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マーケターが育つ、強いチームをどう作る?組織成長に不可欠な共通理解とナレッジマネジメント【風口悦子×音部大輔】

最終更新日:2025.06.04

「メンバーのスキルや知識がバラバラで、育成が難しい」「リソースに限りがあり、組織の最適な形がわからない」――マーケティング活動をリードする立場の方なら、一度はこうした課題に直面したことがあるのではないでしょうか。マーケティング組織の強化には、メンバーが同じ方向に向かえる明確な目標や共通認識の構築、ナレッジマネジメントなどが重要です。

「Marketing Native Fes 2025 Spring」の特別セッション1では、株式会社JTB 執行役員の風口悦子さんと、株式会社クー・マーケティング・カンパニー 代表取締役の音部大輔さんが「事業成長を牽引するマーケティング組織の作り方」をテーマに登壇。強いマーケティング組織の特徴、組織強化の具体的なステップ、ナレッジマネジメントに必要な要素などが語られました。

本記事では、対談の中から特に注目すべきポイントをまとめてお届けします。

(文:和泉 ゆかり、撮影:永山 昌克)

目次

そもそも「強いマーケティング組織」の特徴とは?

特別セッション1は、Marketing Native Fes 2025 Spring全体のテーマである「強いマーケティング組織」とは何か、どう作り上げるかを考えることからスタート。最初に、事前ヒアリングによって明らかになった「参加者がマーケティング組織について課題に感じていること」(上図)がシェアされました。

JTB風口さんはまずマーケティングを「市場を創造して認知を拡大し、需要を創出または獲得する活動」と定義したうえで、強いマーケティング組織には次の要素があるとしました。

1. 明確な目標と共通認識
言葉としての理解だけでなく、優先度の共有もされている。一方、弱いマーケティング組織では個人の裁量に依存し、目標が曖昧になっていたり、それぞれ異なる視点で物事を捉えていたりすることがある。

2. 開かれたコミュニケーション
オープンで自由闊達なコミュニケーションができている。

3. 心理的安全性が担保された環境
自分の考えを発言でき、その内容が適切に共有されている。

4. エンゲージメント
企業のビジョンと個人のビジョンが合っている。

5. データドリブン
あらゆる場面でデータに基づく意思決定を行う。

6. 継続的な学習とアンラーニング
特にアンラーニングが重要。過去の成功体験が正しいと思い込み続けないことが大切である。

7. 実行力と改善サイクル
PDCAサイクルを回しながら常に改善を続けている。

8. 組織間連携
特にBtoB企業においては、マーケティング組織だけで課題解決が完結することは難しい。いかに事業間の連携がとれているかが重要であり、ここでも前述の「明確な目標と共通認識」「開かれたコミュニケーション」「心理的安全性が担保された環境」といった要素が鍵となる。

続けて風口さんは、マーケティング組織には大きく分けて次の3つの形態があるとしました。

画像提供:JTB

1.各事業部内にマーケティング担当部門
事業戦略と密接に連携したマーケティング戦略を展開することが可能。一方で、企業として統一したメッセージを発信するのが難しくなりやすい。ブランドマネージャー制を敷くBtoC企業などに見られる形態。

2.事業の戦略に関わるマーケティング機能は各事業に、ブランド・デマンド部門はひとつに統合
「各事業部内にマーケティング担当部門」がある場合、スキルの育成は容易ではない。例えばブランディングなど、特定のマーケティングスキルについては共有リソースとして提供するほうが効率的な場合があるため、特定リソースのみをマーケティング部門としてまとめ、事業の根幹の戦略に関わる機能は事業部に配置する。

3.マーケティング機能を全社統合
すべての機能をひとつのマーケティングチームとして統合し、そこからマトリックス的に各事業とつながる形態。

音部さんが会場の参加者にヒアリングしたところ、2つ目の組織形態を採用している企業が多い結果に。風口さんによるとJTBも2つ目の組織形態を採用しているとのこと。各事業部内にマーケティング組織があり、特定の機能に関してはコーポレート部門で推進しているそうです。

「各形態にはメリットとデメリットがあります。各事業が置かれている状況や、培ってきた資産などによって、適切な組織形態は異なるものです。マーケティング組織をどのように設計するかという点も、強い組織を構築していくうえで重要といえるでしょう」(風口さん)

