「年末年始に読書をしたい」というマーケティング従事者の方を対象に、デジタルマーケティング専門家として知られる株式会社スノードーム代表の室谷良平(ムロヤ)さんからお勧めの5冊を選んでいただきました。
室谷さんは年間100冊以上を読み、良かった本を年末にnoteにまとめています。今回はそのnoteとは別に、日々の数値進捗に追われる事業責任者やマーケティング責任者、経営層の方々を対象とした本を紹介してもらいました。
少しゆっくりできる休暇期間は、普段なかなか手をつけられない本に触れる絶好のチャンス。今年を振り返り、来年に向けた新たな一歩を踏み出すために、こんな本はいかがでしょうか。
書影:いずれも筆者撮影
目次
アイデア出しに悩む人に、試してみたい思考ツール
『すごい思考ツール 壁を突破するための〈100の方程式〉』(小西利行・著)
マーケティング業務において良いアイデアを出すことは重要で誰しもの悩み。本書は、「“最弱”広告マンでも急成長できたスゴ技」な『独自の「思考ツール」を100の方程式に凝縮!』という内容で、アイデアを求められるマーケティングチームが強くなる1冊として選定しました。
理論と実践の双方を兼ね備えたアイデア発想本であり、やってみたくなる思考ツールが満載です。弊社内でも推薦しました。
アイデア本というと、この本を手に取る前は、名著『アイデアのつくり方』や『アイデアのヒント』を読んだことはあるものの、書店でも手にすることはなかったジャンルでした。
しかし、糸井重里さんが推している本だと耳にし、早速買って読み進めていくと、「こんなにシンプルで平易な言葉で核心に迫る思考法があったのか」と大変驚きました。
「“最弱”広告マンでも急成長できたスゴ技」という通り、いろいろな苦悩があって辿り着いた思考ツールだと感じました。
とくに印象深い思考ツールは2つあります。「まずゼロ円でできることを考える」と「人生思考」です。
タダでできることを考えようとすることで、自分が持っていた強みや資産で活かせるものはないかと目が向けられるようになり、なるほどと思いました。広告やお金をかけたアイデアもいいですが、「ゼロ円のアイデアも考えられているか?」の視点を増やすことができました。タダでできることのほうが実行もしやすいですし。
人生思考については詳しくは本書を読んでみてほしいのですが、『アイデアを考える対象の商品やサービスの横に、「人生」と書いてみて、その間をずっと見ながら想像するだけ』というものです。
実際に弊社でとある案件をもとに試してみると、アイデア発想がとてもしやすいのです。
カテゴリー・エントリー・ポイントやインサイト、潜在ニーズといった言葉はなく、だからこそ腑に落ちやすいし、試してみやすいし、アイデアが浮かびやすいのでしょう。あるのは人生です。人生において、生活においてどんなうれしさやよろこびをもたらすことができるのかを、「人生」と書いて見ているだけのアイデア発想法から学びました。
わかりやすくて、面白いからやってみたくなるアイデア発想法です。
成功者がやったこと、やらなかったこと
『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』(ベント・フリウビヤ/ダン・ガードナー・著)
世界中の1万6000件以上のデータを基に、大規模プロジェクト成功の秘訣を解き明かしていった本。経営者や事業リーダーが大きな構想を描きつつ、取り返しのつかない失敗を避けるための学びが詰まっています。
失敗するプロジェクトに共通するパターンとして「素早く考え、ゆっくり動く」があり、大切なのは「ゆっくり考え、素早く動く」ことなのだと紹介されています。
私自身、素早く考えてうまくいかなかった記憶がどんどんと蘇ってきました。確かめられるニーズを確かめることなくコンテンツを投入し、結果反響なし。マーケティング支援のプロジェクトを細分化してWBSを引いてみたものの想定以上にスケジュールが押してしまい、深夜まで続くタスク。やったことがない未知の業務が目の前に現れて続く苦戦。
本書の言葉を借りると「ばかばかしいほど性急で表面的」だったのかもしれません。実に痛覚が刺激される本でした。そんな痛みを感じながらも読み進めていく先には、なるほどと思える考え方が満載でした。
人間には早く決めたい衝動があるので、それに抗ってゆっくり考えること。認知バイアスなどの人間理解の観点からもなるほどでした。
