コンビニエンスストアやスーパーでよく目にする乳酸菌飲料「ピルクル」。「ピルクル ミラクルケア」のヒットが記憶に新しく、手に取ったことのある方も多いのではないでしょうか。
「ピルクル」ブランドのマーケティングをリードするのが、日清ヨーク マーケティング部 部長の犬飼美穂子さんです。
今回は犬飼さんにインタビュー。葛藤を抱えながらも実行して成果につなげた施策の背景や、ブランド全体の活性化を見据えた新商品戦略、次のヒット商品創出へ向けた挑戦への意気込みなどを伺いました。
(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、撮影:矢島 宏樹)
目次
ヒット商品を生んだ経験とマーケティング志向の原点
――初めに、犬飼さんのキャリアについて伺います。前職ではロッテで主にアイスクリームや菓子の研究開発やマーケティングに携わり、その後2019年12月に日清食品へ転職されたとのこと。ご自身の代表的な実績を教えてください。
最も印象に残っているのは、前職で2015年に「スイーツデイズ 乳酸菌ショコラ」(以下、乳酸菌ショコラ)をゼロから立ち上げ、2016年度に売上50億円規模のヒット商品となったことです。日経トレンディ誌が選ぶ「2016年ヒット商品ベスト30」においても第6位に選ばれました。

――素晴らしい実績ですね。
数字的な成果はもちろんですが、当時、乳酸菌といえばヨーグルトや乳酸菌飲料が主流だった中で、選択肢を広げられた点も評価されました。結果として、チョコレート以外にも乳酸菌をさまざまな食品に応用する動きが広がり、世の中を少しだけ変える一助ができたと思います。
――マーケティングの道でキャリアを築こうと決意したきっかけはありますか。
実は、大学・大学院ともに理系の農学部出身で、就職後も前半の10年ほどは研究所で、アイスクリームの研究開発に携わりました。ものづくりが大好きで、当時はマーケティングのキャリアなど考えたこともなかったため、マーケティング部門への異動の内示を受けたときは、当時の上司が今でも覚えているくらい長時間、難色を示しました(笑)
ところが、いざマーケティングの仕事を始めると想像以上に楽しく、食わず嫌いだったと気づきました。最初はチョコレートではなく、美容ドリンクなど健康食品系の単品リピート型通販の立ち上げを担当したのですが、周囲に知見があまりない中で、手探りで1つずつ課題をクリアする楽しさを感じました。
もっとも、すぐに成果が出たわけではありません。ただ、健康食品は、お客さまのお役に立てていることが比較的伝わりやすい領域であり、その点をとても興味深く、面白いと思ったのです。
マーケティングで継続してキャリアを積み上げたいと感じるようになったのは、やはり「乳酸菌ショコラ」がヒットし、世の中が少しでも変わったと実感できたことが大きいと思います。売上面で貢献できたことに加えて、お客さまから感謝の声をいくつもいただき、強く心を動かされました。
例えば、運動を毎日続けるのが難しく、サプリメントを毎日飲むことすら億劫で忘れがちな私のようなタイプでも、嗜好品のチョコレートであれば楽しみながら健康習慣を続けられます。「美味しい」だけでなく、「毎日のお通じが大変でつらかったのに、本当に助かりました」という趣旨の直筆のお手紙をいただいたこともあり、今も毎日持参しています。
ほかにもたくさんの感謝の声をいただいた経験が胸に残り、自分は健康食品のマーケティングに携わっていきたいと決意しました。
感謝の言葉が綴られたお客さま直筆の手紙を取り出す犬飼さん。手紙は毎日持参しているという。
小さな組織で大きく勝つ、日清ヨークのマーケティング
――それは感激しますね。ありがとうございます。次に、日清ヨークのマーケティングの特徴を教えてください。
日清ヨークでは基本的にブランドマネージャー制を採っており、ブランドマネージャーが担当ブランドに関することを360度、一気通貫で担っています。私は部長として、部署全体を統括しています。
日清ヨークはまだ規模の大きな会社ではなく、社員数もそれほど多くありません。少ない人員で大きな成果を出すためには、社員一人ひとりが主戦力として活躍する必要があります。だからこそ、メンバーには新入社員であっても、担当商品については自分が第一人者であるという自覚を持ち、とことん考え抜いてほしいと伝えています。
その結果、新入社員でも入社半年ほどで、自分でアイデアを出し、日清ヨークの社長に自らプレゼンを行って商品化につなげるという事例も見られます。こうした一人ひとりが活躍できる環境は、マーケティング手法というより、マーケティング部の組織の特徴と捉えています。
さらに、日清食品グループ全体では「前例踏襲ではなく、クリエイティブであれ」と言われていて、私たちが大事にしているマーケティングの価値観も、まさにそこにあります。クリエイティブに新しいことへ挑戦し、No.1メーカーにはできないこと・やらないことを見つけて、そこに一点集中する――私たちのマーケティングの背景にあるのは、そうした考え方です。
――「No.1にはできないこと」とは、どんなことですか。
いろいろありますが、例えば広告宣伝において、商品の特長や価値に加えて「しかも安い」とする訴求は、No.1メーカーにはあまりできないのではないかと思います。
――確かにそうですね。「ピルクル ミラクルケア」で「睡眠と疲労感をケア。しかも安い」というCMが出てきたときはインパクトがありました。
私も、世の中に出す前は「これは本当にマーケティングなのか」「マーケターとして禁じ手ではないのか」「健康食品のCMで価格を訴求してよいのか」などと自問自答しました。CMが流れてからも「ブランドイメージが下がらないか」と葛藤したのを覚えています。
画像提供:日清ヨーク
――しかし、その賭けというか、挑戦がうまくいったわけですね。
ありがとうございます。重要なのは、単に「安い」と訴求したのではなく、必ず「こんなに価値があるのに、しかも安い」とセットで伝えたことです。例えば「乳酸菌が400億個も入っているのに、しかも安い」「睡眠の質を改善し、日常生活の疲労感を軽減するのに、しかも安い」という形で、価値と価格を一緒に提示しました。先ほども申し上げたように、こうした「価値があって、しかも安い」という見せ方は、おそらく大手企業では前面に出しにくいと思いますので、結果として狙いが伝わり、手応えを得られました。

