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ブランドを伸ばす、AI時代のインサイト発掘法【ミツカン・DHC】

最終更新日:2025.12.18

ブランドが長く愛されるためには、顧客のインサイトを的確に捉えたマーケティングが欠かせません。かつては多くの時間と労力を要していたインサイト発掘のプロセスも、近年はデータ収集技術やAIの進化に伴い、変革の時を迎えています。

「Marketing Native Fes 2025 Autumn」の特別セッション3では、「ブランドはAIで“拡張”されるのか?探求の定石と革新が紡ぐ『最強のインサイト発掘術』」をテーマに、インサイト発掘における定石とAI活用の可能性が語られました。

登壇者はMizkan Holdings 執行役員/Mizkan 代表取締役専務 兼 COOの槇亮次さんと、ウェルインサイト 代表取締役/元ディーエイチシー 執行役員CMO の櫻井容子さん。モデレーターはpucklin 代表取締役/Dazzle Fusion 代表の尾澤恭子さんです。Mizkan(以下、ミツカン)やディーエイチシー(以下、DHC)の具体的な事例も交えつつ語られたトークの中から、重要なポイントをご紹介します。

(文:和泉 ゆかり、構成:Marketing Native編集長・佐藤 綾美、撮影:永山 昌克)

目次

「味ぽん」のインサイト再発掘プロセス

左から尾澤恭子さん、槇亮次さん、櫻井容子さん

冒頭では、モデレーターを務める尾澤さんがセッションの目的について、次のように説明しました。

「マーケターの皆さんは、深いインサイトを発掘する重要性を十分に理解されていると思います。近年はAI技術の進歩により、従来の手法だけでなく、新しいアプローチも可能になりました。

そこで今回は、ブランドを支える「探求の定石」、すなわち従来のインサイト発掘法と、AIを取り入れた「革新的探求」という2つのアプローチについて掘り下げ、それらをどのように融合させていくのか議論したいと思います」(尾澤さん)

最初のテーマは、ブランドを支える「探求の定石」です。世の中には数多くのロングセラーブランドが存在しますが、これらのブランドが長く愛される理由は、時代の流行やコンテクストが変化しても、お客様の心をつかみ続けている点にあります。

ミツカン 槇亮次さん

酢やぽん酢など、家庭用調味料を中心に販売するミツカンは、お客様の心をつかむためにどのような取り組みを行っているのでしょうか。槇さんは「インサイトの深掘りと、そのインサイトに基づく重要度の高いアクションの実行が大切です」と語ります。

調味料の購買行動には特徴があり、「特定のブランドを必ず購入する」という強いブランドロイヤルティが形成されにくい傾向にあります。そのため、業界では「〇〇を作るときに」「〇〇に合う」といったメニュー訴求が中心となり、シズル感のあるテレビCMなどの広告が長年にわたって主流とされてきました。1964年に発売された「味ぽん」も、こうしたメニュー訴求の戦略によって成長を遂げてきたといいます。

「調味料マーケティングのあるある」と書かれたスライド資料の説明をする槇亮次さん

味ぽんの成長過程を示すグラフ画像提供:ミツカン

一見すると「順調な成長」に見える「味ぽん」ですが、2010年代から売り上げの伸びが緩やかになり始めました。背景には、人口の減少や世帯当たりの人数の変化といったマクロな要因があると、槇さんは分析します。こうした変化を受け、2010年代以降は簡便性をメインに訴求するものの、大幅な成長とはなりません。そこで、ミツカンは「味ぽん」の根本的な価値を見いだすべく、インサイトの再発掘に着手。コンビニ中心の食生活が浸透する中で、消費者の真の課題として浮かび上がってきたのは、「食の飽き」という重要なインサイトでした。同じメニューが同じ味付けで繰り返し食卓に上がることで、食の楽しみが失われていく――この現象をブランドが解決すべき課題として位置づけました。

こうしたインサイトに基づいて策定されたのが、「おいしさ、ぽんぽん広がる、味ぽん」という新しいブランドコンセプトです。従来の「特定のメニューに合う調味料」という提案から、「好きなメニューに『味ぽん』を加えることで、手軽に味変が楽しめる」という価値の提案へと進化させました。

「エクストリームユーザーに話を聞きに行くなど、メンバーには時間と労力をかけてインサイトを深掘りしてもらいました。簡便性が食のマンネリ化を招いているという気づきを踏まえ、商品開発とコミュニケーションの両面に反映させた結果、売り上げとマーケットシェアの拡大を実現できました。『味ぽん』は発売から61年目にして、新たな成長期を迎えています」(槇さん)