アイデアを磨いていくフェーズでは、ピクサー・プランニングの章がとても面白かったです。「ブレイントラスト」と呼ばれるピクサーの監督経験者の集団から批評を受けるプロセスで、徹底的にフィードバックと修正を重ねるプロセスが印象的でした。
一見、とてもコストがかかるプロセスに思うのですが、アニメーション制作に取りかかるプロセスに入るよりも、脚本やラフスケッチ段階のほうが「相対的に安い」のは確かにと思いました。
「トラブルは前半のあいだに解決する」という言葉があり、これは大規模なコンテンツマーケティングを仕掛けたり、投資をする際にはぜひ取り入れたいと思います。
一言でいえば「テストマーケティング」や「計画のブラッシュアップ」と括れてしまうのですが、大規模プロジェクトであるほど徹底的にやりこむべきだと自分に言い聞かせることができました。
本書を通じて思ったことは、「認知バイアスなどの人間の本能に抗わなければ、大規模プロジェクトは成功しない」ということ。定期的に読み返して、教訓を活かしていきたいです。
イトーヨーカ堂の創業者が語る、時代を超えた商いの神髄
『商いの心くばり』(伊藤雅俊・著)
マーケターのなかには実践的な消費者心理や統計分析の情報を求めて鈴木敏文氏(セブン&アイ・ホールディングス会長兼最高経営責任者)の著書を読んだことがある人は多いかもしれません。その鈴木敏文氏のボスにあたる人が、イトーヨーカ堂の創業者である伊藤雅俊氏です。セブン&アイHDの礎を築き上げた伊藤雅俊氏が、自らの経験と哲学をまとめたのが『商いの心くばり』です。
自分が生まれるよりも前に出版された本(室谷は1988年生まれ。本書は1984年の単行本が初版)だからこそ、時代を超えた本質だと実感も得やすかったです。
本書の内容は、伊藤雅俊氏がそのときどきに感じたことを書いて小冊子の形で社内に配布したものがベースになっており、「売れる商品のポイント、人の心をつかむコツ、利益を生みだすノウハウ」など、商いの神髄を明かしています。
ビジネスの世界は絶え間なく変化し、「〇〇マーケティング」のように新しく感じられるような名前の付いた手法がたくさん出てきます。そんな環境変化の中でも、経営層やCMOが惑わされることなく一度立ち止まり、“商い”の原点を見つめ直す機会を与えてくれる、そんな1冊だと感じました。
私も含めてデジタルの世界の経営者や事業責任者たちは、日々のKPIに追われるがあまり、インプレッション数、クリック率、CV(コンバージョン数)といった数値で社員を追い込んでしまいがち。しかし、本書はそんな“数値の罠”から自らを解放するヒントを与えてくれ、見失いがちな“商い”の原点を思い出させてくれます。
「お客さまの立場になって、全体の関連を見わたしていないから、こういうことになるのだと思います。」
という一文は、部分最適のマーケティングに陥りがちな人には、とくに刺さる箇所だと思いました。
会社経営において、次の箇所も印象的でした。
「会社が大きくなると、しだいにシステムができあがり、システムだけで動いているようなシステム万能の風潮が広がって、お客さまを大切にするという考えを忘れがちです。そんなことのないように、あらためて気をひきしめなければと考えています。」
私自身も会社の仕組みを練り続けていますが、「仕組みを回すことばかり、ワークフローをこなすことばかりになってお客さまのことを忘れていないか?」とハッとさせられました。
『商いの心くばり』は、現代人が忘れていた大切なことを思い出させてくれます。とても勉強になりました。
財務3表を超えた、全方位からの「企業分析」決定版
『決算分析の地図 財務3表だけではつかめないビジネスモデルを視る技術』(村上茂久・著)
この領域ではPL・BS・キャッシュフロー計算書に関する『財務3表一体理解法』がベストセラーとして知られており、読んだことがある人も多いと思います。一方、私が取り上げたこの本は「有価証券報告書、決算説明資料、株価、決算公告、中期経営計画、目論見書から統合報告書まで。まさに全方位からの企業情報で、分析の解像度を極限まで高めよう!」という説明のとおり、非常にカバー範囲が広くなっています。
財務3表を読めるようになることを超えて、戦略立案のインプット情報としての競合分析や企業研究に活かせる1冊として選定しました。私は本書でステークホルダー間のお金の流れをよく理解できました。
また、これまで私は営業利益が良い企業の決算説明書からマーケティングのヒントを求めることが多かったのですが、フリーキャッシュフローが優れた企業を見ることも重要だという気づきを得られました。