「ミラクルケア」ヒットの理由と、次の成長戦略
――「ピルクル ミラクルケア」は発売から1年で、シリーズ累計出荷数2億本、“1秒に6本売れている”と言われるほどの大ヒットでした。今振り返って、何が良かったと思いますか。
働く40代前後の男女が抱える健康面の悩みに「疲労感」があります。その疲労感を軽減するには、睡眠が重要という考え方をうまく捉えられたことが大きかったと思います。そこに加えて、ちょうど睡眠への関心が世の中で高まっていたタイミングとも重なりました。
さらに、続けやすさにこだわった商品設計も奏功したと思います。私自身、運動もサプリメントの摂取もなかなか続けられないタイプなので、「やらなければいけない」「飲まなければいけない」「毎日続けなければいけない」といった切迫感は、できるだけ排除するようにしました。
――価格の要素も大きいですよね。
続けやすさの点では、カロリーの低さや、すっきりした味わいなども重要で、そこに加えて、機能性の高さと価格面をあわせて訴求したことが大事だったと思います。
――わかりました。その後はどんな感じで推移していますか。
2022年、2023年頃と比べると、睡眠に関する盛り上がりがやや落ち着いてきていることもあり、「ピルクル ミラクルケア」も一時、伸びが低迷する傾向にありました。
そこで、今年(2025年)8月からお笑い芸人のバッテリィズさんを起用した新しいCMを制作し、ヒト試験のグラフなどもしっかりと提示することで、「試験結果に基づいた、きちんとした商品であり、しかも安い」と機能伝達を強化しました。その結果、CM後は順調に推移しています。
さらに、9月には「ピルクル ミラクルケア」に加えて、「ピルクル エイジングライフ」と「ピルクル 免疫スタイル」を発売しました。こうした新しい商品を提示していくことで、「ピルクル」ブランド全体が「いつもワクワクするニュースや商品を出している」というイメージを打ち出し、ブランド全体の押し上げを図っているところです。

