事業成長をリードする優秀なマーケターをどのように見極め、採用するのか。採用した人材をどう育成すれば能力が最短かつ最高に開花するのか――マーケティングの部署を統括するマネジメントの人なら、一度は人材の採用や育成について頭を悩ませたことがあるのではないでしょうか。
「Marketing Native Fes 2025 Spring」特別セッション3では、そんな悩みに応えるべく、エン・ジャパン在職中にマーケティング組織を10倍(7名→70名)に成長させた田中奏真さんと、もう1人、人事の観点から率直なご意見を伺うため、ユナイテッドアローズ 執行役員 CHRO 山崎万里子さんにご登壇いただきました。モデレーターは300Bridge 代表取締役 藤原義昭さんです。
(文:和泉 ゆかり、撮影:永山 昌克)
※田中奏真さんはイベント開催時、エン・ジャパンでマーケティング本部長を務めていましたが、その後転職し、本記事公開時点(2025年7月2日現在)ではBuySell Technologiesで執行役員 マーケティング統括本部 本部長を務めています。
目次
マーケティング部署の社内での位置付け
特別セッション3のテーマは「エン・ジャパン×ユナイテッドアローズ 成果を上げ続けているマーケティング組織のリアル」。「マーケティング部署の位置付け」や「マーケティング戦略をドライブさせるために必要な人材」、「メンバーの頑張りを称賛、評価するための取り組み・制度」など、組織にフォーカスしたトークテーマが設けられました。
冒頭、モデレーターを務めた藤原さんは「本日、田中さんにはマーケティング部署のトップとして活躍されてきたからこそ得られた知見を、そして山崎さんには人事の観点から見たマーケティング部署のあり方について、お話しいただきたいと思います」と語り、セッションをスタートさせました。
最初のテーマは「マーケティング部署の位置付け」。エン・ジャパンの主力事業は採用サービスで、マーケティング部署は「マーケティング本部」として独立しています(イベント開催時。2025年7月2日現在は「デジタルプロダクト開発本部 マーケティング部」に変更)。
営業部に属さずに独立させた理由は、求職者の本質的な声を集め、顧客体験の向上を図るため。マーケティング部門を専門組織にして、集客から求人応募への体験を一気通貫でできるようにしたいと考えたからだそうです。
とはいえ、営業部との連携も欠かせません。営業部との関係について、田中さんは次のように説明します。
「営業部は主にBtoBの求人企業を担当して採用コンサルティングを行います。一方、マーケティング本部は求職者の利便性向上に焦点を当てた活動をするという役割分担になっています。
ただし、サービスの使いやすさは、求職者だけでなく求人企業にとっても重要な要素です。そのため、役割は明確に分けながらも、営業側の売上達成をサポートするためのプロダクト開発や改善についてディスカッションを重ねる体制を構築しています」(田中さん)
マーケティング本部は当初、組織図の端にいるコストセンターのような部署だったとのことですが、広告運用やマーケティングリサーチなどを内製化し、プロダクト改善も行える部署にしながら、徐々に会社の中心的存在へと近づけていったそうです。
エン・ジャパン 田中奏真さん
一方、ユナイテッドアローズのマーケティング部署の位置付けについて、山崎さんは次のように語ります。
「当社は戦略に合わせて組織を変えるため、ここでは2025年4月時点の組織体制について説明します。基本的にはビジネスユニット単位での事業本部制を採用していて、その中にマーケティングの組織もあり、部長もいます。すべての機能がビジネスユニット内に内包されていますが、ユニット内に組織の横串を刺す形の機能も設けていて、デュアル組織になっています。
事業部内のマーケティング担当者はブランド戦略の実行を担当。横串を刺す機能の部署は、時代の変化への対応、新たな概念の導入などを担当していて、双方が良い意味で緊張感を持ちながらハードネゴシエートし、事業の進捗を担っています」(山崎さん)
山崎さんの話を聞いた藤原さんは、組織の作り方に着目し、田中さんに対して「ユナイテッドアローズは戦略に合わせて組織を変えますが、エン・ジャパンは組織が先ですか。戦略が先ですか」と質問。田中さんは「組織が先」とし、次のように理由を語りました。
「本来であれば戦略を策定してから組織を整備すべきでしたが、立ち上げ時の課題として、戦略を立案しても実行するリソースや人材が不足していました。そこで、自分なりの生存戦略として『組織を強化すれば戦略も立てられる人が増えるだろう』という逆説的な考えに至ったのです。
現在であればAIツールを活用してより効率的に戦略立案できると思いますが、当時はまず優秀な人材を揃えることで戦略立案の土台を構築するというアプローチを選択しました」(田中さん)
ユナイテッドアローズ 山崎万里子さん
マーケティング戦略をドライブさせるために必要な人材
両社のマーケティング部署の位置付けがわかったところで、次にその構成員であり、マーケティング戦略をドライブさせるために必要な人材に関するテーマに話が進みました。