味ぽんのUAV策定に関する資料※UAV:ユニーク・アトラクティブ・バリュー。「顧客に選ばれ続ける価値」を意味する(画像提供:ミツカン)。

槇さんの話を受け、尾澤さんは次のように尋ねました。

「消費者の食卓の変化に合わせ、訴求を変えてきたというお話は、非常に納得感がありました。鍋だけでなく、他の料理でも『味ぽん』を思い出してもらうようにするのは、考えついたとしても実行に移すのは相当難しかったのではないでしょうか。どのような手法を使われたのか、お聞かせください」(尾澤さん)

尾澤恭子さん

これに対する槇さんの回答は次のとおりです。

「60年という長い歴史の中で、『味ぽん』は多くのお客様に多様な使い方で親しまれてきました。特にロイヤルティの高いお客様の使い方を調べてみると、私たちが想定していなかったような活用法をされていることがあります。つまり、一部のお客様はすでにその魅力に気づいて実践しているものの、広く知られていない『味ぽん』の活用法がまだ数多くある。そのアイデアを拾い上げ、私たちが形にしています」(槇さん)

AIを活用したリブランディングの裏側

槇さんの話からもわかるように、インサイトの発掘は手間と時間を要する地道なプロセスです。しかし、AIが当たり前になった昨今においては、そのプロセスも大きく変化しています。続いてのトークテーマである「革新的探求」について、櫻井さんはDHCのリブランディング事例を交えて説明しました。

櫻井容子さん

「マーケティングとは人の心の機微を動かすことで、これは人間にしかできません。AIは多種多様な仮説を作ることができますが、その中でもどれが適切なのか、選ぶのは人間であるマーケターの役割だと思います。

DHCでは、発売から40年以上の歴史を持ち、『オリーブすべすべシリーズ』として親しまれてきたスキンケアラインを『オリーブウェルシリーズ』としてリブランディングしました。このプロジェクトでは、AIが生成した人物ビジュアルをキービジュアルに採用しています。タレントでもモデルでもない“AIの人物”を起用することで、従来とは異なる表現の可能性を広げつつ、DHCが大切にしている『しあわせを、ふつうに。』というパーパスを体現することに重きを置きました」(櫻井さん)

DHC「オリーブウェルシリーズ」のキービジュアル「オリーブウェルシリーズ」のキービジュアル

リブランディングにおいて、まずはターゲット像であるペルソナの設定から始めたといいます。従来、ペルソナ作成には定量・定性調査の積み重ねで膨大な時間とコストを要していましたが、現在はWebのログ解析などにより、競合も含めて効率的に可視化できるようになりました。しかし、AIには限界があると櫻井さんはいいます。

「AIは現状を正確に分析し、データを踏まえてペルソナ作るのは得意ですが、未来を創造することはできません。商品開発に対する社員の想いやお客様の声といった“人の感情”は人間にしか理解できないので、そうしたエッセンスを加えて初めて、本当の意味でのペルソナが完成すると考えています」(櫻井さん)

パイプライン型のバリューチェーンに変革を

槇亮次さんと櫻井容子さんに質問を投げかける尾澤恭子さん

ここまで語られてきた、「探求の定石」と、プロセスを刷新する「革新的探求」。これら2つのアプローチを融合させていくには、どうすればよいのでしょうか。槇さんと櫻井さんは、それぞれの視点から次のように語りました。

「AIを活用することで、マーケティング担当者は煩雑な雑務から解放され、本質的な業務に集中できるようになります。そのためには、従来のバケツリレー型のバリューチェーンをパイプライン型へと変革することが必要です。

現在の商品開発では、市場調査から商品企画、開発、デザインと順番に情報が引き継がれていきます。しかし、最終段階を担うデザイナーは、市場調査の結果を十分に理解できていないケースが少なくありません。このため情報の精度が下がり、発見したインサイトがうまくデザインに反映されないおそれがあるほか、バケツリレーにより作業負荷も増加しています。

こうしたバリューチェーンはパイプライン型に変革すべきであり、その効率化を助けてくれるのがAIです。各工程の作業的要素をAIが担当し、情報の精度を下げることなく次の工程に引き継げれば、より効率的なワークフローが実現できるでしょう。

このように、人とAIが協働することで、人は全体をオーケストレーションする中心的な役割を担えるようになると思います」(槇さん)

バリューチェーンがバケツリレー化していることを示す図工程をパイプライン化するイメージ画像提供:ミツカン

「槇さんのおっしゃる通りで、マーケターは商品企画から広告販促、営業、さらには品質保証に至るまで、バリューチェーン全体を理解し、回さなければなりません。こうした背景から、マーケターには経営視点が強く求められます。AIをうまく活用できれば、複数の業務領域を一元的にマネジメントし、より戦略的な判断が可能になるのではないでしょうか」(櫻井さん)

2人の話を受け、尾澤さんは「これまで行ってきた泥臭い作業をAIに代替してもらえたら、人は別の業務に時間を使えるようになります。AIとの協働により、人がオーケストレーションしていく――そう考えると、未来に大きな可能性を感じますね」と語りました。

