facebook twitter hatena pocket 会員登録 会員登録(無料)
インタビュー

シック・ジャパン 疋田智彦が語る、「情緒×機能」のマーケティング戦略とビューティグルーミングカンパニーへの事業転換

最終更新日:2025.12.11

The Marketing Native #82

シック・ジャパン

マーケティング本部長

疋田 智彦

ウェットシェービング市場で29年連続シェアトップを誇るSchick Japan(以下、シック・ジャパン)。同社は今、「シェービングカンパニー」から「ビューティグルーミングカンパニー」への転換を掲げ、新ブランドのローンチやプロモーション投資を加速させています。

施策を牽引する中心の一人が、マーケティング本部長の疋田智彦さんです。

今回は疋田さんをインタビュー。事業転換を支えるマーケティングの裏側、新ブランドに込めた狙い、社員が誇れる組織づくりへの考え方について話を伺いました。

(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、撮影:矢島 宏樹)

目次

顧客を動かすストーリーは、美容師とバーテンダーが教えてくれた

――シック・ジャパンのコーポレートサイトを見ると、「最も革新的なビューティグルーミングカンパニー」と掲げられています。新ブランドのローンチ、商品開発、プロモーションなど、積極的な投資を行っている印象があり、そのあたりについて伺えればと思います。 

まずは疋田さんご自身について、キャリアの歩みから教えてください。新卒で日本ロレアルに入社し、その後バカルディ・ジャパン、ヘンケルジャパンを経て、現在のシック・ジャパンにジョインされた、という理解でよろしいでしょうか。

そうですね。実はロレアルには営業職として入社しました。父が大手企業で営業職を長く勤め、トップまで昇進して大きな組織を動かしている姿を見て育ったため、私自身も営業にあこがれを持っていました。ところが入社2年目に所属していた部署が日本のビジネスをクローズすることになり、そのタイミングでマーケティング部へ異動しました。当時、営業からマーケティングへ異動したのは私が初めてだったそうです。

シック・ジャパン マーケティング本部長 疋田智彦さん

その後、途中でビジネススクールに通うなどしながら、現在まで一貫してマーケティングに携わってきております。

――ロレアルではどのような業務を担当していましたか。

ロレアル時代の13年間は、BtoBマーケティングを担当していました。美容室サロン向けのマーケティングで、一般消費者ではなく、美容師の方々への教育が主な業務でした。製品の営業提案にあわせて、使用方法に関する教育プログラムを提供しており、商品開発だけでなく、「美容師という顧客に対してどのように価値を伝え、販売につなげるか」というストーリー設計を学ぶことができました。

その後、バカルディへ転職したのですが、実はお酒の会社でありながら、当時の私はほとんどお酒を飲めませんでした。

――お酒を飲めないのに、どのように顧客の気持ちを理解したのですか。

まずは3カ月ほど営業担当者と同行し、徹底的に現場を回りました。特に参考になったのは、お酒に精通したバーテンダーの皆さんの話です。お酒の歴史や味の種類、製法に関する知識だけでなく、どのような思いで提供しているのか、お客さまはどんな方が多く、どのような気分で来店しているのかなどを丁寧にヒアリングしました。そうした対話を重ねるうちに、ロレアル時代に美容師の方々と向き合っていた経験と近い構造があると気づいたのです。

ですから、商品についてはバカルディの先輩方から基礎知識を学びつつ、お酒のカルチャーについてはバーテンダーの方々に教えていただきました。また、消費者視点を理解するために、スーパーやコンビニに頻繁に足を運んで市場調査を行うなど、精力的に勉強しました。その結果、転職後すぐに体重が12キロ増えてしまいましたが(笑)、それくらい必死だったことを覚えています。

その後、ヘンケルを経て、シックが「シェービングカンパニーからビューティグルーミングカンパニーへと転換する」というビジョンを掲げて、ビジネスの変革を起こそうとしていることに興味を持ち、応募してシックに入社しました。

シック・ジャパン マーケティング本部長 疋田智彦さん

安全・安心の圧倒的な土台が支える情緒起点のマーケティング

――あらためて「マーケティングとは何か」と聞かれたら、どのように答えますか。

ひと言で表現するなら、「情緒と機能のバランスを取りながら、ワクワクするストーリーを創り出すこと」だと考えています。商品開発も含め、どのようにすれば新しい体験に基づく魅力的なストーリーをマーケティングによって生み出せるのか、常に意識しています。