画像提供:日清ヨーク
――わかりました。以前のインタビュー記事では「認知度に依然課題がある」とおっしゃっていました。現状はいかがですか。
具体的な数字はお出ししていないのですが、「ピルクル」ブランド全体の認知は、やはりまだ十分に取れておらず、認知獲得は引き続き課題と認識しています。そのため、現在では広告宣伝と商品戦略を通じて認知度向上とともにブランド全体の価値向上を図っています。
――商品戦略ですか。
はい、次々と新商品を投入していくことです。健康上の悩みは今後ますます細分化されていくと捉えていますので、機能性表示食品シリーズの幅を拡大するとともに、「私専用のピルクル」「家族みんなで飲むピルクル」など、さまざまなパターンやシチュエーションに合わせたラインナップを広げ、面で「ピルクル」ブランド全体の認知とブランド価値を多角的に高めていきたいと思います。

新成分DDMPで挑む、「ピルクル」の新しい可能性
――コンビニエンスストアで、よくピルクルを見かけるので、認知は非常に高いと思っていました。
おそらく、コンビニエンスストアの店頭でよく見かけるのは455ml入りの紙パックですね。一方で、「ピルクル ミラクルケア」などの65ml商品は、まだ十分に認知が広がっていないと感じます。加えて、455mlの商品を含めても、全体として「トップブランド」と呼べる水準にはまだ伸びしろがあり、改善の余地があります。
さらに、455ml入りはどちらかというと嗜好性が高く、「毎日飲む」という印象につながりにくい面があります。そのため、「毎日続けられる」商品として、現在は65mlのほうに注力しています。
――現在は、新しく発売された「ピルクル エイジングライフ」と「ピルクル 免疫スタイル」に注力しているわけですね。
そうですね。基本的に「しかも安い」という続けやすさを前面に打ち出している「ピルクル 免疫スタイル」は、従来の戦略の延長線上にあります。
一方の「ピルクル エイジングライフ」は、日清ヨークとして本格的に基礎研究から取り組み、抗酸化作用を持つ成分「DDMP」が乳酸菌飲料に含まれることを初めて発見しました。DDMPのような抗酸化作用を持つ成分を機能性関与成分として打ち出した乳酸菌飲料は、これまでに例がなく、そこは新しい挑戦だと考えています。
――競合との差別化戦略はいかがでしょうか。
総合的に言うと、「ピルクル」は「続けやすさ」という点で強みがあると捉えています。価格面だけでなく、65ml×8本入り、10本入りといったパッケージ形態も、継続しやすさの観点で大きいと思います。
一方で、中身や効果効能については、同一条件で比較したヒト試験を行わない限り、優劣を一概に語るのは難しいため、私たちは「生活の中に取り入れやすく、毎日飲みやすい」点にこだわっています。

