100年以上にわたり、食卓を支えてきたキユーピー。
圧倒的なブランド資産を持つ一方で、事業環境が激しく変化する時代を迎え、同社はマーケティング機能を強化して、バリューチェーン全体を見渡した意思決定と実行スピードの向上に取り組んでいます。
100年かけて磨き上げ、積み重ねてきた価値を、今どのように見つめ直そうとしているのでしょうか。
今回は、キユーピー 執行役員 マーケティング本部長の中島健さんに、取り組みの狙いと手応え、これからの挑戦について伺いました。
(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、撮影:矢島 宏樹)
目次
危機感から始まった、マーケティング本部独立の背景
――キユーピーがマーケティング本部を新設したのが2024年10月とのこと。どのような背景や目的があったのでしょうか。
当社にはそれまで、家庭用本部とフードサービス本部という2つの営業本部があり、それぞれが本社組織として営業オペレーションに関する指示命令系統の最上位に位置していました。

しかし、業界や市場が時代とともに大きく変化する中で、営業機能はあくまでバリューチェーン全体の一部であるとの認識が強まりました。市場環境や顧客ニーズを全社的・多角的に捉え、バリューチェーン全体の最適化を図るためには、従来の営業中心の組織では対応が不十分。もっと合理性を高める必要があるとの判断に至り、2024年10月の組織再編で営業本部を発展的に解消し、「マーケティング本部」と「販売戦略本部」を新設しました。
マーケティング本部は、上流の戦略立案から具体的な戦術設計・施策設計までを担う組織です。一方、設計された戦略・施策を実際の現場で実行するのが販売戦略本部です。どちらも事業の成果にとって重要な機能であり、それぞれの役割に特化することで、従来以上に高品質な提案や顧客対応が可能になると考えています。
――これまでは日本の企業でよく見られるように、営業本部の中にマーケティングを担う部署が存在していたところを、形としてはマーケティング本部が独立したわけですね。そこには危機感のようなものがあったのでしょうか。
私自身が提案して立ち上げた組織ではないため、あくまで推測と、一部聞いている話になります。2020年から2021年、2022年にかけてコロナ禍が続き、さらにウクライナ情勢などの地政学リスクの顕在化や、大規模な鳥インフルエンザによる卵業界への深刻な影響など、社会的に大きな出来事が相次ぎました。こうした状況を受けて、会社全体としての危機感が高まり、今後も持続的な成長を続けていくために、会社の機能はどうあるべきかというテーマが必然的に浮上したのだと思います。
その結果として、マーケティングの機能を独立させ、より強化すべきだという考えに至ったのではないでしょうか。つまり、それまでの体制が間違っていたということではなく、持続的な成長を見据え、より強い組織になるための機能再編であったと理解しています。
――ありがとうございます。マーケティング本部長として、どのような期待役割を担い、どんな業務を行っているのですか。
私は営業の経験は多くありませんが、研究開発や海外展開を含むグループ会社の経営など、比較的幅広い領域を手がけてきました。当社の中では、ややユニークな経歴を持っていると思います。
そうした経験を踏まえ、全社最適の視点で事業運営のバランスを取りながら、合理性をさらに追求していくことが、おそらく期待されている役割だと考えています。
加えて、100年以上にわたって事業を続けてきた当社には、他社にはあまり見られない多くの蓄積があります。その蓄積された資産をあらためて再定義し、プロセスの変革を通じて業務の仕組みそのものを変えていくことも、重要な期待役割だと捉えています。

海外R&Dと経営経験が育てた、データドリブンなマーケティング観
――重責ですね。中島さんは新卒でキユーピーに入社されたそうですが、どのような実績を経てマーケティング本部長に就任されたのでしょうか。
自分の経歴を振り返ると、入社当初は主に缶詰やレトルト食品など、調理系商品の研究開発を幅広く担当させていただきました。その後、営業の勉強を数年経験したのち、海外R&Dの責任者を任されることになりました。これが、私のキャリアにおける大きな転機だったと思います。
震災の年である2011年10月に、「これから海外に力を入れていく」という方針が示されました。今でこそ世界各国に拠点がありますが、当時は東南アジアに1〜2社、中国に2社、アメリカに1社ほどしかありませんでした。その後、ベトナム、インドネシア、タイ、マレーシアと、毎年のように新しい会社が次々と立ち上がりました。
会社を立ち上げるとなると、まずは商品を現地で製造できる体制を構築する必要があります。原料も違えば、味の好みも違います。日本の商品をそのまま持ち込んでも受け入れられにくいため、現地の方の嗜好に合わせてアレンジした商品を開発しなければなりません。各国で拠点を立ち上げた後は、経営の立場として、毎年新商品を市場に投入することも必要です。