情緒については動機づくりの要素が強く、最終的な購入理由は機能性の高さにあると思っています。シェーバー市場は従来、「5枚刃」「◯◯コーティング」などの機能訴求から入るのが一般的でした。もちろん、その訴求によって購入されるお客さまも多いのですが、当社がビューティグルーミングカンパニーへの事業変革の一環として取り組んでいるのは、まず情緒的なコミュニケーションから入り、その上で機能性をしっかり伝えるというアプローチです。

情緒的な動機づくりから機能的な理由づくりまでを、商品、コミュニケーション、プロモーションを組み合わせて設計し、お客さまにワクワクする体験を提供する。これが私にとってのマーケティングです。

――ありがとうございます。シックはウェットシェービング市場で、29年連続シェアトップとのこと。これは非常に大きな実績だと思います。背景にはどのような要因があるのでしょうか。

本当にすばらしい結果だと感じます。先ほどのマーケティングの話と関連しますが、消費者調査から明らかなのは、根底に「安全・安心」への圧倒的な信頼があることです。シックは安全性の評価が群を抜いて高いため、その基本的価値の上に付加価値を醸成していくといった点では、マーケティング活動がとても進めやすく感じています。新しいブランドや、安全性でNo.1でないブランドの場合は、まず「安全・安心である」という点から丁寧にコミュニケーションを組み立てる必要があります。

一方、シックにはすでに「安全・安心でNo.1」という強固な土台があるため、最初から情緒的なメッセージで動機づくりを行い、その後スムーズに機能面の訴求へとつなげることができます。このメリットは大きいと思います。

――競合にもグルーミングカンパニーは存在すると思いますが、どのように棲み分けをしているのでしょうか。

当社の定義では、グルーミングカンパニーは「身だしなみを整え、プラスマイナスゼロの状態にする」ことを指します。一方、ビューティグルーミングカンパニーは、そこに「より格好良くなる」「よりきれいになる」というプラスの価値を提供する存在です。

そのため、当社のコミュニケーションやプロモーションは、「シェーバーやシェービング剤を使って肌が整った」「無精ひげがなくなった」などのゼロベースの改善にとどまりません。「ひげを剃ることで肌のつやが出る」「きれいに見える」「肌のトーンが上がり、メイクのりが良くなる」など、より前向きでプラスの変化まで引き上げて、お伝えしています。

特にコミュニケーションについては、従来の“ひげ剃り”の文脈だけでなく、肌そのものが美しくなるという観点を重視し、「きれいになる」「格好良くなる」という価値をしっかりと訴求しています。

シック・ジャパン マーケティング本部長 疋田智彦さん

「シェーバーは化粧品」という気づきが導く、ブランド変革のスタートライン

――シック・ジャパンのマーケティング戦略として、シェービングカンパニーからビューティグルーミングカンパニーへの事業変革は、いつ頃から本格的に動き始めたのでしょうか。

動き出したのは約3年前です。社長の後藤(秀夫さん)が2022年8月に入社し、その年末からビューティグルーミングカンパニーという方向性を掲げ始めました。

また、細かい点ではありますが、シックのシェーバーは、シェービング剤に潤いの機能性成分が含まれていて、雑貨ではなく「化粧品」として登録されています。そのため、「シェーバーは日用雑貨ではなく化粧品である」と、社員自身のカンパニーパーセプションを変えるところから着手しました。「シェーバーは日用雑貨と思われがちですが、実は化粧品なのです」という意識の醸成が、ビューティグルーミングカンパニーへの転換の第一歩でした。

もちろん、長年シェービングカンパニーとして働いてきた社員にとって、「ビューティグルーミングカンパニー」と急に言われても、最初は抵抗もあったと思います。そこで、「シェービング剤そのものが化粧品であり、ビューティツールの一つでもある。シェービング剤から、スキンケアやボディケアへとカテゴリーを広げることで、私たちのビジネスはさらに成長できる」という話を伝えると、特に営業メンバーは目を輝かせて前向きに受け止め、強く共感してくれました。

――その取り組みの一環として、今年(2025年)「progista」(以下、プロジスタ)という新ブランドをローンチされたとのこと。評判も良いようですが、従来のシックのブランドとはどのような点が異なりますか。

progistaのイメージ画像https://schick.jp/collections/progista

シックの主力商品は「ハイドロ」シリーズです。5枚刃に加え、上部に濃密ジェルのボックスを備えており、潤い機能を有しています。男性向けブランドとして最も大きな売り上げを誇りますが、あくまで「シェービングエキスパート」というポジショニングの製品です。

