平日毎朝、マーケティングやクリエイティブに関する最新ニュースの考察をTwitterでシェアしている「なんぼー」こと、南坊泰司さん。朝の通勤時間などに、なんぼーさんのツイートを楽しみに読んでいる人もいらっしゃると思います。
なんぼーさんは、宝島社の『このミステリーがすごい!』で10年以上、識者を務めていることもあり、「おすすめ本」選びにも定評があります。
そこで今回は、なんぼーさんに、マーケティングそのものズバリではないけど、「マーケティング従事者に心からおすすめしたい」という観点で、本を7冊選んでいただきました。
ぜひご覧ください。
目次
どんな学問であれ、本で学ぶのは良いことである。マーケティングももちろんそうだ。ただし、マーケティングに必要なのは理論やフレームワークだけではない。人の心の動きを理解し、アイデアを広げ、頭を柔らかくし、視界を広くする。マーケティングとは総合格闘技であり、あらゆるインプットが仕事に貢献する。
私の経験則で言えば、一見メチャクチャ役立ちそうなものではなく、「もしかしたら役立つのかも?」ぐらいの本が、インプットとしては良質になり得る。本記事では、そんな「関係がありそうで関係がない、少し関係ある」書籍7冊をお勧めさせて欲しい。
非合理、前例主義の組織改革に挑む政治学者の奮闘記
1.『政治学者、PTA会長になる』(岡田 憲治 毎日新聞出版)
その名の通り、大学の教授である政治学者が東京の某小学校のPTA会長を引き受けることから始まる顛末を語るドキュメンタリである。旧態依然としていて、非合理で、前例主義な「日本らしさ」を凝縮したような存在であるPTA。しかしこの作品はそんなPTAを政治学者が快刀乱麻を断つ勢いで改革する話…ではない。非合理なものにも意味があり、人の心理は簡単ではなく変革は進まない。それでも粘り強く前に進む著者の姿に、最終的には胸を打たれるのだ。
ビジネスの世界では現在DXが叫ばれ、輝かしい改革が象徴的なビジネスケースとして語られることが多いが、変革は一朝一夕で為せるものではない。机上の構想は簡単に実現せず、人は思うようには動かない。理想と現実の狭間で、リアルに向き合う人々に対し、前に進む勇気を与えてくれる良書である。
マーケティング従事者なら、言葉と文章に魂を込めろ
2.『三行で撃つ〈善く、生きる〉ための文章塾』(近藤 康太郎 CCCメディアハウス)
朝日新聞の編集委員であり作家である著者、現在では九州を拠点に文章を教える私塾を営んでおり、その教えを形にした文章本である。とにかく著者は「書くこと」への情念にも似たこだわりがあり、書くことをないがしろにする人への痛烈な批判も目につく。けれど一方で、著者は書くことに対して圧倒的に愛がある。著者は書くことへの「ショートカット」や「Tips」などは全く教えてくれない。けれどもこの本を読んでいると、何か書きたくなる。ペンを持ちたくなる。
そして実はこの本は「考え方」=「生き方」の本でもある。なぜなら著者は、「文章とはその人の考え方そのものである」と考えているから。一つ一つの言葉に責任を持ち、ありきたりな言葉を濫用しない。正に神は細部に宿るということである。
良き文章は「撃つ」ことのできる文章であり、それはコピーでも、コラムでも、どんな局面でも効果を発揮する。マーケティングに携わる者であれば文章にこだわるべき。それならこの本を読むことで目が開かれるだろう。
予備知識なしで読んでほしい、医療ミステリーの衝撃作
3.『廃用身』(久坂部 羊 幻冬舎)
本書はできれば、何も情報を入れずに読んで欲しい。私のことを信じていただけるなら、それが一番この本の醍醐味を感じることができるはずだ。とはいえ、皆さんの時間が貴重なことは理解している。この本がなぜマーケティングに携わる人にお勧めなのかを伝えよう。