そうした業務の中で、毎月のように各拠点を回り、各社の社員の方々と、時にはお客さまも交えながら、手探りで試行錯誤を続ける日々でした。最終的に商品を形にするのは技術的な仕事ですが、その前段階にある市場理解や企画構想の部分を数多く経験させてもらったことが、現在マーケティング組織を指揮する上でも大いに役立っています。
――2018年からはタイ法人の社長も経験されているとのこと。現地の方々の中に入って仕事を進めていくのは、得意なタイプなのでしょうか。
それほど得意というわけではありません。ただ、ポイントが1つあって、それは当時も現在も基本的には同じなのですが、まずはデータやファクトをもとに目線を揃えることが大事です。数字は万国共通で、どこへ行っても1は1、0は0、100は100です。「100」と書けば、誰もが100だと理解します。
ファクトベース、データドリブンで現状認識の目線を揃え、その上でどうするかという対策を考えていく。このやり方は、日本でも海外でも変わりません。
――ありがとうございます。マーケティング本部が新設されてから1年以上が経過しました。この間の成果と、見えてきた課題は何でしょうか。
当社は2025年から新たな中期経営計画に入り、「成熟市場での経営効率化と成長領域への投資加速」をテーマに掲げています。国内においては構造改革をさらに加速し、高収益体質へと転換していく必要があります。
当社には多様な商品があり、長年にわたってご愛顧いただいている主力商品もあれば、特定のニーズに留まっている商品も存在します。そのため、それぞれの商品について、将来にわたってお客さまに喜んでいただける価値とは何かを考える必要があります。一般的にお客さまにとっての価値は、何十年という歳月の中で少しずつ変化していくものですが、私たちは自社の商品を長く見続けているため、「変わっていない」と思い込みがちです。また、原材料費や人件費が上昇する中で、従来と同じ価格で提供し続けることも難しくなっています。
そうした現実と向き合いながら、現在の販売価格において、お客さまに価値を感じていただくためには何を強化すべきなのか、それをどのように伝えていけばいいのか。そのような観点を、あらためてしっかりと考えていく必要があります。
「キユーピー マヨネーズ」や「深煎りごまドレッシング」といった主力商品も例外ではありません。私たちが商品の価値だと捉えている点が、お客さまに必ずしも同じように認識されていなかったり、十分に伝わっていなかったりするケースが相当あることが、調査を通して見えてきました。そうした認識のずれを課題として捉え、強化を進める中で、新商品が生まれています。なかでも「具だくさんレモンタルタル」や「深煎りごまドレッシング カロリーハーフ」は、賞をいただくことができました。
これは「数多くの新商品を出した結果、たまたま1つ、2つが当たった」ということではなく、ある程度狙いを定めて生み出した商品です。経営層からは、さらに大きなヒットへの期待も寄せられていますが、まずはバットに当たらなければ飛距離も出ません。その意味で、初年度から複数の商品が評価され、賞をいただけたことは、1つの手応えとして受け止めてよいのではないかと考えています。

100周年の先にある、次の挑戦への視点
――課題はどんなことでしょうか。
課題は、変革のスピードをさらに上げていくことです。商品開発や広告宣伝など、さまざまな意思決定が社内で行われていますが、それぞれについて合理性を担保しつつ、意思決定から実行までのスピードを高めていく必要があると感じています。
――「選択と集中」によってスピードを上げていく、ということでしょうか。
それだけではありませんが、その要素も含まれます。商品数が多いこと自体も課題であり、だからこそ中期経営計画における大きなテーマとして、国内の構造改革やSCM(サプライチェーンマネジメント)改革が掲げられています。そうした改革についても、マーケティング本部は先頭に立って推進していく役割を担っていると認識しています。
――わかりました。ここであらためて、「キユーピーのマーケティングの特徴とは何ですか?」と聞かれたら、本部長としてどのようにお答えになりますか。
当社は100年以上続いている会社で、入社30年の社員であれば先輩方が築いてきた70年分、入社10年の若手や中堅社員であれば90年分の土台や資産の上で仕事をしています。そうした長年の積み重ねによって築かれた圧倒的なブランド認知と、お客さまからの信頼、この2つが大前提として存在しています。
そのため、大きなサプライズは少ないかもしれませんが、商品はいずれも品質と美味しさがしっかりと担保された状態で発売されています。時間をかけて大切に育てていく――そこに当社のマーケティングの1つの特徴があります。
革命的な商品を突然世に問うて、派手なマーケティングで一気にヒットへ結びつけるような一過性のインパクトを狙う手法とは対極にあるかもしれません。
一方で、現状に安住するのではなく、学びを重ねながら、さまざまなことに挑戦していく必要性も強く感じています。