AI時代も変わらない、マーケターに必要な姿勢

参加者へのメッセージを語る槇亮次さんと、尾澤恭子さん(写真左)、櫻井容子さん(写真右)

最後に、櫻井さんと槇さんからマーケターに向けて力強いメッセージが送られました。

「人の心を動かすことは、人にしかできません。だからこそ、マーケターの存在が必要なのです。インサイトを理解する最終的な目標は、『お客様に幸せを感じていただくこと』にあります。お客様が自らの体験を誰かに伝えたくなるのは、商品を通して幸せを感じられたときです。

そのためにも、私たちはさまざまな技術の進化を受け入れながら、常に先進的な取り組みに挑戦していく必要があります。それが企業の価値を高め、持続的な成長へとつながるのではないでしょうか」(櫻井さん)

「近年のマーケターは、まるで『答え探し』をしているような印象を受けることがあります。特に若い世代の中には、過去の調査結果を積み上げれば正解を導き出せると考える方もいるようですが、マーケティングはそんな単純な仕事ではありません。もしそうであれば、きっと誰もやりがいを感じなくなってしまうでしょう。

AIを使えば、従来よりも効率的かつ高速にデータを収集でき、さまざまな仮説を得られるため、その中に答えがあると期待してしまいがちです。しかし、AIの仕組み上、少なくとも現時点では、そこに正解は存在しません。

本当に重要なのは、どれだけ仮説を持ってトライできるかです。私は社内で『できるだけ転んでください』と伝えています。たとえ失敗に見えても、そこに学びがあれば、必ず立ち上がることができます。そのためには、仮説が欠かせません。AIを仮説作りに活用することはできますが、AIに使われてはいけないのです。

AIに答えを求めるのではなく、間違っていた選択肢を1つずつ消すことで、答えに近づいていく――この姿勢こそが大切だと思います。スピードはAIで補い、人との対話や心を動かす働きかけなど、人にしかできない領域に、より多くの労力を投じていく。そんなチームや仕組みを作っていくことが、チームを率いる皆さんに求められる役割だと思います」(槇さん)

「櫻井さん、槇さん、本日は貴重なお話をありがとうございました」(尾澤さん)

Profile

槇 亮次(まき・りょうじ)
株式会社Mizkan Holdings 執行役員
株式会社Mizkan 代表取締役専務 兼 COO。
1999~2023年、ネスレ日本で主に菓子事業に従事し、ネスレグループ内世界売り上げ・利益1位を達成。 2018年にグローバルブランドマネジャー就任。2020年、ネスレ日本執行役員コンフェクショナリー事業本部長。2023年3月よりMizkan Holdings執行役員 、Mizkan取締役マーケティング本部長。2025年3月より現職。

櫻井 容子(さくらい・ようこ)
ウェルインサイト株式会社 代表取締役
元株式会社ディーエイチシー 執行役員CMO。
新卒でポーラ化粧品本舗(現ポーラ)入社。新規事業開発など担当。2004年アサヒフードアンドヘルスケアへ転職。ヘルスケア開発部長、ヘルスケアマーケティング部長など務める。2016年アサヒグループ食品(アサヒフードアンドヘルスケアなど3社が合併し、アサヒグループホールディングスの食品子会社化)理事、2019年執行役員 食品事業本部 マーケティング管掌役員。2020年同社 執行役員 コンシューマ事業本部 マーケティング管掌役員。2022年J-オイルミルズへ転職。エグゼクティブフェロー 事業統括部長。2023年同社 執行役員 油脂加工品事業管掌。2024年10月ディーエイチシー入社、執行役員CMOに就任。2025年10月に独立、ウェルインサイトを設立。

尾澤 恭子(おざわ・きょうこ)
株式会社pucklin 代表取締役
Dazzle Fusion Inc. 代表。
内資メーカーの広告宣伝部を経てシリコンバレーでスタートアップベンチャーに参画。帰国後、複数の事業立ち上げ経験を強みにテンピュール・シーリージャパンのマーケティング統括、フライシュマン・ヒラード ジャパン デジタル部門ヴァイス・プレジデント、オリックス株式会社のデジタル戦略リードを経て、2021年にコアラスリープジャパンに参画。セールス・マーケティング全般をハンズオンで統括し、短期間で業績のV字回復を実現、33カ月連続で昨対同月売上を更新。
2018年より、美容、ヘルスケア、レジャーなどの分野でマーケティングおよびDXプロジェクトを支援する個人コンサルタントとしても活動。よりフレキシブルな働き方と活動範囲を求め法人化し、2024年10月に独立。
2025年より株式会社pucklin代表取締役に就任。

 

記事執筆者

和泉ゆかり

いずみ・ゆかり
IT企業にてWebマーケティング・人事業務に従事した後、独立。現在はビジネスパーソン向けの媒体で、ライティング・編集を手がける。得意領域は、テクノロジーや広告、働き方など。
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