タイトルでもある「廃用身」とは、脳梗塞などによる麻痺で動かなくなってしまい回復しない手足のことを表現した“造語”である。このコトバをGoogleで検索しても、この本しか出てこない。如何にもありそうな医学用語であるが、このミステリはその“この世にない概念”をもとに、フィクションの中で想像の翼を広げた作品なのだ。
著者は現役の医師であり医療の現場における様々な社会的課題を目の当たりにしてきた人物。この作品がスゴイのは、その「伝え方の工夫」にある。一読するとこの作品はドキュメンタリにしか読めない。作品内で触れられる技術が現実に存在し、そんなセンセーショナルな事件が実際にあったのかと誤解してしまう。リアルを理解している医師ならではのフェイクドキュメンタリという手法の選択なのだ。
社会性のある課題を世に分かりやすく伝えて問題提起することは、マーケティングに携わるものであれば向き合うこともあるだろう。本書の毒を以て毒を制すような表現の工夫は、発想の一助となるはずだ。
圧倒的な発想力に感嘆させられる極上の文学
4.『爆発物処理班の遭遇したスピン』(佐藤 究 講談社)
『QJKJQ』『Ank:a mirroring ape』『テスカトリポカ』と長編3作で直木賞をはじめとした様々な賞を取る新世代エンタメ作家の雄、佐藤究。その最新短編集である。ミステリー・SF・文学の交差点に位置するような作品をアイデアの力技で形にするのが佐藤究の特徴。この短編集は長編も支えられそうなアイデアを8つの短編にまとめてしまうという超贅沢な「アイデアの宝庫」な作品集。
変わったタイトルの表題作は、その名の通り爆発物処理班が世にも奇妙な爆弾の処理に携わるお仕事小説。よくある「2つの色のコードのどちらを切るか」というモチーフに、量子力学を掛け算するというアイデアによって、人々は「全く新しい二択」を選ばなくてはならなくなる。よくあるシチュエーションに強烈なアイデアを持ち込むことで、この短編は極上のミステリーであり、また人の倫理を問う小説にもなっているのである。
言うまでもなく、マーケティングにおける企画においてアイデアは非常に重要なファクターだ。もちろん、佐藤究のようなアイデアのきらめきが自分の中にもある、と到底信じられはしない…のだが、それでも頭の使い方の好例としてぜひそのアイデアの奔流を浴びて欲しい。
アイデア出しに悩む人を力づける、ロジック積み上げ型SF
5.『プロジェクト・ヘイル・メアリー』(アンディ・ウィアー 早川書房)
佐藤究が強烈なアイデアを凝縮する作家だとすれば、アンディ・ウィアーの作品はリアリティに基づき、科学的なロジックを追求することによって最終的にアイデアに昇華させる積み上げ型のアプローチと言えるだろう。既に映画化されている傑作SF映画『オデッセイ』の作者と言えば伝わるだろうか。
今回のテーマは「未確認生命体×恒星間飛行」。どちらも現在の科学技術では証明も観測もされていない事象だが、超現実的な科学的手続きを繰り返し、作者は物語を作っていく。SFの難しさは知らない技術が折り重なってアタマが追い付かなくなることだが、この作品は今の私たちでも説明できる内容を組み合わせ続けているだけなので、SF初心者でも安心して読める内容。リアリティがあると言ってもよいだろう。
「アイデアとは既存のモノの組み合わせである」と言われるが、作者はそれを証明している。この小説から感じる圧倒的ワクワク感はまさにアイデアに基づくものであり、それは聞いたことのない技術でも、知らない単語でもない。リアリティの先に驚くべき旅路が生まれ、そこに笑いあり・涙ありの優れたストーリーとして結実しているのである。
驚くべきアイデアを創り出すために突飛な発想はいらない。端正に積み上げることで、結果的に強い発想が生まれるという事実は、マーケティング活動においてアイデアに悩む人に力を与えてくれるだろう。
プロの料理人同士が互いの料理の狙いと構造を語り合う凄み
6.『料理のアイデアと考え方 -9人の日本料理人、12の野菜の使い方を議論する- 』(柴田日本料理研鑽会、柴田書店)