強いマーケティング組織のリーダーに求められること

さらに風口さんは、これまで数多くのグローバルCMOと出会ってきた経験を踏まえて、チームで成果を上げている優れたCMOの特徴を共有しました。

1. 常に経営の視点を持ち、決断し、責任をとる

2. 達成できる目標より、常に高い目標をおく

3. 数字とデータに強い

4. 多様な交友関係やソースから多くのインプットを得る

5. エンゲージメントとチームビルディングに投資をする

6. 競合する意見を調整する折衝能力がある

「これら6つの要素がすべてそろう必要はありません。自分がどの分野に強みを持つかを自覚し、それを極めて伸ばしていくことが、強いリーダーになるための素養だと考えています」(風口さん)

また、「5.エンゲージメントとチームビルディングに投資をする」に関して、風口さんは透明性が重要であることを強調。公平性、つまり「評価がどのようになされているか」が全員にわかる状態になっていることが特に大切だといいます。加えてリーダーは、人によって異なる考え方や好みを理解して対応することも求められます。高い給料に魅力を感じる人もいれば、仕事とプライベートのバランスを大切にする人もいて、何を「幸せ」と感じるかは人それぞれです。また、目標を達成したときに、他の社員の前で褒められることを好む人もいれば、そうでない人もいます。このような違いを理解し、各チームメンバーの満足度を向上させるために最も重要な要素を把握したうえで、コミュニケーションをとることが大切だといいます。

これまでの説明を踏まえて、「強いマーケティング組織」を作り上げていく具体的なステップの一例が風口さんより紹介されました。

1. 現状を可視化し、共通理解を作る
まずは現在起こっている状況を可視化して共通理解を構築。問題や優先事項の共通認識を作ること。

2. 小さな成功をめざす
小規模なアジャイルチームの構築と実験的プロジェクトを開始する。最初からすべてに取り組むのは難しいため、小さな成功を積み重ねて仲間を増やす。

3. 横展開し、スケールする編成へ
データドリブンな意思決定プロセス、組織の壁を越えた協力とパフォーマンスの透明性確保、リーダーシップの支援と文化変革の促進に取り組む。

4. 顧客起点、継続的な学習と改善の文化醸成
常に顧客起点で、失敗から学び、新しいスキルや知識を獲得する姿勢を育てる。

画像提供:JTB

風口さんの説明を聞いたクー・マーケティング・カンパニーの音部さんは「風口さんが話された『強い組織の特徴』は、マーケティング部門に限らず、あらゆる組織に必要なことだと、あらためて強く感じました」と語りました。

組織成長を促すうえで欠かせない「ナレッジマネジメント」

続いて、音部さんは「強いマーケティング組織」を「組織の成長」という観点から説明しました。

「成長とは何かを考えるとき、様々な見方がありますが『昨日できなかったことが、明日できること』と定義できるのではないでしょうか。できなかったことが、なぜできるようになるのか分解すると、1つは『昨日持っていなかった手段が手に入るから』です。もう1つは、『昨日までは知らなかったやり方がわかったから』。そこで重要なのがナレッジマネジメントであり、知識の管理です。

1年で1人が得られる経験値を1とした場合、10人の組織では10年分の知識が蓄積されます。知識を組織内で共有し互いの知見を糧とすれば、同じ失敗を繰り返さずに、成功を再現できる可能性を高められるでしょう。こうして組織は成長していくのです。

そして、リーダーは自分たちが5年かけてできたことを、次の世代は3年でできるように注力する必要があります。そのためには経験を知識に変え、その知識をきちんと流通させることが、組織の成長を促すリーダーには必要だと思います」(音部さん)

また音部さんは、ナレッジマネジメント、つまり知識の収集、蓄積、流通においては次の3つの要素が不可欠だといいます。

1. 共通言語の確立(概念とフォーマット)
知識は言葉によって伝播するため、各自が好きな言語を使用することは組織としての活動を阻害する可能性がある。共通言語を確立することで、知識の収集や蓄積、流通がスムーズになる。例えば「マーケティング」「戦略」などの定義を明確にすることが組織として重要。

2. 継続的な知識の収集(経験の知識化)
継続的に知識を収集できるようなプロセスを導入し、活動したら振り返りを行うという習慣やフォーマットを構築することが重要。

3. 知識流通の仕組み(有機的な繋がり)
知識の流通を目的としたデータベースを作ったとしても、活用されないことが多々ある。「誰がどのような知識を持っているか」などの情報を組織内で共有できれば、互いに学び合うことが可能。

さらに、共通言語の確立および概念整理の一例として、音部さんは「ブランド、ターゲットなどと4Pの関係」を取りあげて説明しました。

「ブランドとはベネフィットを中心とした意味であり、マーケティングとは市場創造を促す仕組みです。マーケティングが介在すると“良い商品”の定義が変わります。そして市場のシェアが入れ替わるのです。1位になるためには市場創造が必要となります。