ただ、当社は「肌がきれいになる」など、人の心を動かすワクワク感を追求する会社への転換を目指しています。だから「深剃りできる」というシェービングに加え、シェービングの前後で肌をきちんとケアできるブランドを創出すべきであると考え、プロジスタを立ち上げました。

プロジスタはトータルグルーミングブランドであり、従来の「シェービング」の枠を広げ、ビューティグルーミングブランドとしての位置づけで展開しています。そのため、シェーバーやシェービングフォームはもちろん、シェービング後の美容液「スキンブースター」をヒーロー製品として持ち、加えて、フェイスウォッシュ、コスメティックウォーター(化粧水)やミルキーローション(乳液)もラインナップさせることで、「シェービングからはじまるスキンケア」としての、男性にとって本当に必要なアイテムが揃っています。

その際、マーケティングとして重要なのは、ビューティグルーミングセットの中に必ずシェービング剤を含めておくことです。シェービング剤なしで、フェイスウォッシュやミルキーローションだけとなると、競合は一気に大手化粧品メーカーへと広がります。今では女性向けだけでなく、男性向けの化粧品に関しても、数多くのビューティ企業が存在し、多くのブランドが参入しています。その中で我々が化粧品市場で戦うのは容易ではありません。

だから、プロジスタでは「シェービングの前から後まで、一連のプロセスがつながるスキンケア」というコンセプトをもとに、あくまでシェービングを軸に据えた価値訴求を行っています。

――それならレッドオーシャンでも戦える、ということですね。

そうですね。そうしたポジショニングで展開しています。

また、プロジスタのターゲットはハイドロと同様、当社の強みである30〜40代の男性です。その中でも美容感度の高い層にはプロジスタを、安全・安心な深剃りを求める層にはハイドロを、とターゲットの棲み分けを明確にしています。

――販売チャネルについてはいかがでしょうか。

チャネルははっきりと分けています。ハイドロはドラッグストアやホームセンターを中心に展開し、プロジスタは一部 AmazonなどのEC で取り扱っているものの、基本的には百貨店でのPOPUPや、ロフトを中心に販売しております。単に購入可能な場所を限定するだけでなく、店頭にビューティアドバイザーを配置し、商品説明や使用方法をお伝えするセミカウンセリングを行っている店舗もあります。

シック・ジャパン マーケティング本部長 疋田智彦さん

プロジスタのマーケティング施策と、市場の反応

――プロジスタの手応えはいかがですか。

確かな手応えとして感じているのは、メディアからの評価の高さです。プロジスタの6枚刃シェーバーとスキンブースターの2アイテムを中心に、ビューティ系マガジンのアワードを12件受賞しています。その効果もあり、短期間でありながら、ブランドの認知度や信頼が大きく向上しました。

売り上げのインパクトとしてはこれからですが、安易に販売チャネルを拡大するのではなく、あくまでブランディング重視の姿勢を崩さずに、着実に進めていく考えです。

――プロモーションチャネルについては、中高年世代がターゲットの場合、テレビが中心になるのでしょうか。

そうですね。認知獲得の点では、30代・40代に関しては、まだ男女を問わずテレビCMが購買行動に結びつきやすいと感じています。

一方、Z世代向けにローンチした「Schick FIRST TOKYO」(以下、シックファースト)については、当初「Z世代はテレビ視聴者が少ないため、テレビメディアでの施策は必要なく、デジタル施策だけで十分である」という意見もありました。

しかし、シックファーストのターゲットは15〜24歳で、親による代理購買も少なくありません。そのため、安全・安心を軸に「お子さまの産毛をきれいに剃れる」というメッセージを、まずテレビCMで発信しました。

テレビメディアとデジタルメディアの複合でアプローチしたことで、Z世代とその親御様の認知もかなり上げることができました。次のステップとして、製品理解を深めるため、デジタル施策をさらに強化し、Z世代に人気のABEMAの恋愛リアリティーショー『今日、好きになりました』(『今日好き』)とタイアップしたWebCMを配信しました。Z世代がシェービングデビューの際に抱えるリアルな悩みを等身大の視点で描きながら、初めてでも安心して使えるシックファーストの魅力を訴求しています。

「Schick FIRST TOKYO」と恋愛リアリティーショー『今日、好きになりました』のコラボレーション画像https://schick.jp/pages/schickfirst

――リアル店舗では世界観を伝えやすいと思いますが、AmazonのようなECではどのようにブランド体験を届けているのでしょうか。

ビジュアルやコミュニケーションについては、店頭とECで基本的に同一の設計にしています。ブランドを構築する上で、コミュニケーションがチャネルごとに異なってしまうと、消費者が受け取る印象が分散し、効果的に訴求できなくなる可能性があるからです。そのため、キービジュアルやサイト上で配信するブランディングムービーなどは一切変えず、統一された世界観を維持しています。