ここにきて突然料理本を紹介する私にネタが切れたと思う人もいるかもしれないが、大真面目に紹介させてほしい。マニアックな料理本を出すことで定評がある柴田書店から出ているこのシリーズは『月刊 専門料理』に掲載された連載をまとめたもの。
「菊乃井」や「たん熊北店」など日本を代表する和食料理人たちが、毎回テーマ食材を決めて、その食材の特徴を分析し引き出しながら、新発想の料理を創る。そしてその料理を食べながら議論する。という一連の流れを収録した本となっている。レシピ本ではなく、「料理本」なのである。
この料理人たちの食べながらの議論がもう最高に面白い!プロフェッショナルがお互いの料理を本気で考察し、狙いを話し合い、その良し悪しについてフラットに語り合う。時には辛らつに「これは平凡な発想だね」なんて痛烈な一言も。もちろんオドロキや賞賛もある。「プロがプロと語り合う」さまを凡人である我々が見守ることで、プロのアタマの中をのぞき見することができるのだ。読んでいるだけで料理や食材に対する興味が深まっていく面白い追体験。ガンガン栄養素の話や数字・技術の話が出てくるのも凄みを感じます。
ここに出てくる料理人たちはプロ中のプロなわけだから、「美味しいモノ」を作ることは当たり前。ただそれをどう言語化し、構造化し、そして料理として完成させるのか。そこには昔から受け継いだ技法=フレームワークもあれば、一瞬のひらめき=アイデアもある。これって料理に限らず、企画だって同じじゃないか?まぐれ当たりのホームランではなく、計算しつくされた必然のホームランを打つ。料理でもマーケティングでもそれは同じだろう、とアタマの使い方を教えてくれる/活性化させてくれる本なのだ。
VUCAの時代に、何度も読み返したい哲学書
7.『反脆弱性』(ナシーム・ニコラス・タレブ ダイヤモンド社)
トレーダーでありながら研究者でもある哲学者、『ブラック・スワン』や『まぐれ』などの著作が有名なタレブの名著を最後に紹介しよう。本書が提唱する新概念、『反脆弱性』とは文字通り「脆弱ではない」という性質のことを指す。一般的に脆弱の対義語は「強靭」であるが、タレブは今の時代に必要なのは頑強な強靭さではなく、「反脆い」状態であると説くのだ。
「VUCA」という言葉が市民権を得ているように、世界の未来はますます想定不能のカオスになってきている。戦争や疫病、人の価値観の変化など、容易に政治も経済も生活も変わり得る時代。そんな「変化が前提」の時代において、どうあれば強くいられるのか。適応できるのか、を哲学しているわけである。
マーケティングに携わるなら、時代の先端にいなければならない。変化の大きい時代の先端にいるということは、大きな変化にさらされ続けるということでもある。であるならば、その人は「反脆い」ビジネスパーソンである方がきっと良いだろう。しなやかに生き、時代に適応する個人であるための思想と行動を構造化して教えてくれるのが本書である。決して平易な文章ではないのだが、私が折に触れて読みかえす数少ない本のひとつである。
Profile
南坊 泰司(なんぼう・たいし)
マーケティングディレクター。株式会社NORTH AND SOUTH 代表取締役/株式会社manage4 代表取締役。
電通にてデジタルからマスまでを横断するメディアプランニング、顧客分析に基づくマーケティング戦略立案、メディア PDCAツールSTADIAの開発運用などを担当。メルカリのマーケティング・マネジャー、OMO(Online merged offline)戦略チームリーダーを経て、スタートアップのグロース支援を行うNORTH AND SOUTHと、マーケティング起点での事業・ブランド支援を行うmanage4を設立。年間150冊濫読する読書好き。
マーケティングやクリエイティブのニュース、考察をシェアするTwitterが人気。
@architectizm