約15年間にわたり、ゴルフダイジェスト・オンライン(GDO)でマーケティングの中核を担ってきた志賀智之さん。2024年春には、医療福祉領域を中心とした人材サービスのトライトに転職し、常務執行役員CMO UXD本部長として、集客を中心に多岐にわたるマーケティング業務に取り組んでいます。
ゴルフ業界から人材サービスという異業界への挑戦にギャップや課題を感じる一方で、CVRの向上など確かな成果も生み出してきました。さらに現在では「働く人の生産性を10倍に高める」という構想実現への思いを強めています。
今回は、トライトのマーケティングを牽引する志賀さんに、戦略や今後の方向性、マーケティングに対する考え方などを伺いました。
(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、撮影:矢島 宏樹)
目次
GDOからトライトへ――異業界で感じた課題とやりがい
――ゴルフダイジェスト・オンライン(以下、GDO)からトライトにジョインして、約1年半が経ちました。これまでを振り返って、ご自身の成果やギャップ、課題についてどのように捉えていますか。
業界自体が異なるため、想定以上の大変さとやりがいの両方を感じています。集客の面では、GDOは広告に加えてCRMやコンテンツマーケティングなども幅広く展開し、多面的にタッチポイントを築いていました。一方、トライトの集客は現状、広告が主軸となった「一本足打法」です。これが特徴であり、課題でもあると感じています。
――広告はデジタルのリスティング広告が中心ですか。
そうですね。リスティング広告を基盤としつつ、ディスプレイ広告やMeta広告なども活用しています。また、この業界ではアフィリエイトの影響力が非常に強いと感じます。
――現状、メインの業務は求職者の集客とのことですが、求人企業の開拓も担当されていますか。
BtoBマーケティングについては、まだ本格的に取り組めておらず、現在は営業部門が対応しています。ただし、今後はBtoBマーケティングも重要な課題になると考えており、強化を進めていく方針です。
――これまでに上げた実績としては、具体的にどのようなことがありますか。
最初に着手したのはLPOです。広告による集客を続けていても、CPCはどんどん上昇していきます。CPAを抑えるためには、クリエイティブも含めて品質を改善していくのは当然ですが、結局はCVRを高めるしかありません。
この領域においては、思い切った改革を実行しました。専任の人材を確保し、広告代理店にも積極的なコミットをお願いするなどして、LPOやEFOに取り組んだ結果、CVRはおおよそ倍くらいには改善されたと認識しています。
――人材サービスの中でも、エッセンシャル・ワーカー向けの求人サービスは競合が多い領域です。競合とのシェア争いにおいて、取り組まれていることはありますか。
ポイントは、高CPA帯の中で、どれだけ競争力を維持できるかにあります。すなわち、市場性の高い求職者をいかに集客できるかが鍵です。
例えば、転職意欲の高い方を集めるには、プッシュ型とプル型のアプローチで成果に差が出ます。リスティング広告やアフィリエイトなどの手法は、すでに複数の求人エージェントを比較検討し、求人票も閲覧している段階の求職者が多く、転職意欲が比較的高い傾向があります。そうした方々から的確に選ばれることが重要です。
もちろん、最終的なゴールは成約ですから、営業担当であるキャリアアドバイザー(以下、CA)が、求職者と求人企業の最適なマッチングを実現することを目指しています。
――トライトでは「CMO UXD本部長」という肩書きをお持ちですが、市場性の高い人材の集客以外に、どのような業務を担当されていますか。
まず前提として、登録者数の確保は非常に厳しい競争環境にあり、安定した集客が最優先の取り組みとなっています。その上で、すでにマーケットシェアを獲得している職種においては、ブランドの構築や認知度の向上にも注力していきたいと考えています。
――「職種」とは、具体的にどのような職種ですか。
例えば、看護、介護、保育などさまざまな職種があり、それぞれのマーケットシェアは大きく異なります。
認知度を高めて指名検索数を増やしていかないと、一般的なキーワードによる検索のままではCPCが高騰する一方です。そのため、指名検索されるようなマーケティング施策やブランディングの強化が必要と感じます。
働く人の生産性を10倍に引き上げたい
――ほかに現在手がけている取り組みはございますか。
CRMの強化に取り組んでいます。ただし、トライトの場合、バリューチェーンの中に営業のプロセスが組み込まれていて、GDOのようにダイレクトなモデルではありません。集客はマーケティングの役割ですが、それだけでなく、営業の生産性をいかに高められるかについても、マーケティング部門が仕組み作りを担う必要があると考えています。