“強運”をつかむ準備と、ジャイアントキリングへの挑戦
――ありがとうございます。次に、Marketing Native恒例の質問です。過去の特集記事で、犬飼さんが「デキる女性」と紹介されているのを拝見しました。以前は「マーケティング部門への異動が嫌だ」と言っていた人が、「デキる女性」としてメディアの取材を受ける立場に変わるとはすごい話です。振り返って、ご自身では何を頑張ってきたのか、あるいはどんな点が強みだとお考えですか。
そんな記事でしたっけ…(笑)。正直、自分を「デキる女性」とは思っていません。ただ、「嫌々」から始めたマーケティングを、途中から「楽しい」と感じられるようになったのは、自分が“強運マーケター”だからかもしれません。運が良いと感じることは多く、新しいことを始めようとすると追い風が吹く——そんな場面がよくあります。
だからこそ、運が巡ってきたときにきちんとつかめるよう、万全の準備をしておくことを心がけています。
――どんなふうに準備をするのですか。
例えば、一度決めたマーケティング戦略でも、何度も見直し、ギリギリまで白紙に近い状態に戻して再考し続けます。
あとは、変なプライドを持たないことも意識しています。「しかも安い」のCMを作ったときには、「マーケターとしてプライドはないのか」という趣旨のご意見をいただいたこともありました。しかし私は、自分のプライドなどは重要ではなく、良いと信じたこと、面白いと感じた手法は、周囲に迷惑をかけない限り、実行すべきと考えています。
また、今、自分のスマホに表示される情報はパーソナライズされていて、どうしても領域が偏りがちです。日頃は店頭を細かく見に行ったり、業界誌をチェックしたりもしますが、そこに加えて、情報収集の範囲を「マーケティング」「乳酸菌」「食品」に固定せず、ビジネス全般を含めてさまざまな方向から取りにいくよう意識しています。
情報収集の面で最も大きいのは、人とのコミュニケーションです。マーケターの集まりでは、あえて自分とは異なる業界の場に足を運んだり、社会人MBAに通ったりしていたときも同様に、普段は出会わないさまざまな業界の方々から多様な情報を得ていました。
――お忙しい中でMBAに通うのは大変だったのではないですか。
勉強は大変でしたが、楽しかったです。ほかにも、短大でマーケティングを教えています。
今の10代、20代前半の学生たちと接していると、自分が大学生だった頃との違いを強く感じます。例えば検索のスピードは、本当に速いですね。価値観や行動様式の違いもあって、GoogleやYahoo!ではなく、InstagramやTikTokで検索している姿をよく見ます。
そういう時代なのだと頭では理解していましたが、実際にその行動を目の当たりにすると刺激になりますし、学生から学ぶことも少なくありません。受け取る情報の質も、検索エンジン中心のときとは変わってくるのではないかと思います。

――最後に、これからマーケターとして実現したいことなど、抱負を教えてください。
テーマは「ジャイアントキリング」です。日清ヨークはNo.1企業でも大手でもない立場ですが、世の中にインパクトを与えるプロダクトを開発し、成功につなげたいという思いがあります。
これまで「ピルクル400」に続き、「ピルクル ミラクルケア」もヒットしました。ただ、まだ認知を十分に取り切れていない状況です。まずは「ピルクル エイジングライフ」と「ピルクル 免疫スタイル」をしっかりと成功させ、「ピルクル」ブランド全体をさらに盛り上げていきたいと考えています。
もう1つは、大きなマーケットの中でホワイトスペースを見つけて、戦略的に集中してヒット商品を創り出すことを目指します。
研修などで日清食品のメンバーと話していると、No.1企業で働く面白さも感じますが、私はどちらかというと、下から追い上げていくほうがワクワクするタイプ。小さな会社が大ヒット商品を生み出し、世の中が明るくなるようなニュースを届けられたら痛快ですよね。そんなジャイアントキリングを起こせたらいいなと思っています。
――それは楽しそうですね。
少し前まで「ピルクル」の認知が伸び悩んでいた時期と比べると、「ピルクル ミラクルケア」のヒットをきっかけに、徐々に認知を獲得できるようになり、新商品を出すと「飲んでみましたよ」「CMを見ましたよ」とお声がけをいただける場面も増えてきました。そうした変化を、ひしひしと感じます。
さらに、日清ヨークという会社自体の成長も実感でき、社員の表情も以前より生き生きしてきたように思います。こうした手応えが積み重なるほど、次の挑戦へのモチベーションも高まります。
これからも、世の中が少しでも良くなるような、そして消費者の方に心から喜んでいただけるような商品を作っていきたいと思います。
――本日はありがとうございました。

Profile
犬飼 美穂子(いぬかい・みほこ)
日清ヨーク株式会社 マーケティング部 部長。
2004年ロッテグループ入社。アイスクリームの研究開発に携わった後、マーケティング部へ異動。2015年10月にチョコレートの「スイーツデイズ 乳酸菌ショコラ」を開発。2016年度に年間50億円のヒット商品となり、2016年『日経トレンディ』ヒット商品6位に選ばれる。2019年12月に日清食品へ転職し現職。
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