山崎さんがまず挙げたのは「異なる価値観を持つ相手と対話できること」。それぞれにこだわりや優先したいことが異なっても、全体最適を考えながら対話を重ね、調整できる能力が必要だといいます。
また、メンバー構成に関しては、プロ人材として中途入社したメンバーと、マーケティング経験がゼロでありながら店舗から異動してきたメンバーが混在しています。小売業であるため、マーケティングの専門性だけでは不十分であり、両者がミックスされた組織が効果的だと考えているそうです。
「中途入社のメンバーには、マーケティングスキルに加えて当社の歴史、理念、価値観、ミッション・ビジョン・バリューといった企業文化をしっかりと伝えています。一方、店舗から異動してくるメンバーには、テクニカルなスキルを重点的に教育するなど、相互補完できるようにしています」(山崎さん)
ユナイテッドアローズに在籍した経験がある藤原さんは、次のように語りました。
「社歴が長いメンバーが多い組織だからこそ、外部から入社したメンバーに対して、会社独自の抽象化された概念や文化をインストールすることが重要だと思います。
加えて、マーケティングには、実際の店舗オペレーションに対する想像力が不可欠です。新しく入ってきた人たちにも店頭に立って売り上げを上げることや接客の大変さを実際に感じてもらうようにしていましたが、とても良い取り組みだと思います」(藤原さん)
300Bridge藤原義昭さん
一方、田中さんがマーケティング戦略をドライブさせるために必要な人材の特徴として挙げたのは「自発的に動けること」。自分のためだけでなく、事業や組織、そしてユーザーに貢献するために何ができるかを考え、行動に移すことが求められるといいます。
では、そのような人材をどのようにして集め、現在の状態まで拡大してきたのでしょうか。田中さんはエン・ジャパンのマーケティング部署を10倍(7名→70名)に成長させた立役者でもあります。
「現在70名の組織のうち、中途採用者は約3割を占めていますが、最初は社内公募で、全部署からマーケティング業務を希望する人材を募集しました。自発的な意欲を持つ人材を発掘する手法ともいえるでしょう」(田中さん)
最初の頃は全員がマーケティング未経験者だったため、育成が大きな課題になったといいます。そこで広告運用からデザイン、戦略立案までを自分たちでできるようにすべく、広告代理店任せの体制を改めたり、リサーチ業務を内製化したり、エンジニアに頼らずともノーコードでサービス改善できるツールを導入したりして、自分たちのケイパビリティを向上させてきたそうです。
「広告運用から戦略立案まで、できなかったことをできるようにすることは大変でしたが、結果的に問題解決の選択肢を増やすことができ、挑戦して良かったと感じています」(田中さん)
画像提供:エン・ジャパン
優秀なメンバーをどう見極め、集めるか
複数の候補者の中から、マーケターとして活躍するメンバーを見極めるためにはどうすればよいのでしょうか。
先述のとおり、「自発的であること」を求めるエン・ジャパンでは、基本的に田中さんがマーケティング部署の志望者全員と面接を行っているとのこと。これは社内異動だけでなく、新卒採用や中途採用でも共通しているそうです。ただ、Zoomのオンライン面接やAIの登場で面接対策がしやすくなり、応募者が本当に入社もしくは異動後に自発的に行動できるか否かを見極めるのが難しくなっているため、次の2つを見ているといいます。
■面接前後のアンケート内容で判断
事前アンケートでは「入社後にどのようなことを実現したいか」「どのような貢献をしたいか」を質問。単文で回答する人と長文で熱量を持って回答する人に二極化する傾向がある。この段階で論理性も確認可能。
また、面接後のアンケートでは「面接に対する自己評価」「反省点」「面接官への印象」など、約10項目の質問を自由記述形式で回答してもらう。ここでも熱量を見るとともに、面接で何を感じ、学び、どのようなアウトプットをするかを確認する。
■中途採用面接では思考プロセスや改善意識を確認
中途採用の面接では、自身の成功事例を話す候補者が多いが、それが個人の成果なのか、チームの成果なのかの判断が困難なことが多い。そこで「当時どのような仮説を立てたのか」を詳しく説明してもらうとともに、「タイムマシンで最初に戻るとしたら、何から改善するか」という質問をする。その方法で候補者の思考プロセスや改善意識を確認可能。
マーケティング人材の育成方法、研修制度
採用後の育成に関しては「任せること」を大切にしているという田中さん。例えば、新卒入社2カ月目のメンバーに対し「1カ月間で広告費1億円を使って、CV目標を達成してください。広告運用に関する相談は自由で、あとは自分で考えて構いません」といった形で、信じて任せるようにしているといいます。
「上司の役割は指示を出すことではなく、サポートに徹することです。これは上司にとって勇気の要ることですが、自転車の練習と同様で『こうやって乗るんだよ』と説明するよりも、実際に自転車を渡して『はい、乗ってください』と任せてしまうほうが、本人の実力向上につながると感じています。