マーケティングではWho、What、Howという概念が使われます。Whoはターゲット消費者です。Whatはプロダクトそのものと認識されていることがありますが、正しくはベネフィットです。Whatをプロダクトと考える人とベネフィットと考える人が混在する組織では混乱が生じます。

Whatはベネフィット、つまり概念であるため、消費者に直接届けることはできません。概念を消費者に届けるための手段がHowであり、この中に4P(Product、Price、Place、Promotion)が含まれます。マーケティングというと、ついHowばかりを考えがちですが、WhoとWhatを決めずにHowだけで評価はできません。また、Whatをベネフィットと捉えられていれば、時代に合わせてHowを変更し、ブランドを永続させることができます」(音部さん)

組織の強化は、共通言語の確立から

ここであらためて、話題は冒頭に共有された「参加者がマーケティング組織について課題に感じていること」へ。音部さんの説明も踏まえて、風口さんは次のように語りました。

「強い組織には共通言語や共通理解が確立されています。共通言語とは、単なる言葉の意味だけではなく、パーセプションフロー・モデルなどのテンプレートを用いた思考プロセスも含まれます。このようなツールを積極的に活用することで、国や地域を問わず実施されているマーケティング活動がわかり、違いや注目すべきポイントが明確になります。共通言語の確立は、マーケティング組織を強化するうえで、大きな力を持つと思います」(風口さん)

対して音部さんも「マーケティング組織の強化、人材の育成、組織の最適化などの課題においては、初めに共通言語の確立が不可欠だと考えます。ツールを活用し、個人の経験を組織の経験として消化できるようにすることが重要です」と共通言語確立の重要性をあらためて強調しました。

最後に、会場にいる参加者に贈るメッセージとして、二人は次のように語りました。

「マーケティングの素晴らしいところは、わずかな工夫で大きな成果を出せる可能性があることだと考えています。そのためには日々起こっていることにどれだけアンテナを張り、興味を持てるかが非常に重要です」(風口さん)

「マーケターのキャリアパスを明確に描く企業と、そうでない企業があります。『マーケティングの専門性を強化していく』あるいは『マーケティングが競争優位の重要な一部を占める』と認識しているのであれば、マーケターの継続的な育成が重要です。例えるなら、小学校ではサッカー、中学では吹奏楽、高校から野球を始めた選手と、リトルリーグから一貫して野球を続けてきた選手が高校野球で競った場合、どちらが強いかは明確でしょう。

本格的にマーケティングでの競争力を高めようと思うなら、マーケターのキャリアパスをしっかりと描き、安心して長期的に専門性を磨ける組織を作り上げることが、ますます重要になってきていると考えます。皆さんのマーケティング組織構築と人材育成がうまくいくことを願っています」(音部さん)

 

Profile
風口 悦子(かざぐち・えつこ)
株式会社JTB 執行役員
ブランディング・マーケティング・広報担当(CMO)。
2023年9月よりJTBに入社、ブランディング・マーケティング担当執行役員に着任し、ツーリズム事業に加えてBtoB領域のマーケティング強化やグローバルブランドの強化を推進する。前職の日本IBMでは、執行役員CMOをはじめパフォーマンスマーケティング、クラウド・AI担当などマーケティングの要職を歴任。システムズエンジニアや営業職の経歴も持つ。

音部 大輔(おとべ・だいすけ)
株式会社クー・マーケティング・カンパニー
代表取締役。
P&Gに17年間在籍し、複数のブランドで市場創造やシェアの回復を実現したのち、US本社チームでイノベーションプロジェクトを主導。帰国後、ダノンジャパン、ユニリーバ・ジャパン、日産自動車、資生堂で、マーケティング担当副社長やCMOなどを歴任し、複数ブランド群を擁するマーケティング組織の構築・強化を指揮。
2018年1月より現職。国内外のFMCG、輸送機器、教育、エンターテイメント、広告代理店、マーケティングサービスなどのクライアントに対して、マーケティング組織強化やブランド構築など”CMOシェアリング”サービスを提供。
博士(経営学 神戸大学)。日本マーケティング学会理事。日経BPマーケター・オブ・ザ・イヤー審査員、日経BtoBデジタル・マーケティングアワード審査員。

 

記事執筆者

和泉ゆかり

いずみ・ゆかり
IT企業にてWebマーケティング・人事業務に従事した後、独立。現在はビジネスパーソン向けの媒体で、ライティング・編集を手がける。得意領域は、テクノロジーや広告、働き方など。
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