CRMは本来、集客の一手法です。オーガニック検索やペイド広告、データベースに登録された方々へのメールマーケティング、SNSを活用した施策など、集客には多様な手段があります。一方で、CRMの役割をより広く解釈することで、営業の生産性向上まで含めて捉えると、企業全体のパフォーマンス向上につなげられると思います。
――なるほど。役割が広がりますね。
トライトのマーケティングは、求職者とクライアント(施設)双方に向けて行う必要があるため、BtoBマーケティングも今後の伸びしろとして強化していく方針です。
そのためにも、CRMの強化は欠かせません。また、SEO対策にも注力し、コンテンツの質を全体的に高めていきたいと思います。
私たちはマッチングビジネスを展開しているため、求職者と求人側の両者を効果的に集客できる仕組みが不可欠です。そうした仕組みの構築に、本格的に取り組んでいきます。
――ありがとうございます。少し遡りますが、志賀さんがトライトへ転職されたきっかけは、どのようなことだったのでしょうか。
GDOには約15年間在籍しており、そろそろ新しい環境へ移ろうと考えていました。ゴルフ業界は市場規模が限られたマーケットではありましたが、仕事自体は非常にやりがいがありました。GDOはデータを豊富に保有し、タッチポイントもメディア、ECサイト、ゴルフ場予約、スコア管理アプリなど多岐にわたり、お客さまと接点を持つ手段が充実していました。そのため、マーケターにとっては力を発揮しやすい環境が整っていたと思います。
特に、競技速報のようなメディアとECの両立は容易ではありません。BtoBであれば一般的かもしれませんが、一般消費者向けの場合、報道的にニュートラルなコンテンツなのか、商品紹介などのPR的なコンテンツなのかが、読み手にとってわかりにくくなるおそれがあります。そのような中で、メディアの担当者と販売担当者が同じブランドのもとで活動し、さらにゴルフ場予約などの機能も備えているサイトは珍しい存在と言え、マーケターにとって恵まれた環境だったと思います。
そうした環境に15年間身を置いたこともあり、次は戦う場を変え、より大きなマーケットで、自分がこれまで経験してこなかった人材・不動産・金融といった領域に挑戦したいと考えるようになりました。
――わかりました。次に、短期と中期で取り組みたいテーマを教えてください。
短期・中期という区切りとはやや異なりますが、マーケティングの基本である「認知から購入に至るファネル」の構築は、当然取り組むべきことだと考えています。その上で、トライトでも、やはりGDOのモデルを再現したい。つまり、転職のタイミングだけに想起されるブランドではなく、仕事に関するさまざまな文脈で思い出してもらえるような世界観をつくりたいのです。
GDOも同様で、ECやゴルフ場予約だけでなく、なぜメディアを運用しているかというと、ゴルフに関する幅広いテーマで母集団を形成できるからです。
あとは、働く人の生産性を10倍に引き上げたいと考えています。トライトはGDOのようにお客さまと直接コミュニケーションを取るのではなく、求職者と向き合う営業が存在します。その過程で活動する人の生産性を10倍に高めるためには、AIによる代替、DXやCRM、レコメンド機能の活用、あるいはダイレクトモデルへの移行、顧客満足度の向上を狙った提案件数の増加など、さまざまな可能性が考えられます。
こうした手段を多角的に検討しながら、営業のCAをはじめとする人材の生産性を飛躍的に高めることに関心を持っています。最終的に、私が目指しているのは、人間をハイパフォーマーへと“武装”することです。
優れたマーケターになるために必要な視点
――ありがとうございます。では少し話題を変えて、志賀さんご自身のマーケティングに対する考え方についてお聞かせください。長く情熱を持ち続けてこられた理由は何でしょうか。
私は「UX」という言葉が好きです。自分の施策によってお客さまの心理が変化したり、態度変容が起きたりすることは、とても価値のあることだと思います。それは、店員や営業担当が売り上げを伸ばすために行っていることと本質的には同じです。顔の見えないインターネットの世界で、うまくコントロールできる場合もあれば、そうでない場合もある――その難しさや奥深さに面白みを感じます。
――では、優れたマーケターになるために必要なことは、どのようなことだとお考えですか。
優れたマーケターになるためには、優れた消費者になることが大切です。例えば、モノを買った経験がない人にモノを売ることは難しいでしょう。モノを買っていただくためには、購買者の行動心理や消費者心理を理解する必要があります。
モノを買うといっても、高級品もあれば低価格品もあり、購入の目的や立場によって買い方はさまざまです。そうした消費行動・購買行動に対して感受性を高め、敏感に物事を捉えることが重要だと思います。
――ただ買うだけではなく。