――主力商品のキユーピー マヨネーズが2025年に発売100周年を迎えたとのことで、記念サイトも立ち上がっていました。この超ロングセラー商品の売り上げを伸ばすため、1年間どのようなマーケティングを展開されたのでしょうか。
100周年を迎えられたことへの感謝の気持ちと、この先もさらに進化していくという強い意志を「still in progress.」というスローガンにして、CMなどのプロモーションを展開しました。
参考:記念サイト https://www.kewpie.co.jp/mayonnaise/100th/
また、ご愛顧いただいているお客さまだけでなく、これまで接点の少なかった層にも親しんでいただこうと、さまざまなタッチポイントで複数の施策を同時に実施しました。特に若年層は、親が買ったマヨネーズを食べた経験はあっても、自分で手に取って購入し、消費する機会が相対的に少ないため、コミュニケーションを意識的に強化しました。
例えば、キユーピー本社のある渋谷の街を舞台にした「マヨ渋」企画では、渋谷の飲食店でキユーピー マヨネーズを使った特別メニューを提供したほか、SHIBUYA109の渋谷店に巨大広告を掲出、さらにキユーピー商品などが当たるイベント「マヨ渋ガチャ」を開催しました。
キユーピー マヨネーズの発売100周年を記念して、2025年7月~8月の1カ月間、キユーピー マヨネーズが渋谷の街をジャックする企画「マヨ渋」が行われた。
ほかにも、「世界を味わうマヨ」という限定品を発売しました。これは、当社のグローバル展開を見据え、世界で親しまれている調味料とキユーピー マヨネーズを組み合わせたもので、「濃厚BBQソース味」「甘辛スイートチリ味」など6種類を限定販売し、大変ご好評をいただきました。
この限定品発売の背景としては、マヨネーズがすでに完成された単体の調味料として広く認識されているため、他の調味料と組み合わせて使うという習慣が十分に浸透していない現状があります。そのため、成熟した需要に、プラスアルファの提案を加えることで、新しい用途を開拓するヒントにつながると考えました。
「マヨネーズをそのまま使うだけでなく、さまざまな調味料と混ぜて使うと新たな美味しさが生まれる」とお客さまに知っていただき、面白そうだからと試してもらった結果、実際に美味しければ、消費行動にも変化が生まれるものと考えています。そうした行動変容が進むことで、成熟した調味料であるマヨネーズの可能性は無限に広がり、さらに成長するための大事なポイントの1つになると思います。

物価高騰に向き合う、調味料マーケティングの難しさ
――次に、値上げについてお聞きします。原材料の高騰により各社で値上げが続いていますが、そうした状況の中で、顧客離れを防ぎ、ブランドロイヤルティを維持するためのマーケティングはあるのでしょうか。
調味料というカテゴリーの特性を考えると、これは難度の高いテーマだと感じます。例えば、飲料や菓子であれば、価格改定によって需要が落ち込んだ際に、「コンビニエンスストア限定商品」などを投入し、商品ポートフォリオ全体で補完することを、比較的短いサイクルで行うことが可能です。
一方で、調味料は一度購入いただくと、使い始めてから使い切るまでに、おおよそ1カ月程度かかります。さらに、常時2、3本をストックしているご家庭も少なくありません。そのため、使い切って次に購入いただくまでのサイクルが長く、即効性のある、いわばカンフル剤的な施策を打つことは難しいのが現状です。
正直に申し上げると、価格改定を行った当月は、どうしても一定程度、実績が減少する傾向にあります。そこで、テレビCMによる需要喚起を行ったり、さまざまなメニューで使っていただけるような提案を行ったりと、地道ではありますが、マーケティング施策を着実に積み重ねて、難しい局面を乗り越えてきています。
――テレビCMの効果は今でも変わらず大きいのでしょうか。
そうですね。マーケティング本部ができて以降、広告宣伝や販促の効果測定を進めていますが、テレビCMの効果が大きいことを、あらためて確認できました。
もちろん、XやInstagram、LINEなどのSNSやオンライン施策も重要です。私は「幅と深さ」という言い方をしていますが、まったく知られていない状態、あるいは「ちょっといいかも」という初期の関心段階で、幅広く認知を獲得するという点では、テレビCMの効果は非常に大きいと感じます。
一方で、オンライン施策は、もう少し購買に近いフェーズを担うイメージがあります。売り上げに直結するか、あるいは売り上げにつながる最後のトリガーとして機能することが重要です。
もう1つは、ファンを増やし、継続的につながっていく上でのブランディングという点で、オンライン施策にはテレビCMには真似のしにくい魅力があります。幅と深さを意識しながら、それぞれの施策の目的は何かを個々に整理し、使い分けて運用していくことが大切です。
――わかりました。中島さんが考える、キユーピーのマーケティングにおける短期、および中長期の重点テーマとは何でしょうか。
