動物園・水族館とコラボレーションした体験型イベントとしてのスタンプラリーの実施、無料ゲームアプリのリリース、さらにはキッズユニット「たべっ子キッズ」のシングルをリリースするなど、さまざまな形で「お菓子の魅力」を発信し続けています。

横浜・ASOBUILD YOKOHAMA COAST(アソビル ヨコハマコースト)に期間限定でオープンした「たべっ子どうぶつLAND」も盛況。(2025年7月11日~2025年9月28日期間限定開催)

海外展開の鍵は「一過性ではなく、続けること」

――海外の話が出ましたが、現在25の国と地域で展開中とのこと。海外戦略を成功させるポイントはありますか。

ポイントよりも、大切なのは継続することです。たとえ一時的にうまくいっても、継続的な取り組みがなければ、すぐに結果は伸び悩むでしょう。それほど甘い世界ではありません。

その理由は、それぞれの国・地域には独自の食文化や地元のお菓子が存在し、地域に根づいた食品会社が活動しているからです。人は幼い頃から慣れ親しんだ味を、大人になってからも好む傾向があります。そうした背景の中で、海外から参入し、その土地のお菓子以上に継続して愛される商品を提供するというのは、非常に難度の高いチャレンジです。

その高いハードルを越え、継続的に受け入れてもらえるかどうか。各社が真剣に取り組み、日々努力を重ねているのは、まさにその点にあるのだと思います。

――ギンビスは海外でうまく展開できているのでしょうか。

鋭意取り組んでいる最中です。長年にわたり海外展開を進めてきましたが、コロナ禍により一時中断を余儀なくされました。再開してからは約1年半が経ち、あらためて体制を整えながら展開を進めているところです。

――公式オンラインショップの「ギンビス・マーケット」を2023年にオープンしましたが、これまでのところの評価はいかがですか。

デジタルでの販売を開始したのは、お客さまとの接点を広げ、簡単に言えばファンづくりにつなげることを目的としています。従来は、小売店やポップアップショップなどで商品をご購入いただく必要があり、基本的には実店舗まで足を運ばなければなりませんでした。一方で、距離や忙しさなどの理由から店頭に行くことが難しいお客さまも多くいらっしゃいます。そうした方々のために、オンラインでも購入できる環境を整えたことで、販売チャネルが広がった点は良かったと感じています。

とはいえ、まだ改善すべき点も多くありますので、今後も試行錯誤を重ねながら、より多くの方にファンになっていただくタッチポイントの1つとなるよう工夫を続けていきます。

宮本周治さん

トランプ大統領と同窓生。米ミリタリー・アカデミーで学んだこと

――ありがとうございます。次に宮本さんご自身について伺います。創業家として事業を継ぐ上で、「先代から守り続けたいこと」と「自分の代で変えたいこと」があれば、それぞれ教えてください。

先代から守り続けていきたいのは、「味と品質を大切にする姿勢」です。創業者は常に「品質こそ販売の生命線」と語っており、その言葉は自筆の看板として今も工場の至る所に掲げられています。実際、品質は経営の根幹であり、最も重要な要素として位置づけています。

また、「真似をされても、真似するな」という精神も大切にしています。創業当初から独創性のある商品開発を強く意識し、それを実践してきました。これからもギンビスならではの独創的な商品づくりを続けていきます。

一方で、私の代で新たに取り組んでいきたいのは「技術革新」です。お菓子づくりにおける技術の進化はもちろんのこと、これまで以上にさまざまな業界と連携しながら、お菓子の持つ楽しさやワクワク感を、より多くの方に感じていただきたいと考えています。

その実現に向けて、体験型のイベントやコラボレーション企画の開催、映画・スポーツ・芸術・文化などとの連携を引き続き行いながら、「お菓子の新しい世界」を世の中に提案していきたいと思います。

一般的に「お菓子=子どもが食べるもの」というイメージを持たれがちですが、実際には大人も多く食べています。だからこそ、大人にもポジティブな気持ちで楽しんでいただけるようなお菓子を提案し、世代やライフスタイルを問わず、より幅広い層に自然と溶け込む存在を目指していきます。

――わかりました。宮本さんは中学卒業後、渡米し、全寮制の陸軍士官学校「ニューヨーク・ミリタリーアカデミー」を卒業したと伺いました。そこはトランプ大統領の出身校としても知られます。その学校での経験が、現在の仕事や人生にどのように役立っていますか。

最も影響を受けたのは、当社の経営理念である「お菓子に夢を!」や「お菓子を通して世界平和に貢献する」という考え方に対する理解が、より深まったことです。ミリタリーアカデミーで過ごしたことで、日本にいるだけでは実感しにくい「平和の尊さ」を強く意識するようになりました。

アメリカでは、今でも戦地に赴くことが現実として存在しており、私が在学していた高校時代にも、湾岸戦争の影響で先生方が実際に出兵されました。生きて帰ってこられるかどうかもわからず、少なくとも2年間は戻れません。生徒の中にも卒業後に出兵を志願する人がいて、まさに平和と戦争の狭間で生きていることを実感しました。日々の生活にも強い緊張感があり、平和、人生、命の大切さなど多くのことを考えさせられました。