ただし、本人がやりたくないことを任せても成果は上がりません。そこで2カ月に1回程度、全員と30分間の1on1を実施し、『どのような業務が楽しいか』『何をやめたいと思っているか』といったことを聞いています。この深掘りを通じて、本人がやりたいことと会社として担当してもらいたい業務の接点が最も大きな領域を見つけるようにしています」(田中さん)
一方、ユナイテッドアローズの育成について、山崎さんは次のように説明します。
「マーケティング部門のメンバーだけでなく、社員に対してマーケティングスキルを浸透させる取り組みを行っています。所属や階層、年齢、等級に関係なく、手を挙げれば誰でも参加できます。マーケティングスキルはあらゆる業務に活用可能です。例えば、人事考課のフィードバックにも有効ですし、タレントマネジメントはCRMとほぼ同じ考え方だと思っています。
研修参加者の中には、将来的にマーケティング部門への異動を希望する人もいれば、現在の業務にマーケティングスキルを活用したいという人もいます。誰が常連さんとして毎回参加しているかは人事が把握しているので、マーケティング部門のヘッドに常連さんのことを共有します。そうすることで、社内から人を募集するときにマーケティング部門のヘッドが声をかけやすくなるからです」(山崎さん)
ユナイテッドアローズが研修により力を入れるようになった背景には、コロナ禍があったといいます。コロナの影響で店舗が休業した際、社内から「この状況で良いのか」「この会社にいて良いのか」という不安が高まったとのことです。
コロナ禍を経て残ったメンバーの中には、会社の未来を一緒に創っていきたいという想いを持った人が多く、そのメンバーが求めているのが教育機会でした。「今の仕事の延長線上にない能力やスキルを身に付けたい」という熱意の表れです。
また、エン・ジャパン、ユナイテッドアローズともに大切にしているのは「褒めること」。しかし、エン・ジャパンの場合、70名ものメンバーがいると、褒めようにも具体的に何をやったかの把握が難しいことがあります。そこでSlackに専用チャンネルを作成し、良いことがあったら投稿するようにしたとのこと。その結果、数字が上がったという成果だけでなく、「マーケティングでこんな成果が出ました」「プロダクトがこのように改善されました」といった、メンバー本人が何でも投稿できる場所になり、それぞれの頑張りを認める文化が醸成されたそうです。
一方、ユナイテッドアローズは、トップパフォーマーだけでなく、他のメンバーを支える支援的な業務を担っている人を評価するようにしているといいます。また、店舗の販売スタッフがスタイリング投稿などを行い、その経由で売り上げをどのように上げていくかを計測しており、そのスコアが高いメンバーを「DXセールスマスター」と認定して、表彰する制度を設けています。
「この制度の特徴は、スコアリングだけでなく、「人として称賛できる」という人材要件を設定していること。そして推薦制であることです。自分だけが成果を出していれば良いのではなく、周りから『この人を認定したい』と思われることが大切だと考えています」(山崎さん)
画像提供:ユナイテッドアローズ
最後に藤原さんは「本日は具体的な事例を数多くお話しいただきました。これらの内容を一度抽象化していただき、『自社で適用するとしたら、こんなやり方が考えられるのではないか』といった形で応用していただければ幸いです。本日はありがとうございました」とセッションを締めくくりました。
Profile
田中 奏真(たなか・そうま)
エン・ジャパン株式会社 ※イベント開催時
神戸大学経営学部を卒業後、エン・ジャパンに新卒入社。法人営業を経て、サービスのマーケティングを担当。16年間のキャリアの中で社内のマーケティングを再定義し、プロモーションからプロダクト改善までを一気通貫で行う組織を構築。インハウス化を主導し、組織を10倍(7名→70名)に成長させて、プロモーション部をマーケティング本部に変革。実力ある若手を抜擢し、20代のリーダーや女性管理職を育成することで、多様性のある組織づくりにも注力。
山崎 万里子(やまさき・まりこ)
株式会社ユナイテッドアローズ
執行役員 CHRO 人事本部 本部長。
1993年、大学時代にユナイテッドアローズで学生アルバイトからスタートし、1996年に入社。販売促進部、広告宣伝部を経て、2006年、広報宣伝部部長、2008年、経営企画部部長。2010年に執行役員就任。2014年に経営戦略本部副本部長、2016年ユナイテッドアローズ本部副本部長などを経て2018年に人事部部長に。2023年、執行役員CHRO人事本部本部長に就任。
藤原 義昭(ふじはら・よしあき)
株式会社300Bridge
代表取締役。
株式会社コメ兵にて、EC事業の立ち上げを主導し、販売・物流・マーケティングの変革を推進。同社のEC事業を100億円規模に成長させる。2021年4月、株式会社ユナイテッドアローズ 執行役員最高デジタル責任者として招聘され、EC事業を含むデジタル領域全般の総責任者としてマーケティングとデジタル戦略を駆使し、同社のV字回復を実現。さらに、PEファンドのアドバンテッジパートナーズでディレクターとして、保険代理店、外食チェーン、小売りなど投資先企業のバリューアップを担当。2024年11月より独立し、現職。