顧客体験価値の向上に全社一丸となって取り組み、成果を上げている丸亀製麵。全店舗に麺職人を配置して「人のぬくもり」や「手づくり、できたて」というブランドの本質的価値を追求しつつ、「丸亀うどーなつ」のような新商品の開発によって顧客に新しい価値を提案しています。それはどんな取り組みによってもたらされるのでしょうか。
「Marketing Native Fes 2024 Autumn」では、トリドールホールディングス執行役員CMO兼 丸亀製麵 取締役マーケティング本部長の南雲克明さんにご登壇いただき、ブランド独自の顧客体験価値をつくるうえで大切にしていることや、顧客体験価値の向上に取り組む際に重要なこと、さらにマーケティングの本質についてお聞きしました。モデレーターはパーソルテンプスタッフ 執行役員CMOの友澤大輔さんです。
(文:和泉 ゆかり、構成:Marketing Native編集長・佐藤 綾美、撮影:永山 昌克)
目次
マーケティングにおいて大切な「インサイト」「体験価値」「ブランド」
特別セッション2は、Marketing Native Fes 2024 Autumn全体のテーマである「マーケティングの本質」を問う質問からスタート。南雲さんは「マーケティングとは経営そのものである」としたうえで、マーケティングは単なる部門活動ではないことと、経営的な視点を持たないマーケティングは真の成果を生み出せないことを語りました。
そして、マーケティングにおいて大切なこととして挙げられたのは、「インサイト」「体験価値」「ブランド」の3つです。
「最も重要なポイントは『インサイト』であり、インサイトをベースにしたマーケティングは成功につながりやすいと思います。そのため、いかに強いインサイトを発掘できるかが重要です」(南雲さん)
ここで、モデレーターの友澤さんから「南雲さんにとってのインサイトとは?」との質問が投げかけられました。
南雲さんは、インサイトには2種類の機能があると言います。
1つ目は、既存のバリアを取り除く「鍵」としての機能です。インサイトの発掘により、「それは無理だ」「成功しない」といった思い込みを解消し、新たな可能性を開くことができます。
2つ目は、顧客の想像を超える商品やサービスを生み出すヒントとしての機能です。インサイトを基にしたアプローチは、「こんなものがあったのか」「こういうものを求めていた」と顧客に驚きと発見をもたらします。
「インサイトとは、自身の思考の限界を超え、顧客の期待を上回り、本質的な解決の鍵となるものということですね。お客さまの期待を本当に超えられているか常に考える癖を持ち、インサイトを追求し続けることが、マーケティングの醍醐味であり、重要なポイントだと思います。
そして、強い『インサイト』を基盤として『体験価値』が創造され、最終的に『ブランド』の構築へとつながっていく。3つの要素が連携することで、効果的なマーケティングが実現できるわけですね」(友澤さん)
さらに、マーケターに求められるスキルとして、南雲さんは「戦略的思考」「好奇心」「実行力」の3つを挙げました。
戦略的思考とは、強いインサイトを発掘するところから始まり、それを基に体験価値を設計し、ベネフィットを提供する方法を確立することです。マーケティングに取り組んでいると、つい具体的な戦術(HOW)に思考が偏りがちですが、本来の目的を達成するためには常に上流からの視点を持ち、戦略に基づいた戦術を選択することが求められます。また、限られたリソースの中で「何を捨てるか」「何に集中するか」という取捨選択を行うことも、戦略的思考の重要な要素になると語られました。
独自の顧客体験価値をつくるために大切なこと
続いて「ブランド独自の顧客体験価値をつくるために大切なこと」を聞かれた南雲さんは、2つのポイントを挙げました。
1つ目が、ブランドの本質的な価値を徹底的に磨き上げることです。本質的な価値とは、「顧客を創造している源泉となる価値」もしくは「インサイトを基にした独自の価値」で、ブランドの核となります。2つ目のポイントが、新しい価値です。本質的な価値に新しい価値を掛け合わせていくことで、顧客層の拡大や新規顧客の獲得が可能となります。
例えば丸亀製麺は、食体験における現代のインサイトを2つ捉えています。1つは「人のぬくもり・手づくり、できたて」です。「非接触」を推奨されたコロナ禍を経て、手料理から感じられる人のぬくもりや、できたての温かさといった価値があらためて求められているインサイトに基づき、「全店舗への麺職人配置」という形で実現しています。
もう1つは「驚きたい・ワクワクしたい」で、それに応える形で生まれたのが「丸亀うどーなつ」や「丸亀シェイクうどん」などの商品です。予想を超える新しい体験価値の提供は、単に「食べたことのない体験」を超えて、家族の笑顔を引き出したり、会話のきっかけを作り出したりする、より豊かな体験価値へと発展していきます。
ここで友澤さんが「感動や驚きを生み出すような体験価値と対極にあるのが、売り上げや利益ではないでしょうか。丸亀製麺ではどのように両者を結びつけているのですか」と質問。南雲さんは、データドリブンなアプローチにより、各施策がそれぞれの顧客層に与えるインパクトや、期待できる売り上げの上振れ分を事前にシミュレーションしたうえで計画を立案し、感情的価値と経営指標の両立を図っていると語りました。
「マーケターは『ロマン(感情的価値)』と 『そろばん(数値目標)』を兼ね備えている必要があります。私の場合、経営企画向けには数値とロジックで説明し、店舗スタッフにはワクワク感や驚きを訴求するなど、相手に応じたコミュニケーションを使い分けています。最終的には、エモーショナルな訴求が理性的な判断を超える原動力となり、それが事業成長につながると考えています」(南雲さん)