そうです。何かを購入したときに、「なぜこれを選んだのだろう」「どこを気に入って購入を決めたのだろう」「ほかの商品にすればよかったのではないか」などと考えた経験はありませんか。
買い物の前・最中・後を通じて、どのような体験をし、どのような状態であれば満足(ハッピー)なのか、逆に満足できないのかを、自分の体験を通してよく考え、言語化することが大切です。その上で、「では他の人はどうだろうか」と思考を広げていくのが良いと思います。
――志賀さんご自身も、買い物をするときはそのように考えることが多いのですか。
多いですね。私はお店に行くと必ず接客を受けるようにしています。何をすれば気持ちよく購入できるのか、そして「顧客体験が良くなる」とは具体的にどういうことなのかをリアルに理解するには、実際に体験するのが一番だからです。
コミュニケーションの結果、店員が自分の潜在的なニーズを引き出してくれることがあります。それまで自分が持っていた価値観以上に「こちらのほうが良いのではないですか」と提案され、実際に納得できれば、新たな発見につながります。こうした購買体験や顧客体験は非常に興味深く、マーケターにとっても重要です。日常生活の中で意識的に取り入れてみると良いと思います。
私自身、消費行動は日常生活における良いインプットになっています。買い物に限らず、旅行、芸術やエンターテインメントの鑑賞などでも、場当たり的に動きながら、いかに楽しむかを考え、なるべく接客を受けることで経験を積むようにしています。
――志賀さんはGDOでもトライトでもCMOを務められていますが、優秀なマーケターからCMOになるためには、どのようなことが必要だとお考えですか。
まず自分の「軸」を持ち、極めることが重要だと思います。広告運用、CRM、プロダクトやサービス開発、あるいはPDMなど、軸となる分野は何でも構いません。その軸を基盤として視野を広げ、マーケティング業務全体をカバーしながら、視座を高めていく――これがCMOへの一つの道筋だと思います。
私の場合、その軸はUXであり、あとはAIやCRMです。データ活用が極めて有効なビジネスに関心を持ち、そういう業界に入って実践してきたからこそ力を発揮できました。逆に、もしコンビニエンスストア業界に入っていたとしたら、CRMといってもポイント戦略くらいはできるかもしれませんが、リピート顧客の獲得などは難しく、同じような成果は残せなかったかもしれません。
10打数1安打より100打数10安打を
――CMOになると、部下とのコミュニケーションも重要になると思いますが、日頃はどのようなことを伝えていますか。
基本的には、できるだけ多く打席に立ってほしいと考えています。重要なのは打率よりも打席数です。やはり、多くの打席を経験した人でなければ得られない学びがあります。失敗は多いほうが良い。マーケティングは本質的に失敗の連続です。態度変容といっても容易ではなく、失敗を一度も経験しないまま思い通りに人が動いてくれるということはあまりないと思います。
だからこそ、10打数1安打よりも100打数10安打のほうに価値があると考えます。行動量を増やせば経験値も高まり、それだけ多くの学びを得られるからです。
――最後に、今後のご自身のキャリアについてお考えをお聞かせください。
まずは、トライトをしっかりと成長させることです。IT、DX、AI、CRMなどを駆使し、営業の生産性をどこまで高められるかに挑戦します。基本的に私は、人間そのもの、あるいは人間が行うことに強い関心があるのだと思います。
AIも、本質的には人間の行動や思考の模倣を追求していると感じます。なぜわざわざAIやロボットといった機械に人間を模倣させるのかといえば、生産性の向上や、危険な業務・劣悪な環境から人間を守ることが目的の一つにあるからだと思います。
私は、GDOでは、人間がいないところ、つまりサイト上に人間らしさを生み出す取り組みを行ってきました。一方、トライトのように人間が関わる環境であれば、人間をハイパフォーマーに“武装”させることで生産性をさらに高め、競争力を強化できる状況をつくることに強い好奇心を抱いています。
――その結果として、営業利益率を上げていく、と。
営業利益率なのか、それとも関わる人すべてがハッピーになることなのかは断言できませんが、基本的にはその方向性だと思います。
――わかりました。本日はありがとうございました。
Profile
志賀 智之(しが・ともゆき)
株式会社トライト 常務執行役員CMO UXD本部長。
UNIX系開発会社を経て、ソフマップでECサービスのリニューアルや新サービスの立ち上げを担当し、子会社取締役に就任。ネットイヤーグループを経て、2008年ゴルフダイジェスト・オンライン入社。 IT戦略室長、情報活用推進部部長を歴任し、お客さま体験デザイン本部(UXD本部)を設立、2018年から執行役員としてCMOとCIOを兼任。データ活用と顧客中心のマーケティングを徹底し、会員数・売り上げの向上で実績を上げる。2024年4月トライトに入社し、現職。