短期のテーマとしては、私たちが定義している主力カテゴリーについて、価値の再定義、あるいは価値の確認を丁寧に行い、強化すべき点はしっかりと強化していくことです。これは、会社全体の課題でもあるポートフォリオ変革にもつながる取り組みだと考えています。現在は中期経営計画の前半にあたりますので、2026年度を1つの目途として進めているところです。
主力カテゴリーの収益構造や、お客さまからの支持の状況を正しく理解した上で、将来的にさらなる成長余地があるのか、成長させていくためには何を強化すべきか、あるいは何を新たに獲得すべきかを整理していくことが重要だと考えています。
そうした強化の過程では、競争力の高い新商品の開発や、コミュニケーション施策への戦略的な投資など、より具体的な取り組みが各論で出てくると思います。
――中長期のテーマはいかがでしょうか。
中長期のテーマとしては、10年、20年先を見据えたときに、会社の収益の柱となるような商品やカテゴリーを創出していくことです。これも会社全体のポートフォリオ変革につながる考え方ですが、海外拠点の歩みを振り返ってみても、10年前は規模が小さく、現在のような存在感はありませんでした。それでも当時から、将来有望なビジネスカテゴリーとして位置づけられていました。
今、あらためて会社全体を見渡したときに、当時の海外ビジネスのように、「今後大きく成長するポテンシャルを持つものは何か」と考えています。そうした成長ポテンシャルの高い領域を見いだし、明確な戦略を立てた上で集中的に投資することで、将来の収益の柱へと育てていく。そんな取り組みを中長期で進めていきます。

変革のために必要なリーダーシップとレジリエンス
――次に採用したい人の条件をお聞きします。中島さんが採用したいと思う、マーケターとして優秀だと感じるのはどのようなタイプの人ですか。
論理的な思考力や合理性と、クリエイティビティのバランスが取れている人を採用したいですね。どちらか一方に偏っている人は、難しいと思います。
また、食品を扱う会社ですから、美味しいものに興味を持てるかどうかも基本です。「実際に料理をするか」という点だけでなく、料理をすること自体を楽しいと感じられるかどうかも、大切な要素だと捉えています。
あとは、さまざまなことにオーナーシップを持てる人です。「自分の仕事はここまでです」という考え方の人は、バリューチェーン全体を相手にする仕事には向いていないと思います。全体を俯瞰して見ることができ、なおかつリーダーシップを発揮できる人を採用したいですね。
――「リーダーシップが重要」と言う人は多いですね。
そうですね。マーケティング部門のメンバーが何か新しいことを始めたいと言っても、部署を問わず、なかなか一歩を踏み出すのが遅い人もいます。そうした人たちを巻き込み、戦力化していくには、リーダーシップの要素を強く持っていることが求められます。
ほかには、よく「ストレス耐性」という言葉が使われますが、私はどちらかというと「レジリエンス」(しなやかに乗り越え、回復する力)のほうが重要だと考えます。仕事をしていれば、ストレスを感じるのは当然です。ですから、ストレスを受けないようにすることや、ただ強くなることよりも、うまく、しなやかに受け流す力が大切だと思います。
――中島さんご自身はいかがですか。
私はどうでしょうか……。おそらく、もともと比較的タフなほうで、簡単にストレスで大きなダメージを受けるタイプではありません。仮に受けたとしても、比較的早く立ち直れるほうだと思っています。
――最後に、マーケティング本部長として、これからキユーピーをどのようにリードしていきたいとお考えでしょうか。
今でも外部に出ると、キユーピーの商品だけでなく、マーケティングに関わる広告宣伝やクリエイティブについてもお褒めの言葉をいただくことが多く、そのたびに、私が携わる以前から積み重ねてこられた価値ある資産の大きさを実感します。
一方で、その資産があまりに大きいがゆえに、新しいことに挑戦したり、変化を起こしたりすることに対して、どこか臆病になってしまう側面もあるのではないかと思います。しかし、守ってばかりでは大きな機会損失が生まれかねず、そのほうが経営としてのリスクは高くなると思います。
これまでの蓄積を十分に踏まえつつ、新しいチャレンジを積極的に重ねていく。そのような姿勢を後押しできるマーケティング組織、ひいては会社全体をつくっていきたいと考えています。
――本日はありがとうございました。

Profile
中島 健(なかじま・けん)
キユーピー株式会社 執行役員 マーケティング本部長。
1993年東京農工大学卒業。キユーピー入社後は調理食品を中心に研究開発業務に従事。2011年以降は同社の海外進出戦略や商品開発・マーケティングの側面からプロジェクトを主導し、さまざまな拠点の進出をサポート。2018年からタイ法人の社長を経て2021年に帰任。リサーチおよび開発部門を中心にキユーピーのマーケティング精度向上に取り組む。
2024年10月より新設部門であるマーケティング本部長に就任。
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