実際、イラクやアフガニスタンでは多くのアメリカ兵が命を落とし、生還しても負傷したり、心に深い傷を負ったりしたまま生活している人も少なくありません。

――「平和」を訴えている背景には、そうした環境で過ごされた経験があるのですね。

はい、そのように感じています。ミリタリー・アカデミーで心身を鍛えられ、打たれ強くなったことも大きな収穫でしたが、それ以上に大切だと感じているのは、日本が戦後80年にわたって守ってきた「平和」を、今後も維持し続ける努力をすることです。

私はその役割を、「お菓子」という仕事を通じて果たしていきたいと考えています。お菓子を“平和産業”の一つと捉え、良い形で社会に貢献していけるよう努めていきたいと思います。

宮本周治さん

お菓子を「暮らしの必需品」へ

――大学ではマーケティングを学ばれたとのことですが、そのときの学びが、現在の経営にどのように活かされていますか。

若い頃から、市場調査は自分なりによく行ってきましたので、その点は現在の経営にも活かされていると感じます。

ただし、商品開発においては、過去のデータをそのまま活用することはあまりありません。重要なのは、「何が売れるか」を1年後、5年後、10年後と先を見据えて考えることです。過去の分析だけでは、それに対応することは難しいと思います。

また、そもそも市場データが存在するということは、すでに他社が似た商品を展開している可能性が高く、私たちが同じものをつくっても、価格競争に巻き込まれるだけで、意味がありません。ですから、独創性のある商品を生み出すには、データはあくまで参考程度にとどめ、実際に自分の足でさまざまな場所に出向き、いろいろなものを見て、多様な人と対話をする中で、「こういうお菓子があったら面白いのではないか」「こんなイベントをやってみたい」と、自ら感じ取ることが大切だと思います。そうした体験から生まれる実感こそが、新しいお菓子を形にする出発点になります。

たとえ美味しくできたとしても、他社を参考にしながら作ったコピー商品には、ギンビスとしての価値はありません。私たちは今後も、できる限り独創性のあるお菓子づくりにこだわっていきます。

――最後に1つ、創業100周年まであと5年。100周年から先、これからギンビスをどのような会社にしていきたいとお考えですか。

「お菓子に夢を!」「お菓子を通して世界平和に貢献する」という経営理念をより具現化していきます。それは商品やイベントなどさまざまな形が考えられますが、まずはギンビスの商品により親しみを感じていただき、「買ってよかった」「美味しかった」と実感してもらうことが大切です。昨日今日できた会社ではありませんから、全てにおいてロングラン思考で、腰を据えて取り組んでいきます。

――となると、100周年はもう…。

はい、通過点です。とはいえ、100年、3ケタに到達するのは容易ではなく、幾多の困難や転機を経て築いてきた歴史の結晶としての100周年ですから、やはり感慨深いものがあります。

その上で、ギンビスだけでなく、お菓子業界全体が盛り上がってほしいと考えています。日本の菓子業界には、長い歴史の中で育まれてきた伝統があり、その魅力が今もしっかりと息づいています。駄菓子、洋菓子、和菓子とジャンルも多彩で、手頃な価格の商品から百貨店に並ぶ高級菓子まで、幅広い選択肢がそろっているのも魅力です。

お菓子業界は“平和産業”ですから、日本のお菓子業界全体が盛り上がれば、平和の大切さを優しく世界に広げていく力にもなると考えています。

また、お菓子は「嗜好品」と言われることがありますが、私はむしろ暮らしの必需品だと思っています。災害など大変な状況でも、ご飯だけでは心が満たされないものです。そんなときにお菓子があると、ほんのひとときでも心が癒され、気持ちが落ち着き、前向きになれることがあります。そうした力も、お菓子の魅力のひとつです。人生100年時代を迎えた今、心豊かに生きるために、お菓子が果たせる役割はますます大きくなっていくと感じます。

「このお菓子が自分の人生にあってよかった」と感じてもらえるような商品を、これからも作り続けていきます。お父さん・お母さんや友達と一緒にお菓子を食べた、そんな思い出を大切にしていただけたら、私たちもうれしく思います。

――本日はありがとうございました。

宮本周治さん

Profile
宮本 周治(みやもと・しゅうじ)
株式会社ギンビス 代表取締役社長。
1973年生まれ。中学卒業後に渡米し、アメリカのニューヨーク ミリタリー・アカデミーを卒業。その後ボストンのサフォーク大学経営学部マーケティング学科を卒業。1997年に香港の食品会社の四洲集団有限公司入社。1999年ギンビス入社。2014年同社社長。「アスパラガスビスケット」「たべっ子どうぶつ」「しみチョココーン」などがロングセラー商品として有名。

ギンビス
https://ginbis.co.jp/

記事執筆者

早川巧

株式会社CINC社員編集者。新聞記者→雑誌編集者→Marketing Editor & Writer。物を書いて30年。
X:@hayakawaMN
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