さらに企業の成功事例を分析する際は、その企業特有の財務構造を考慮すべきという視点も得られました。同じメーカーといっても、SPA(製造小売業)のような構造なのか、自社で生産設備を持たないファブレス企業なのかで一手は大きく異なります。
次に、プラットフォーマーとの付き合い方も、財務の観点からつながりました。デジタル時代の新規顧客獲得にはGoogleやMeta、Xなどのメガプラットフォームは欠かせない存在です。プラットフォームビジネスでは売り上げはGMV(流通取引総額)×テイクレート(≒取引ごとの手数料など)となることから、プラットフォーマーはGMVが天井に差し迫った段階ではテイクレートを上げる意思決定が導かれやすくなります。それは必然的に、「仮にいまCPA(顧客獲得単価)が好調であっても、永続的には続かない」ことを表します。将来的なCPA上昇への対策が必要ということです。そのため、新規獲得チャネルの多様化や価値提案、訴求の磨き込み、顧客ロイヤル化の強化などの打ち手を日頃から準備しておく必要性を、財務の観点からも整理して理解できました。
経営に関わる人には必読の1冊かもしれません。
世界一のアパレルを目指すユニクロに、成功の原則を学ぶ
『ユニクロ』(杉本 貴司・著)
日本発の世界で輝くユニクロから徹底的に学びたいと思い、選定しました。山口県宇部市から世界一のアパレルを目指すユニクロのノンフィクション。学びになったポイントは3つあります。
1つ目は柳井正氏のインプット方法。読書家であることは知られていますが、本書から特徴的なインプットに気づきました。それは、「世界中からのベンチマーク収集と実地調査」と『「ひょっとしたら」という非常識とも思える大胆な発想』の循環構造だということです。
大胆な発想で世界を見ることで新たな可能性が見え、それがさらなるベンチマークの発見につながり、「ひょっとしたら」の視点で実現に向けた一歩を踏み出せる。そんな学びを得ました。
2つ目が「大胆な投資の前の、禅問答のような本質的な問い」です。
例えば、フリースで話題になった原宿店、上海の大型店、ニューヨーク・ソーホー店など、その前には大胆な投資判断があります。しかし、その前提として「服とは何か」「どうすれば選ばれるのか」という本質的な問いへの真摯な取り組みが書かれていました。
「価値の本質、世界における自ブランドの立ち位置をとことん自分に問うていたか?」と突きつけられた気がします。
3つ目が「原理原則、即断即決即実行がもたらす効能」です。その場で即決したニューヨーク・ソーホーの1等地獲得はその典型例で、これが世界戦略の足がかりとなり、佐藤可士和氏のような一流のパートナー関係にもつながったのでしょう。即断即決即実行が新たな機会を生み、それがさらなる発展を促す好循環を生んでいると感じます。
原理原則の追求や即断即決即実行が大切なのは誰しもがわかってることですが、その波及効果を実例とともに知ることで、よりいっそう原理原則の追求や、即断即決即実行の実行体制に力を入れていきたいと感じました。
このような思考や行動が、グローバルでの成功への鍵となっているのだと気付かされました。
Profile
室谷 良平(むろや・りょうへい、ムロヤ)
株式会社スノードーム代表取締役。
1988年生まれ。北海道長万部町出身。函館高専情報工学科卒業後、オリンパスメディカルシステムズに技術者として入社。内視鏡業務支援システムの品質管理に従事。その後マーケターに転身。保育士人材紹介会社のウェルクスでは、全サービスのSEOとコンバージョン改善を統括。未経験者を率いながらも、独自のWebマーケティングメソッドで実行力の高いチームを組成し、会社の急成長に貢献。その後、認知施策への関心が高まり、SNSマーケティング支援会社のホットリンクに転職。2022年に同社マーケティング本部長就任、BtoBマーケティング・広報・インサイドセールスを統括。クライアントのSNS活用支援にも携わる。2023年7月に株式会社スノードームを設立。戦略策定からWebプロモーションまで、一気通貫の伴走型マーケティング支援を行っている。著書『SNSマーケティング7つの鉄則』(日経BP 日本経済新聞出版)、『現場のプロが教える!BtoBマーケティングの基礎知識』(マイナビ出版)、『1億人のSNSマーケティング』(エムディエヌコーポレーション)。
室谷良平さんX
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