「エモーショナルなストーリーテリングと、それを裏付ける数値分析スキルをバランスよく両立する力が求められることは、マーケターならではの特徴だと思います」(友澤さん)
社内コミュニケーションの役割もマーケターは担うべき
続いての質問は「顧客体験価値の向上に全社一丸となって取り組むうえで重要なことは?」です。社内の身近な関係者であれば、「ロマン(感情的価値)」と「そろばん(数値目標)」を使い分けて自ら説得していくことができますが、マーケティング戦略をうまく推進するには、部署を超えて全社一丸となる必要があります。丸亀製麺ではどのようにしているのでしょうか。
南雲さんは、重要な要素として、次の2つを挙げました。
1つは、マーケティングとミッションの整合性を確保することです。ミッションドリブンな取り組みは、基本的には反対されにくく、組織全体の一体感を生み出しやすいという特徴があります。丸亀製麺の場合、「感動」という言葉を軸に理想を描き、その実現に向けてマーケティングを設計しています。
2つ目は、社員の内発的動機を引き出すことです。トップダウンではなく、社員一人ひとりが自ら考え、行動したいと思えるような環境をつくることが重要だと言います。「約3万人の社員が自発的に動いてくれたほうが、成果も上げやすいと考えている」と南雲さんは話しました。
具体例として紹介されたのが、社員の内発的動機を引き出す目的で丸亀製麺が制作したムービーです。
ムービーは自分たちが提供できる価値や役割を社員が実感できるようにするため、芸能人やタレントではなく、実際の麺職人を起用していると言います。「おいしいうどんを提供したい」という麺職人の想いにフォーカスし、一人ひとりにインタビューしたムービーを150本ほど制作しているそうです。
加えて、社外にはリリースされていない「社内向けのアニメーションムービー」も紹介。麺職人を目指す主人公がお客さまや先輩との関わりの中で仕事のやりがいを感じていく様子が描かれています。このように社員の内発的動機を高めるため、丸亀製麺では従来の外部向け広告予算の一部を、社内向けのコミュニケーションに投資していると言います。
「社内と社外のコミュニケーションをうまく連動させることが、顧客体験の向上にもつながると思います。私もパーソルテンプスタッフに転職後、まず社内に向けた取り組みから始めました。創業者の想いや顧客の声を、適切に編集して社内イベントなどで効果的に伝えることで、すでに内容を知っているつもりだった社員にも、新たな形で本質的なメッセージが届くと思います」(友澤さん)
「マーケターは、外部向けのマーケティング施策だけでなく、社内コミュニケーションの役割も積極的に担うことをおすすめします。外部と内部のコミュニケーションを、一貫性を持って展開し、より効果的なマーケティング活動ができるでしょう。現在そうした役割を担っていない場合でも、自ら獲得しようと動くことが大切です」(南雲さん)
セッションの最後には、南雲さんと友澤さんから、マーケターに向けて次のメッセージが送られました。
「インサイトベースでマーケティングを行う習慣を身に付けることが大切です。N1による深い洞察や、データへの違和感からの気づきなど、インサイトにはさまざまな探り方があります。最初は難しいかもしれませんが、物事の裏の裏、さらにまたその裏…と深掘りし、得られたインサイトを基にマーケティングを行う癖を付けられれば、施策の勝率も上がるはずです。
私自身も完璧にできているとはまだ言えないので、これからも試行錯誤を重ねながら取り組みたいと思います」(南雲さん)
「今回南雲さんの話を伺って感じたのは、マーケティングの本質は、インサイトの発見から始まり、そこから意味のある体験を創出することが、熱狂的なブランドの構築へつながっていくということです。その際、マーケターは外部向けのコミュニケーションに注力しがちですが、組織内部との連携も同様に重要です。
また、効果的なマーケティングを実現するには、データに基づく分析と、感動を呼び起こすストーリーテリングやナラティブの構築という、両面のアプローチが必要不可欠だとあらためて思いました。」(友澤さん)
Profile
南雲 克明(なぐも・かつあき)
株式会社トリドールホールディングス 執行役員 CMO
兼 KANDOコミュニケーション本部長
兼 株式会社丸亀製麺 取締役 マーケティング本部長。
新卒でオリックス自動車に入社後、コナミスポーツ、サザビーリーグへ転職。2014年に早稲田大学大学院でMBAを取得。その後、外食企業や小売企業を経て、2018年トリドールホールディングス入社、現在に至る。
「感動ドリブンマーケティング」を推進し、ビジネスと企業価値の持続的な成長に取り組む。
友澤 大輔(ともざわ・だいすけ)
パーソルテンプスタッフ株式会社
執行役員CMO。
1994年ベネッセコーポレーションに入社。その後ニフティ、リクルート、楽天などを経て、2012年ヤフー入社、マーケティングイノベーション室を新設。2018年10月パーソルホールディングスへ転じ、2019年4月よりグループデジタル変革推進本部本部長 CDOに就任。グループ全体のデジタル変革を推進するために中期事業計画策定から各社協働プロジェクトを推進。
2021年4月に東京海上ホールディングスデジタル戦略部のシニアデジタルエキスパート兼イーデザイン損害保険CMOに就任。2024年4月よりパーソルテンプスタッフ 執行役員 CMO。