一方、ECならではの取り組みも可能で、特にhow to動画の提供は効果的です。店頭にもモニターはありますが、サイズや視認性の制約があり、十分に伝わらないケースもあります。若い世代はシェーバーの正しい使い方を知らない場合も多いため、how to動画があればECサイトでシェービング方法、シェービング剤の使い方、スキンケアのステップなどをしっかりと見せることができます。

つまり、ビジュアルやブランドの世界観はリアル店舗とECで共通に保ちながら、ECではhow to動画を活用することで購買ファネルの製品理解・検討段階を強化するような活用の仕方をしているということです。

シック・ジャパン マーケティング本部長 疋田智彦さん

社員が誇れる会社へ――シックが目指す次のステージ

――ECでの打ち出し方も含め、ビューティグルーミングカンパニーとしての提供価値をどう伝えるか、非常に整理されている印象です。では、こうした取り組みを踏まえつつ、最後に、これからシック・ジャパンをどのようなブランド、企業へ成長させていきたいと考えているのかを教えてください。

最終的に目指すのは、ビューティグルーミングカンパニーとして確固たるポジションを築くことです。その前提として、社員一人ひとりが会社を誇りに思い、家族や親しい人に自信を持って語れる企業にしたいと考えています。実際、直近のエンゲージメントサーベイ「GPTW(Great Place To Work)」では、「働きがいのある会社」として認定されました。また、自社グループ内でのエンゲージメント調査のポジティブスコアも、3年前は55%でしたが、直近では86%まで大きく伸長しております。

――社員の意識にどのような変化があったのでしょうか。

背景にあるのは、やはりシェービングカンパニーからビューティグルーミングカンパニーへと舵を切ったことです。この方向性が浸透してきたことで、働きがいや将来への期待が高まり、社員のモチベーション向上につながりました。さらに、消費者から「シックは新しい価値を生み出すビューティツールの会社だ」と認識していただける存在になれれば、ブランドとして次のステージへ進み、社員がもっと誇りに思える会社になると考えています。

――組織面ではどのような取り組みをされたのですか。

現在のマーケティング部門は全員がFMCG業界またはビューティ業界出身で、ビューティのバックグラウンドを持っています。ビューティ業界は商品の開発スピードもプロモーションも速い領域ですが、私が入社した当時のシックは、年間の新商品が1点あるかどうかという状況でした。そこで、春・秋・冬の棚替えごとに複数のブランドから複数の新製品を投入する体制へと変革しました。

もちろん、変化に抵抗を感じる社員もいましたが、今では、バックグラウンドの多様性を保ちながらも、皆が同じ工法を共有するチームになっております。「ビューティグルーミングカンパニーになる」という共通のビジョンのもと、一体感を持って取り組める組織に成長したと感じます。

――今後は企業としてどのように進んでいきたいとお考えですか。

ここで立ち止まるのではなく、社員が誇りを持てる組織づくりと、消費者から求められる価値の創造を、引き続き全力で推進していきます。自分の身近な人から認められる会社であることが、企業としての健全な成長につながると確信しています。

シック・ジャパンが掲げる「最も革新的なビューティグルーミングカンパニー」というビジョンと、「ビューティグルーミングを通して一人でも多くのお客さまにワクワク感と幸せを届ける」というパーパスは、日々の積み重ねが実現に近づけるものです。遠い理想ではなく、確実に到達できる未来だと捉えています。

――本日はありがとうございました。

シック・ジャパン マーケティング本部長 疋田智彦さん

Profile
疋田 智彦(ひきた・ともひこ)
シック・ジャパン株式会社 マーケティング本部長。
2000年日本ロレアル入社。製品企画から店頭施策、コミュニケーションまで幅広く担当。2010年4月グループプロダクトマネージャー就任。その後バカルディ ジャパンでブランドマネージャーとしてマルチチャネル戦略を推進。ヘンケルジャパンではマーケティングディレクターとして複数ブランドを統括。2022年12月シック・ジャパンにジョイン。現在はマーケティング本部長として、ビューティグルーミングカンパニーへの事業変革を牽引。

 

記事執筆者

早川巧

株式会社CINC社員編集者。新聞記者→雑誌編集者→Marketing Editor & Writer。物を書いて30年。
X:@hayakawaMN
執筆記事一覧
週2メルマガ

最新情報がメールで届く

登録

登録